172;お父さんと一緒.03(姫七夕)

「成程な……」


 いつもとは違い、テーブルを挟んで対岸で顔を見合わせるアリデッドさんとアイナリィちゃん。

 彼女が語った、彼女の現実に在る問題――夢を、家族に理解してもらえない痛み。ぼくはそれを受け止めることは出来ても、噛み砕いて飲み込むことは出来ませんでした。


 ぼくが日本でコスプレイヤーとして活動できているのは、ぼくの父や母がぼくの生き方に寛容だから――「やりたいようにやればいい」と背中を押してくれて、また「休みたくなったらいつでも帰っておいで」と居場所を作ってくれているからです。

 アイナリィちゃんの家族はそうでは無いということですが――でもきっとそれは、アイナリィちゃんを支配したいとか、自分が考える道筋以外は認めないという毒々しい思想からなのでは無く、デザイン系・クリエイティブな仕事が抱える“成功者は一握り”だと言う側面を危惧していて、それはつまりアイナリィちゃんがずっとちゃんと不自由なく食べていけるように、安定して幸せでいられるようにと願っているからこそだと思うのです。


「……俺の話になるが」


 返すアリデッドさんの物語はぼくやアイナリィちゃんとはまた異なり。

 アリデッドさん――シーンさんのご家族は厳しく、“自分のことは確りと自分で決めなさい”と幼い頃から何度も言われて育ったのだそうです。

 シーンさん自身も優秀ではあったのですがお兄さんであるノアさんはまさしく天才と言うしか無い方で、プログラミングでその才能は更に爆発し、高校生ハイスクールの頃に作ったオリジナルのゲームがインターネット上でバズり、それを機にノアさんはゲームデザイナーやエンジニアの道へ進むことを決めたのだそうです。


 そんなお兄さんに対して、少し劣るものの優秀には違いないシーンさんは、けれどノアさんのような創造性クリエイティビティは持ち合わせていないと自己分析をしたと語りました。

 また、お兄さんと同じ道に進むのは自分で道を切り拓いて進んだノアさんに対し公平フェアじゃないと、違う道を必死で探したと。


「理工系の大学に進学したけど、相変わらず自分の探す道はよく分からないままだった」


 幸い、ノアさんには無い運動神経と体格がシーンさんには備わっていて、でも十歳から始めてずっと続けて来たラグビーでも大成することはありませんでした。


「ただ、兄と同じでゲームが好きだった。兄みたいに自分で作りたいって気持ちは湧かなかったけどな」


 ノアさんも相当の腕だったそうですが、シーンさんも負けじと腕を磨き、そして何となく出てみたeスポーツの大会でシーンさんは手応えを感じ取りました。

 それは、自分にはゲームの才能があるんじゃないかという期待と、そしてこの道ならば花開くんじゃないかという予感です。


「それからはとにかくゲームに打ち込んだ。ただ遊ぶだけじゃ駄目だった、とにもかくにも研究研究……おかげで単位取り損なった授業もあったな。あの時はこっぴどく叱られた」


 “自分のことは自分で決めなさい”と言うシーンさんの両親も、シーンさんがeスポーツの道に進みたいことを初めて語った時には猛反対をしたそうです。

 同じゲーム好きでも、お兄さんはそれを自ら創り上げる道を選び、片や弟はそれを遊び尽くす道を選んだ――傍目に見れば楽の果てに堕落を成す、正気を疑う選択にも映ります。

 ご両親の反対を予測していたシーンさんは、だからこそ先ずは実績を作ることが先決だと、eスポーツの大会に何度も出ては素晴らしい功績を残していったんだそうです。またeスポーツアスリートがどのように社会貢献できるのか、その可能性や伸びしろも含めて調べ上げ、纏めたレポートを提出し丁寧にしたのだそうです。


「アイナリィ、俺の境遇は半分くらいはお前と似ている。だが俺は全然恵まれていた、だから自分でどうにかして親を説得することも出来たし、親も俺の考えを受け入れて認めてくれた」

「……うん」

「幸いお前の父親も、俺たちのいるこの世界に足を踏み入れた――歩み寄ってくれたじゃないか。だから悲観的になることは無い。それに俺達は仲間だたすけられることがあるなら勿論協力するさ。でも」

「でも?」

「最終的に親を納得させるのはお前自身だ。後押しが必要ならするし、協力は惜しまない。でも最後の一撃ファイナライズはお前自身じゃなきゃ駄目なんだ。解るよな?」

「……」


 困った顔の口はぎゅっと尖っていて――それが出来るかどうか、心から不安なんだと思います。

 でもぼくは概ねアリデッドさんと同じ意見です。お父さんも来てくれたんですから、解り合うきっかけはもう掴んでいるってことです。


「ぼくも、微力ながら協力します」

「セヴンちゃん……」

「アタイもだよ」

「ユーリカお姉さん……」


 席を立ち、アイナリィちゃんのすぐ隣にまで素早く移動したユーリカさんはがしりと肩を回して抱き締めます。

 くしゃりと笑みを見せ――きっとユーリカさんは昔属していた暴走族レディースのチームでも頼れる存在だったのでしょう。


「アタイなんか、それはもう親に嫌われまくったもんさ――それでも、理解し合える日ってのはきっと来るし、それが来なけりゃ最悪逃げりゃあいいよ」

「逃げるって?」

「親元から離れて自立、独立するんさ。人間関係なんてのは生身の肉みたいなもんでさ――親子や兄弟なんて言う大事な関係性なら、深い溝が出来ても時間が解決してくれることだってある」

「……ほんま?」

「ああ。どうしようも無くてもう逃げるしか無いって時は――アタイを頼りな。絶対に親元から離してやるからさ」

「……おおきに。セヴンちゃんも、……アリデッドお兄様も。おおきに」


 本当に不思議です――ただ、巡り会っただけなのに。ぼくたちパーティは、こんなにも素敵な人達で出来ていることが嬉しくて。

 この偶然の積み重ねに、ぼくは“奇跡”以外の名前を付けられません。


 だから――――この輪の中に、ジュライがいないことがとても寂しいのです。


「たっだいまー」


 軽快な声に振り向くと、ギルドの案内を終えたレナードさんがスーマンさんとレクシィちゃんとに連れられて戻って来ました。


「いやー、覚えることぎょーさんあんねやなぁ。上手くやれるか不安やわぁ」

「最初はそこまで欲張らなくてもいい。リリース当初から始めているプレイヤーの中にこのゲームの全てを網羅して遊び尽くしている奴はいない」


 ニヒルに笑んだ顔がイグアナじゃ無ければ心の底からかっこいいと思えるんですけど……でもアイナリィちゃんは寧ろそれが好いようですが。


「レナードさん、これで冒険者登録は完了です。手始めに簡単な“採集クエスト”から始めてみませんか?」


 レクシィちゃんが受付嬢としての仕事をこなしています。案内されたクエストボードに貼られた幾つもの羊皮紙を眺め回しながらレナードさんは疑問符を頭上に浮かべます。


「アイナリィ、初めてのクエストってどれがええんかなぁ?」

「それこそレクシィちゃんに聞いたらええやん」

「あ、えっとですね」

「レクシィレクシィ」

「はい?」


 説明を始めようとしたレクシィちゃんを、何とスーマンさんが制しました。手招きでちょいちょいと呼び、何やら耳打ちしています。ふんふんと小さく相槌を打つレクシィちゃん。スーマンさんは一体何を考えているのでしょうか?


「レ、レナードさんごめんなさい」


 秘密の打ち合わせが終わったと思ったら、レクシィちゃんが頭を下げました。


「ちょっと、私、今からやらないといけないことがありまして……」

「そうなん? いや全然かまへんよ?」

「はい、すみません……なのでアイナリィさん」

「……うち?」

「私の代わりに、レナードさんへクエストの説明とか、案内とか、して下さると嬉しいな、って……」

「……うちがぁぁぁあああああ!? はぁ!? 何でやのん!? はぁ!?」

「いいじゃんいいじゃん、親子水入らずってさ」

「――っ! スーマン……覚えとけよ」

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