169;次なるレイド、その前に.03(姫七夕)

 そこで、頭をぼりぼりと掻きながらアリデッドさんが発言しました。


盾役タンクなら俺がやる」

「えっ!?」

「え、アリデッドって盾役タンク出来るの?」


 スーマンさんの何気ない疑問に嘆息したアリデッドさんは、じとりとめ付ける目で威嚇しながら、「出来る」と肯定しました。


「一応これでも、eスポーツ界じゃそれなりに名の通った人間だしな。あと、ヴァスリで《竜鱗のアニマアニマ・セイヴラ》を取得した奴は基本的には盾役タンクが相場だ」

「そうなのか?」


 スーマンさんがぼくを見ます。その奥でユーリカさんも。だからぼくはこくりと頷き、アニマの特殊能力と性能についてをじっくりお話ししました。


 アリデッドさんが有する《竜鱗のアニマアニマ・セイヴラ》が持つ特殊能力は、《原型解放レネゲイドフォーム》中に一度だけ、自身が負った状態異常ステートを強制的に解除する、というものです。

 また、レベルが上がる毎に纏う水が鎧や障壁のように働くため、確かに盾役タンクにはピッタリでしょう。


 また、ミカさんの持つ《錬剣のアニマアニマ・レピド》も、展開する“剣の輪郭” ――《原型解放レネゲイドフォーム》した際に現れる武器のホログラフィックです――で得られる特殊効果を武器では無く盾や鎧に付与することで、驚異的な防御力を誇ることも出来るんです。


 勿論、スーマンさんやユーリカさんのアニマである《戦火フローガ》も、自動カウンターがありますから盾役タンク運用もばっちこいです。


「ただ、俺がそれをするとなるとセヴンに補助バフを多少なりとも貰いたいってのと、単純に攻め手が減ることが懸念されるが……」


 と、そこでアリデッドさんはスーマンさんとユーリカさんの二人の顔を見比べ、何やら神妙そうに顎に手を置きました。


「……撃破役アタッカーがオタクら二人と言うのが更なる問題だ」

「何でだよっ!?」


 すかさずスーマンさんが怒号を発します。

 ですがぼくにも、アリデッドさんの懸念が解ります。それは決して、お二人の実力に呆れているのではなく――


「属性被り、か」


 ユーリカさんが深く息を吐きました。


「ああ、そういうことか」


 そこでスーマンさんも納得したようで――そう、二人のアニマは火属性の《戦火フローガ》。相手の弱点属性を衝けるのなら良いのですが、逆だとかなり不利になります。

 次のレイドのボスがどの属性を持っているのか定かではありませんから、出来ることなら属性はバラけさせたいのです。


「あとはユーリカの足でスーマンの速さに着いて行けるか、だな」

「あー、やっぱそうだよなぁ。アタイもそれは薄々感じてたさ――――アリデッド。アンタ、盾役タンクしなくてもいいよ」


 誰もがぴたりと口を噤んでユーリカさんに顔を向けました。

 ふぅ、とユーリカさんは、そして言います。


「アタイが盾役タンクになる。ぶっちゃけ性に合わないけど、適任だろ?」

「……言ってしまえばそうだな」


 確かに、アリデッドさんやアイナリィちゃんにスーマンさん、もっと言えばジュライに比べて、ユーリカさんはアルマの特性もあって移動速度や俊敏性に劣ります。

 その分一撃の重みはあるアルマですし、武器もそれに見合った威力のある鎚種ハンマーです。なのでDPS与ダメージ効率的にも遜色はありません。

 ですがこれに関してはぼくも――正直、戦術性を考えるならユーリカさんの決断に同意します。でも、でも……


「それでユーリカさんは、

「――っ!」


 ぼくに集まった視線が、再びユーリカさんに注がれます。

 目を細く伏せた苦い表情が俯いたまま、そして下唇がぎゅっと噛み締められます。


 ユーリカさんははっきり言って直情型。本当ならば敵陣に突っ込んで行って猛威を振るいたい性格タイプなんでしょう――だからこその苦渋の決断ですが……同じとして疑問を挟まずにはいられませんでした。


 ぼくはアリデッドさんを横目で見ます。ロケット弾頭のような蜥蜴顔は酷く涼しい視線を投げています。

 アリデッドさんもまた、ぼくと同じくです。いえ、アリデッドさんだけじゃなくアイナリィちゃんも。そしてスーマンさんも。


「アタイがここで折れなきゃ、パーティがヤバいだろ?」


 絞り出したような言葉に、アリデッドさんは深く溜めた息を吐きました。


「腹を割って話せば、俺自身はその言葉を歓迎するよ。ただ同時に、セヴンが発した問いにも深く同意する――ユーリカ。俺達は仲間だ、違うか?」

「何言ってんだよ。今更違うって言われたって聞き入れてやるもんか」

「そうだな。前にアイナリィにも言ったが……仲間なら、迷惑をかけて当たり前だろ?」


 ユーリカさんの目が大きく見開かれ、しかし直後、今度は彼女の方が大きな溜息を吐きます。


「アンタはそうやって……いや、ここは譲らないね」

「はぁ?」


 スーマンさんが素っ頓狂な声を上げたのとは対照的に、アリデッドさんは涼しい表情を崩しません。それどころか、ふっと軽く笑ったんです。


「オタクがそれでいいならそれに越したことは無いさ。更に前にも言ったけど、オタクはこの中の誰よりも伸びしろに富んでいる。ここいらでちゃんとした戦士系統ファイターの運用を経験するのは愚策とは言えないさ」

盾役タンクを学べってことか?」


 大きく頷く、翠色の鱗。


「重装備をガチガチに着こんでも戦場を駆け巡れる戦士ってのは怖いもんさ。また盾役タンクを経験することで知れることは沢山ある。特にPvPになった時は相手の盾役タンクが嫌だと思うことを考えることが出来る。こればっかりは、経験を積んだ奴にしか分からない」

「成程、今盾役タンクをやっておくことが撃破役アタッカーに戻った時の力になるってことか」


 スーマンさんがポンと手を打ちます。


「だから俺としてはオタクがそうやって自分で決めて言ってくれるんならどっちでもいいのさ。何、このゲームを舐めるなよ。盾役タンクの道に行こうが最っ高に楽しいからな」

「……結局兄貴自慢かよ」


 HAHAHAと笑い飛ばすアリデッドさん――――でもそれでユーリカさんの気持ちも固まり切ったようです。


「OK。盾役タンクは初心者だから足引っ張るぜ?」

「俺は重いぞ?」

「言えてるっ」


 やっぱりこのゲームは素敵です。それ以上に、ここに集まった仲間が。


「えろうすんませーん」


 と――【砂海の人魚亭】にお客様のようです。

 ジーナちゃんの不在の今、その声にいち早く反応したレクシィちゃんが席を立ってぱたぱたと駆け寄っていきました。


「いらっしゃいませ」

「おおきに。その、【砂海の人魚亭】言うんはここで合ってるんかいな?」

「はい。ここは冒険者ギルド【砂海の人魚亭】ですが……もしかして、登録希望の方ですか?」

「せやで。はぁー、しっかしえらい疲れましたわ。でもって、ええっと……何やったっけ……」


 今では聞き慣れた言葉遣いに振り向いて見てみれば、初老に届きそうな中年男性がレクシィちゃんと話をしています。

 中肉中背の、特にこれと言った特徴の無い体型をチュートリアル終盤で貰える〈チェインメイル〉が包んでいます。レクシィちゃんが見抜いた通り、その装備でいるということはあの男性はキャラクターメイキングのまだ途中です。

 でも、そんな方がこのギルドを訪ねるのは非常に珍しく――――と言うのも、大抵の方は最大手の【黄金の双翼亭】で冒険者登録を終えるのです。

 ぼくのように、そこでの登録を見送ってこのギルドまで辿り着く人はごく少数で、だから【砂海の人魚亭】に登録に来る方は基本的には。つまりあの方はこのギルドのことをゲームを始める前に誰かから聞いていた?


 え? もしかして――――


「ああ、せやったせやった。お嬢さん、わいな、人探しもしてはるねん。ここのギルドにって冒険者がおる筈なんやけど……」

「え、アリデッドさんですか?」


 レクシィちゃんが振り向き、戸惑ったような驚いたような視線を投げかけます。その視線を受けたアリデッドさんが円卓テーブルを立ち上がり――


「うっわぁ、ほんまに蜥蜴やん! ああ、失礼ぶっこきましたな」

「いや、構わない。何しろ流石に言われすぎて慣れているからな。それで……オタクは? どうして俺を?」


 そして初心者ニュービーの男性は改まった表情で姿勢を正し、正対するアリデッドさんに向かって深く頭を下げました。


「いつも娘がお世話になってはります。あか――あ、いや。アイナリィの父です」






「「「ええええええ~~~っ!?!?」」」

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