177;ノア・クロード.01(シーン・クロード)

「ノア・クロードは我々クラン【正義の鉄槌マレウス】とは直接関わりは無い――それは以前に話した通りだ」

「流石にそれを疑ってはいねぇよ」

「だがそもそも、我々の依頼者であるヴァーサスリアル開発部からは、その捜索と場合によっては討伐も受託している」

Whatはぁ?」

「場合によって、と言うのは――彼が、“死んでる勢”の一員だった時の話だ」


 クラン【正義の鉄槌マレウス】の存在意義は、ヴァーサスリアルの世界に確かに存在する“死んでる勢”の制圧と撃滅だ。そしてその“死んでる勢”のみで構成されるクラン【七刀ナナツガタナ】が目下の標的Target

 だが、その討伐対象の中にまさか俺の兄がいたとは――


「ノア・クロードは確かにこの世界の内側に存在する。その証拠を一つ見せよう」


 告げたミカは、足元から引き上げたシステムコンソールを指で操作し、俺の目の前に一つの画面を立ち上げた。

 そこには、星天教団が全世界に向けて発信した教皇の託宣が記されている。



◆]――九つの封印が解き放たれ

    ツァーリ・シュバルにエンデがたる

    天と地、光と闇とはついに結ばれよう

    未だシュメラグの姿まみえぬのなら

    一なるシュバルはとざされたまま――[◆



「この託宣だが、開発部が用意したのはもっと端的で解りやすいものだったそうだ」


 指が画面を撫でると、託宣が表示された画像が右へとスライドして同じような画面が現れた。



◆]――九つの封印が解き放たれ

    偽りの世界に終焉が吹き荒れる

    別たれた者たちは結ばれるだろう

    だが統べし者、覇王がいないのなら

    真の王国は世界に齎されないだろう――[◆



「……意味は合っているように思えるが、文言は全く別物だな」

「本来であればこの文言が流布される予定だった。だが実際には先程の、が配信された」


 今度は逆向きに指が滑り、さっきの造語塗れの託宣が表示される。


「これを考えたのがノア・クロード、つまり君のお兄さんだと言うことだ」

「――――まぁ、やりそうではあるな」


 兄は賢いが、やや芸術家気質なところがあった。俺は所謂“センス”のことはよく解らないが、兄はその“センス”で他人と衝突することがしばしば有ったと思う。

 託宣の文言を見ても、俺は別に後者でもいいんじゃないかと考える。しかし兄は違ったのかもしれない。


「開発部は教皇の託宣として後者の文言を採用していた。だが実際に公表された文言はノアの文言だった。これはノアが、現在進行形でヴァーサスリアルに影響を齎しているれっきとした証拠だ」

「だが、それと兄がこの世界の内側にいるのとは別問題じゃないか?」


 兄ほどの技術者なら外部からゲームシステムに改竄を加えることは不可能では無いと思う。そもそも、俺のハッキング技術は兄の教えによるものだからだ。


「これだけの情報なら、そう考えても不思議では無い。だが断言する、君のお兄さんはこの世界にいちキャラクターとして存在する」

「つまり――そう言い切れるがあるんだな?」


 静かに首肯するミカ。その弾みで右目に掛かった長い金髪ブロンドを、僅かに顔を右側に傾けては右手で耳に掛ける――そうしながら、ひとつ深い溜息を吐いた。


「あるんだよな?」

「あるには、ある――だが、かと言って容易に逢えるとは考えない方がいい」

「勿体ぶってんじゃねぇよ。で? 俺の兄は一体どこにいる?」

「星天教団だ」

「教団?」


 ミカは再び画面を立ち上げると、今度はそこにある動画を映し出して再生させる。

 動画は、視点で考えれば監視カメラや防犯カメラのそれに似ていた。だが動いていることを考えるとそういった類のものじゃ無いだろう。


「これ、使い魔ファミリアか?」

「話が早くて助かる」


 恐らくは飛行能力、いやこれは壁に張り付く能力か。廊下を往来する聖職者達と目が合わないことから、何らかの隠密能力も併せ持つ使い魔ファミリアと言える。

 そして俺はそのどちらの能力もを併せ持つ使い魔ファミリアの種類を一つだけ知っている。そう、壁に張り付くことが出来て、尚且つ自身の姿を周囲の風景に同化させる擬態能力を持つ使い魔ファミリアを――


「――か」

タコだ」


 違うのかよっ!!


 まぁ確かに、使い魔ファミリアには沢山の種類があり、その全容は未だ明らかにされていない。

 現時点で判明しているのは、使い魔ファミリアにはレアリティがあり、それが上のものほど強力な能力を持つだとか、複数の能力を持ち合わせているってことくらいだ。

 確かうちのパーティだと一番レアリティの高い使い魔ファミリアはセヴンのモモだ。ただ収納容量インベントリが桁違いに多いがそれ以外は特にこれといった特殊能力は無かった筈。

 俺のカメレオンシグナス収納容量インベントリこそ普通より少し多いくらいで、特筆するのは前述した“張り付き”と“透明化”が結構強力だ。

 スーマンとユーリカの使い魔ファミリアであるポメラニアンゴーメンメガネザル銀路はレアリティもそこまで高くなく、知能が通常よりも優れる、だったかな?

 アイナリィの銀狐コンはSレアリティだったか? 確か《マウント》時の能力が高かったかと思うが、アイナリィ自身が騎兵ライダー系のアルマを取得していないからあまり意味は無いな。


「その、蛸の使い魔ファミリアは誰のなんだ?」


 見事に外した一抹の恥ずかしさを咳払いで濁しながら訊ねた俺を、何故かミカは仄かに口角を持ち上げた妙な表情で見詰めている。


「……何だよ」

「いや? その蛸の使い魔ファミリアの持ち主は――だよ」

「――What!?」


 ぐにゃり――ミカの輪郭が歪み、全身の色彩が滲んでは渦を巻く。

 そして塗料が溶けるように剥がれ落ち――――ルメリオがそこに立っていた。


「あー、ストップストップ。嫌だなぁ、ちょっとしたジョークじゃんか」


 咄嗟に突き付けた〈ノーザンクロス〉を俺は引き戻す。Damnックソ、俺の固有兵装ユニークウェポンはこいつらには未だ隠しておきたかったってのに。


「あれ? 君の武器ってそんな形だったっけ? ――まぁいいや。この蛸君は僕ちゃんの使い魔ファミリアだよ。偵察向きでしかもいいコでさ、本当助かってんだよね。……まーだそんな怖い表情かおしてんの? ジョークだって言ったじゃんさ」

「今のは何だ」

幻覚魔術ハルシノマギアだよ――呪術師ソーサラー系統の二次セグンダアルマ、《幻術師イリュージョニスト》が使える専用魔術。流石に知らないってことは無いよね?」


 流石にそれは俺も知っている。だがそのアルマを取得するプレイヤーが少ないため俺も実際に目の当たりにしたのは初めてだ。

 敵キャラクターにそれを行使してくる奴もいないでも無いが……正直、呪印魔術シンボルマギアと比べても実戦向きじゃないイメージが強い。そもそも幻覚魔術ハルシノマギアではダメージを負わせることが出来ないからな。


が緊急で不在になるってことでさ、僕ちゃんが君の相手をすることになったわけ。本当ならごめーんねって事前に話しておくのがマナーだと思うけど、こっちも結構ゴチャっちゃったからさ」

「……それで俺を騙した目的は? それによっちゃ暴れるが?」

「いやほら、僕ちゃんのを見せるからそれで赦してちょ、ってこと」


 ルメリオはぴんと伸ばした五指を揃えて両手を合わせ、その奥で首を少し横に傾けた。――それで誤っているつもりなのか?

 だが事前にと知れたのは確かに大きい――優れた幻覚魔術ハルシノマギアの使い手は外見や声音ならば完全に相手を騙すことが出来る、ってことだ。

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