176;お姉ちゃんも一緒.02(シーン・クロード)

「姉が?」

『そ。詳しくは帰ってから話すけど、成り行き上、姉ちゃん達も一緒に来るかも』


 スクリーンチャット画面の向こうで何処か消沈したような表情のスーマンから聞いた話は耳を疑うに値するものだった。

 だが思い返せばセヴンとジュライとの出逢いも偶然にしては出来すぎている節があったし、あの二人が奇跡的に出逢えた以上、こんな偶然も頻発するものなのかもしれない。

 どんな天文学的な確率なんだ、って叫びたくなるけどな。


「取り急ぎ分かった。レナードは?」

『ああ、素人のおっさんにしては飲み込み早くて助かるよ』


 アイナリィの父親を任せたのは悪いとは思うが、実際任せてみて正解だったと自負する。

 スーマンは適当に見えて意外と教えるのに向いている。感覚派だと思いきや、実際には理屈を重視する嫌いがある。

 長くバスケットをやっていたと聞いてもいるが、おそらくはそこで先輩や後輩と築いた関係性の経験値が上手く作用しているんだろう。


『そっちは? アイナリィのレベリングはどうだ?』

「バグのせいだと思いたいが……まだ53だ」

『まぁそんなもんじゃね? じゃ、また夕方に』

「ああ、気を抜くなよ?」

『誰が』


 通信の切れたスクリーンチャット画面は上下から縦に押し潰されるように消えて行く。

 俺は溜息を鼻から零し、“死んでる勢”に会いたいと願う人間の存在についてを思考する。


 斯く言う俺も、その一人なんだな――――現実から消えた兄の行方を追って、本当はいるかどうかすら判らないゲームの中の世界を宛ても無く彷徨っている。

 それどころか、最近はその兄の行方を追うことよりも、兄が手がけたこの世界に入り浸ってその凄さを体感することに躍起になってしまっている。

 まるで、もう兄がいないことを受け入れてしまっているようだ。さしずめ、このゲームは兄の遺作とでも言うつもりか?


 Goxxamnクソッ!!


 ダンッ、ガシャンッ――怒りに任せて机に拳を叩き付けた拍子に、テーブルの上に置いてあったコーヒーカップが落ちて割れた。陶磁器はとても貴重でそれ故高価なものだ。HAHA、これは弁償ものだな。


 俺は本当は、どうしたいんだろうか。本当に兄を探したいのか?

 ジュライとセヴンは惹かれ合うようにこの世界で偶然出逢った。

 ジュライは本来帝国アルマキナをスタート地点とし、しかし導入時点で騒ぎを起こしてそこから逃げて王国ダーラカへとやって来た。

 そして辿り着いた駅の構外の路地で暴漢に襲われそうになっているセヴンを見付け、助けたんだ。

 セヴンがその依頼クエストをその日に受注していなければその偶発は無かった筈で、そもそもジュライが王国ダーラカにいなければ発生しなかった奇跡だ。


 スーマンの姉がスーマンと巡り会ったのも、偶然にしては奇跡的すぎる。

 スーマンにはあの森に行く予定なんか皆無だった。偶々アイナリィが家出をし、偶々現実で【正義の鉄槌マレウス】の構成員兼警察官であるルメリオに保護され、偶々父親がヴァスリをやり始め、偶々俺がその面倒をスーマンに押し付けたんだ。


 俺達の選択は、その全てが管理されているのか? そうとしか思えない程に、この偶然は奇跡めいてしまっている。

 そしてその奇跡の内側に、俺と兄との遭遇は入っていない。


 Fxxxxxxxxkクソがぁっ!!


 今度は両の拳を打ち付け、テーブルの大理石の天板が大きく揺れる。


「……随分とご立腹だな。そんなに呼び付けたことが腹立たしいか?」


 クランマスターであるミカが入って来るなりげんなりした表情で吐き捨てた。


「I’m so sorry…全く別件だ。ああ、コーヒーカップが落ちて割れたが、これいくらだ?」

「構わない、その分別で働いて返してもらうから」

「俺としてはそれが嫌だから今直ぐ支払いたいんだが」


 はぁ、と溜息を吐いて席に着いたミカは、じろりと冷たい視線を俺に突き刺す。


「……It's my fault. 時と場合によっては断るぞ」

「それで構わない。――で、本題だが」


 俺は再びここ、【正義の鉄槌マレウス】の本拠地に呼び付けられていた。本当ならばアイナリィのレベリングに付き合っているところだが、急を要するということで俺だけが中抜けてこの館にやって来た。


「“死んでる勢”を目的とするプレイヤーが急増しているらしい」


 “死んでる勢”――つまり現実では既に息絶えているプレイヤーが操るキャラクター。そのことについて、という話で呼ばれたわけだが、ミカが俺に話したいことを既に俺は何となくだが知っている。


「らしいな――うちのパーティメンバーも遂に身内に遭遇したって話だ」

「そちらのと言うと、スーマンか?」

「以外に誰がいんだよ――――Sorry.悪ぃ


 肩を竦めるミカの呆れ顔に俺は謝罪を口にした。それを溜息で聞き流し、表情に真摯さを灯したミカは俺を真っ直ぐに見据える。


「ゲーム内で“死んでる勢”を探すプレイヤーの動きが多く見られるようになった、とのことだ」

「その言い方だと……これまではあくまでも偶発的に遭遇していた“死んでる勢”に対して、自発的に接触しようと動くプレイヤーが多くなった、ってことか?」

「その通りだ」

「で? その何処に問題が?」

「無いように思えるか? ――そのプレイヤー達を、あの【七刀ナナツガタナ】が勧誘しているとしても?」

「What!?」


 “死んでる勢”に会いたい奴らを【七刀ナナツガタナ】が勧誘!? どういうことだ、何のつもりで?

 そう考えを巡らせた一瞬の後、光明のように思考の暗雲に灯る一つのインスピレーション。


「――そこにいれば“死んでる勢”と会えるからか」


 こくりと頷くミカ。だが彼女はそう首肯しながらも続ける。


「実際どういうつもりなのかは判らないが、とにかく【七刀ナナツガタナ】が勢力を増やそうと“死んでる勢”以外に声を掛けていることは事実だし、“死んでる勢”を求めるプレイヤーがクランに入会しているのもそうだ」


 あのクランの対抗勢力であることを余儀なくされているミカ達【正義の鉄槌マレウス】にとってはその事実は頭痛の種だろう。


「だが確かに行動原理としては何も間違っちゃいない。【七刀ナナツガタナ】は“死んでる勢”のクランだし、そこに与する人間が増えれば情報網も拡げられる。そもそも“死んでる勢”がいるのが問題だって気持ちは解るが、現象として実存する以上、その在り方は普通じゃないか?」

「アリデッド、よく考えろ。【七刀ナナツガタナ】はあくまでも“死んでる勢”のクランだ――――そこに与した人間が現実に死なない保証が何処にある?」

「成程……スーマンみたいなのが増えるってことか」


 と、そう口にして――俺達は全く同時に噴き出してしまった。


「わ、悪い……流石に今のはやっちまった」

「――――っ!!」


 ミカみたいな仏頂面の化身にもこんな風に噴き出すことがあるってのは不思議だ。だが却って好印象だ。スーマンには悪いが。


「……ごほん。彼には謝っておいてくれ」

It's your own job.御免だね。そもそも笑われるアイツが悪い」

「君は全く……で、だ」


 再び咳払いをしたミカが真剣な顔付きを取り戻す。


「ノアについて」


 さて――――俺に奇跡は降るか?

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