174;お父さんと一緒.04(須磨静山)

 結局、アイナリィのお父さんことレナードの面倒はオレが見ることになった。

 何でだよ、って盛大に突っ込ませてもらったけど、オレの相棒からの打診じゃ頷くしかねぇ――心情的にも、理屈でも。


 オレたち【七月七日(仮)】ジュライ・セヴンスは十日後に迫るレイドクエストに向けてメンバー全員の一様なレベルアップを図らなければならない。

 特に最低レベルのアイナリィはまだ50を超えたばかり――対する最高レベルのオレは68と、結構な差がついてしまった。


 加えて、アイナリィはアリデッドやオレのように、ユーリカに鍛えて貰った固有兵装ユニークウェポンを持っていないのだ。ユーリカは単純な武具ならば多少のギミックがあっても製作つくれると息巻いていたけど、それが術具になると完全に専門外だと言う。

 どのようなギミックやデザインが魔術に好ましい影響を与えるか、という概念がよく解らないんだとか――そう言われてみれば、オレだってそんなの考えたこと無い。


 そもそも戦士ウォーリアー系の二次セグンダアルマである《鍛冶士ブラックスミス》は物理系武器の製作についての専門家だが、術具は占い師マンサー系の二次セグンダアルマである《錬金術士アルケミスト》がその役割を担っている。

 つまりオレたちのパーティでは、アイナリィやセヴンに見合う術具系の固有兵装ユニークウェポンを揃えることが出来ない、ってことだ。


 ただセヴンに関して言えば、彼女のアルマは詠唱士チャンター系、その主兵装は〈魔導書〉だ――重要なのはそれが持つ能力値ステータスの上昇率じゃなく、それに。つまりその本に記載された詠唱魔術チャントマギアが大事ってことだ。

 だからセヴンは武器タイプの固有兵装ユニークウェポンは求めていない。代わりに防具タイプの固有兵装ユニークウェポンならもう持っているし。


 アイナリィはでもそうじゃない。彼女には武器タイプであれ防具タイプであれ、とにかく彼女の放つ魔術を底上げするような固有兵装ユニークウェポンが必要だ。

 ただでさえバグの恩恵でバカみたいな威力や強度の魔術を行使できる彼女だ。でもバグはいつかは修正されてしまう。

 そうなったとしても、アイナリィがその魔術で以てパーティの主戦力として立ち回るなら。或いは障壁系スキルでパーティの盾役タンクとして機能するなら。


 固有兵装ユニークウェポンは、必要マストだ。


「スーマンはん、準備出来たでぇ」

「おっ、じゃあ確認させて貰うぜ」


 アイナリィの父レナードから掛かった声に俺は彼に駆け寄る。

 ギルド【砂海の人魚亭】の入口近くのテーブルに広がった旅装を一つ一つ確認し、そしてレナードは教わった通りの準備が出来ていた。


「OK、問題無しだ」

「おおきに」


 因みに、年上であるにも関わらずオレやアリデッドがレナードのことを呼び捨てにしていたり、ですます調や敬語を使わないのは“オレ達の方がここでは先輩だから”だ。

 そもそもヴァスリのようなVRMMORPGに限らず、メタバース上に成り立つSNSやゲームでは、そこに現実とは異なる社会が形成される。

 特にRPGならばそこに“ロールプレイ”という要素も入って来る。


 どれだけ現実で年上だろうが偉かろうが、この世界においては新人。この世界にはこの世界の社会性があるってこと。


「よし、じゃあ行こうか」

「行きましょ行きましょ」


 ただそれは前提の話で、オレ自身は別にタメ口利かれようが全然構わないし、アリデッドだって“そういうロールプレイだから”で済ませちまう人柄だ。

 だからこのド新人が下手こいたって別に構わないし、偉そうな口上吐き散らかしても全然。


 そういうコミュニケーション不全もひっくるめて楽しむのがヴァスリだし、合う合わないはあるだろうけど、オレは出来ればそういうのにも全部付き合っていきたいと思う。

 だってオレには――未練が無いって言ったら嘘になるけど、あるんだって叫んでもどうにも出来ないのがオレの置かれた状況だし。

 そもそも、現実では死んだオレがどういうわけかこうしてこの世界では自由に人生を謳歌出来てる。

 システムに守られているおかげで死ぬってことも無い――ただギルドの自室に舞い戻るだけ。


 守らなきゃいけない人も見付けることが出来たし、そいつのためにも色々と頑張っていかなきゃなー、って感じだ。

 だから現実への未練なんてものは、この世界でもっと生きていく中できっと消えて行くんだろう――――そう、思ってた。




「スーマンはん! こないな時はどうするんでっか!?」

「ごちゃごちゃ考えずに突っ込むんだよ!」


 対峙する三体のゴブリンを相手に、レナードがそれならと意気込んでタックルをぶちかます。

 そしてよろけた所に振り下ろした〈ショートソード〉がざぐりと食い込み、それでゴブリンの一体が断末魔の叫びを上げた。


「ほら、左から来てるぞ!」


 レナードは後方から掛けるオレの声に、素早く〈バックラー〉を翳して横撃して来たゴブリンの短剣の一撃を受け止めた。だがほぼ同時に突っ込んできた一体の棍棒が深々と右上腕に命中ヒットした。


「ぐぅっ!」

「おっさん! 目ぇ回してないで前見ろ! 前!」

「――こなくそぉ!」


 残る一体が決死の突撃を見せる。

 だがそこでレナードは《原型解放レネゲイドフォーム》を行使――黒く肌が変色し、額からは鋭い角が伸びる。

 そして漲った力で以て肉薄した二体のゴブリンを跳ね除けると、眼前に飛び出して来たゴブリンの突撃を〈バックラー〉で受け止める。


「っしゃあああああ!」


 通常よりも速度を増した剣戟がゴブリンたちの貧相な肌を切り裂き、そのまま残る二体を屠り去った。


「っしょいねん、ほんまぁ――」

「っおし、初バトルは上々だな」


 正直、《原型解放レネゲイドフォーム》を使うほどの相手じゃ無いけれど、経験が浅いうちはこうした使わなくていい場面でも積極的に使っていくのが良い。

 使うことによって得られる経験は、使わないでは得られない――当たり前のことだけど、いざ使わなきゃいけないって時に、使ったことが無い力ってのは手に余る。


「んじゃ仕上げだな」


 初めての依頼クエストとして受けたのは推奨された“採集クエスト”じゃなく“討伐クエスト”――討伐した証を持ち帰る必要があるため、ゴブリン達の身体の一部を素材として剥ぎ取り、持ち帰らなきゃいけない。


「うっわ、まんま屠殺やん」

「そのうち慣れるって。ほら、手順教えるからちゃんと見てろよ?」

「ぐっろぉ……」

「最初は誰だってそうだよ」


 何せ他のゲームと違って、ヴァスリは死体がその場に残り続ける。

 その死体を放置していればそれに群がる腐肉を漁る動物だってやって来るし、疫病を撒き散らす魔虫がわんさか溢れたりもする。

 それらの現象は新たな依頼クエストになって、オレたちは仮想現実の生態系がそこにあることを思い知る。

 死体処理もちゃんとやらなきゃばちが当たる――逆に言えばこさえた死体も依頼クエストによっちゃ有効な使い道もあるんだ。


 ――がさり。


「ん?」

「どうしはったんですか、スーマンはん」


 森の茂みを掻き分けてこちらへと近付く足音と気配――立ち上がって振り返れば、そこにはレナードと同じく初心者と思わしき冒険者の姿があった。

 彼女はオレ達のいる獣道へと飛び出して来ると、オレ達を見てすぐに声を上げる。


「助けて下さい、お願いしますっ!」

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