175;お姉ちゃんも一緒.01(須磨静山)

「助けて下さい、お願いしますっ!」

「どないしはったん!?」


 よく見りゃ身に纏っている防具はぼろぼろ、裂かれた隙間からは血のべったりと貼り付いた皮膚だって見えている。

 それが初期装備、ってことはレナードと同じ初心者ってことだ。はぁはぁと息を切らして、道すら無い茂みの中を駆けて来たってことは――


「何かに襲われてるのか?」


 倒れ込むように膝を着いたまま、初心者の女の子は懇願を声にする。

 どうやら採集クエストの最中に強力な魔物モンスターが現れたらしい――そういう災害的な偶発も起こり得るのがこのゲームの面白いところなんだけど、ぶっちゃけ初心者には勘弁してやれって思う。


「どないしはります、スーマンはん?」

「いやそりゃ助けるだろ」


 他の冒険者パーティの戦闘には介入しないのがマナーだ。戦闘で得られる経験値はその戦闘に参加した全員に分配されるから。

 でもヘルプ要請を確認したのなら話は別――クエストの途中での全滅は多くの場合で依頼不達成となる。つまりは失敗だ。そしてクエストによっては成功することでしか得られないものも多く、そして一部のクエストは一度しか受けられないものもある。


「案内してくれ」


 大きく頷く女の子――名前は“レイナ”。

 彼女から場所を聞いたオレは、魔物を目がけて茂みの中を疾走する。

 レイナはレナードに預けた。正直、話を聞いた限りじゃ似た初心者であるレナードは荷物になりかねない。いや、いい経験にはなると思うし、戦闘に参加できれば結構レベルも上がると思うから別に着いて来てくれても良かったけど。


 茂みから飛び出した先の広場では、レイナよりも血塗れになって辛うじて息をしているだけの女の子が地面に倒れていて。

 そしてその子を庇い、全身をぶるぶると震わせながら引けた腰で〈ショートソード〉を頼りなく構える女の子が、大柄の巨獣を前に立ちはだかっていた。


 がちがち――奥歯が噛み合う細かな音が断続し、そんな女の子にオーガバーバリアンは粗末な棍棒を振り上げ――――


「《クリティカルエッジ・バタフライエッジ》!」

「ギュブォワッ!!」


 ヘリコプターの羽みたいな高速回転を見せて飛翔した刃が、オーガバーバリアンの豪腕を半ばから断ち切った。

 そしてぎゅるぎゅると戻る刃を、しかしオーガバーバリアンは苦く顔を歪ませながらも横っ飛びに躱す。


 ぱしり――手にしたの長い柄を、操作によってする。鏡合わせのような双剣となったそれぞれを両手に握り、オレは震える女の子の前に出てにやりと破顔した。


「漸く実戦だな、〈エントシュルディグング〉」


 ユーリカに鍛えてもらった、オレの固有兵装ユニークウェポン〈エントシュルディグング〉だ。

 系統としては世にも珍しい〈連結剣〉――連結状態では大剣の性質を持ち、分断時には双剣の性質を持つ。

 最近はとんと〔修練〕続きで、こうした実戦の場なんて無かった。だから相手には悪いが、ここは目いっぱい練習させてもらう。


「行くぜ!」

「ヲゴォオヴォオオオ!!」


 比較的低くない知性を有するオーガ属も、このオーガバーバリアンという種は獣の方が近しい。

 一応言語は持ち合わせてはいるが同属にすら理解されず、奪いたい時に奪い、喰いたい時に喰らう、社会性すら持ち合わせていない人型の魔物。

 知性を貶める代わりに図体と膂力を授かった、とも言われており、共食いをもするために大抵はこうして一体と遭遇することが殆どだ。

 本来的に彷徨える獣ワンダリングモンスターであり、地域や地形など全く意に介さずに何処にでも現れる、初心者にとっては事故や災害としか言えない魔物モンスター。女の子達には申し訳ないけど、ぶっちゃけこればっかりはどうしようも無い。


 だから、見ず知らずだろうと困っているなら積極的に助ける――それがこの世界での冒険者の在り方だ。


「遅ぇっ!」


 右腕を失ったオーガバーバリアンが左腕を振り被り、拳を固めて薙ぎ払ってくる。

 だがそもそもレベルに差がありすぎる――オーガバーバリアンのレベルは30程度、レベル68のオレの敵では無い。


 薙ぎ払われた腕を挟むように斬り上げと斬り落としとを同時に打ち込む。

 初手のように《クリティカルエッジ》の効果は付与されてないものの、レベル差だけで豪腕は斬って落とされた。


「まだまだぁ!」


 続けて双剣状態のまま《スラッシュダンス》を行使し、その最中に連結剣の状態への移行を試そうとするも、動きが強制されるスキルの途中ではそれが叶わないことも分かった。


 レベル差のためにこちらの攻撃は一方的だ。既に相手の両腕は部位破壊によって失われているし、体のいいサンドバッグ同然。ただ、隙あらば噛み付こうと大きな口を開けて踏み出して来るから油断ならない。

 だがそれも時間の問題――レベル差30オーバーは圧倒的。オーガバーバリアンはやがて息絶え、その場にずぅんと倒れ伏した。


「スーマンはぁあああん!」


 お、ここで到着か。もう少し早ければレナードも戦闘に参加出来てうほうほだったんだけど――――と、彼の声に振り返ったオレは、漸くそこでその女の子の顔を目の当たりにした。


「――静山?」

睛美ヒトミ姉ちゃん…………何で?」


 髪色も、虹彩の色も違うけれど。

 そこにいたのは、須磨スマ睛美ヒトミ――――オレの姉ちゃんだった。


「本当に、本当に静山なのっ!?」


 へたって座り込んでいた彼女が立ち上がり、オレの方へと駆け寄る。

 だが満身創痍なんだろう、草場の凹凸に足を取られて前のめりに倒れ込み――それを、オレは咄嗟に伸ばした両手で受け止めた。


「静山……静山っ!!」


 眦が濡れたかと思ったら堰を切ったように溢れ出る涙と嗚咽。

 駆け付けたレナードとオレ達に救けを求めたあの子もきょとんと顔を見合わせている。

 そのまましばらく姉ちゃんは泣き止んでくれなくて、オレはどうしたもんかと頭を抱えたかった。

 でも姉ちゃんを抱き留めているためにそれは出来なくて。そして、その両手は籠手や姉ちゃんの衣服越しだというのに、何故か温かかった。


 それで一気に、

 このままこの世界に居続けることできっと消えて行くんだろうと思っていたが、オレに。


 舞い戻っては、そのどうしようも無さをオレに思い知らせる。


「スーマンはん、どないしはったんです?」

「悪い……ちょっと待っててくれないか? 出来るならこのまま」

「はぁ……せやけど」

「だから! ……待っててくれ、って」

「……ほな待ちますわ」


 やがて姉ちゃんは泣き疲れ、落ち着きを取り戻した。

 その頃には倒れ伏していたパーティメンバーの女の子も〈ライフポーション〉による治療で回復し、レナードはさっき教えた通りにオーガバーバリアンのを完了させていた。


 そしてオレは――事の経緯を全部説明した。

 姉ちゃんと、姉ちゃんの仲間と、そしてレナードに。

 オレが現実では死んでしまっていることと、そしてこのゲームの中ではという噂が真実であるという事実を。


 それを話しながら――――オレは、思った。

 ヴァスリ内で“死んでる勢”が当たり前のように世界を闊歩するのは、、って。


 つまり。


 死者にもう会えない現実を、覆すためなんじゃ無いか、って――――

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