168;次なるレイド、その前に.02(姫七夕)

「お待たせしましたぁっ!」


 ギルド【砂海の人魚亭】の一階、レストランの一角に、ぼくたち【七月七日(仮)】ジュライ・セヴンスのメンバーが集まっています。


「おうセヴン、お疲れ」

「お疲れ様です」


 パーティの最高レベル68のスーマンさん。ギルド内での扱いも、雑用見習いから雑用につい最近ランクアップしました。

 隣には受付嬢見習いのレクシィちゃん。見習いと言っても、結構一人で色んなことを出来るんです。ジーナちゃんの教え方がいいのもありますがレクシィちゃんの吸収率もいいってことです! ――つまり、スーマンさんは……いえ、考えないようにしましょう。ほら、一応、見習いは取れましたし! ……雑用最低ランクですけど。


「おっ、セヴン! 久しぶり!」


 パーティ唯一の生産職、《鍛冶士ブラックスミス》のユーリカさん。今日も綺麗にポンパドールが艶々と反り立っています。パンクな女性ってかっこよくて憧れます、ぼくはきっと似合わないだろうなぁ。


「待ちくたびれたぜ」


 溜息を吐くのはリーダーのアリデッドさん。その隣に――アイナリィちゃんは


「……相変わらず全員じゃないが、いない人間のことをあれこれ詮索しても始まらない」

「なぁ、アリデッド。アイナリィからの連絡は本当に無いのか?」


 スーマンさんが鼻を穿ほじりながら訊ねます。って、何で穿ってるんですか。


「何度も言わせるな、本当に俺の所にも音沙汰無しだ」


 暗殺者アサシンギルド脱会の後、急にログインしなくなってからもう三日です。でもあんなことがあったのですから――ぼくは聞いただけですけれど――心に深く傷を負って怖くて入って来れない、というのは十分に考えられます。


「事が事だけにデリケートなんだよ。下手につつくと余計にこじれる」

「そんなもんかぁ?」

「スーマンには解らないかもね」

「はぁ?」


 ユーリカさんが呆れの溜息を吐きます。それを見たスーマンさんもまた溜息を吐きました。

 でも、ぼくはアリデッドさんの言う通りだと思います。

 もしもそれがぼくだったなら――想像するだけで身体の芯が凍ったような身震いに襲われます。

 未遂だったから良かったものの、有無を言わさない暴力に晒されるというのは本当に堪えるものなのです。それが直接的なものであれ、間接的なものであれ。


 なのでぼくたちはただただ待つだけです。

 決して急かすことはせず、でも帰って来た時はちゃんと笑顔でお迎えできるように。


「とにかく――俺達には何も出来ない。アイナリィが自分で再起するまではな」

「ふぅーん……まぁ分かったよ」


 ちなみに、レクシィちゃんにはアイナリィちゃんがギルド脱会の際にどういう目に遭ったかはまだ話していません。

 言ってしまえば、レクシィちゃんの身に起きたことはアイナリィちゃんと比べれば“完遂”だからです。

 今でこそ柔らかく微笑んだり、楽しかったり面白かったりする時には大きく口を開けて笑うことが日常になったものの。

 あの出来事は、まだじくじくと濡れた傷として心に残っているのだと思うからです。


 だからレクシィちゃんは困ったような顔をしています。

 すぐに仲良く打ち解け合った仲間が、何も言わずに消えてしまって。そしてその理由を、ぼくたちは彼女には教えられないからです。


「……そんな顔すんなよ」

「え?」


 そして――大抵こういう時、彼女の騎士ナイト様は自然ナチュラルにかっこつけるのです。


「直ぐに戻って来るさ。大体、あいつが落ち込んで塞ぎ込む様なタマかぁ?」


 一言多いのも、いつも通りなんですけど。


「レクシィ、悪いが今はまだお前には言えない。その日を待ってくれとしか言えないことを、とても残念に思う」


 アリデッドさんの言葉に、でもレクシィちゃんはふるふると首を横に振りました。


「信じてるから、大丈夫」

「そう言ってくれると助かるよ。――――さ、じゃあ“次のレイド”の話をするか」


 と、ここでアリデッドさんが舵を切りました。

 そうです、わたしたちが今日集まったのは他でもない――先日、ヴァスリ運営が定期的に行っているオンライン生放送で発表された“第二弾レイドクエスト”。すでに十日後に迫っているそれに向けた、パーティ【七月七日(仮)】ジュライ・セヴンスのレイド対策会議その壱、なのです。


「ちなみにセヴン、アンバサダーとして参加に何か制限があるのか?」


 そうなんです。見事アンバサダーに就任したわたしは、第一弾レイドの時に【夜明けの戦士】ヴォイニ・ラスベートの皆さんがしていたように、レイドに参加するPCプレイヤーキャラクターたちの面倒を見るという大役を仰せつかっているのです。

 なのでバトル自体には勿論参加出来ますししますが、パーティの一員として動く、というのはちょっと難しそうなのです。


「そうか」

「はい、ごめんなさい……」

「気にすんなよ、セヴン。同じ戦場にはいるんだし、それに今回も役割ロール毎に分かれるんだろ?」

「それが……」

「それが?」


 ユーリカさんもずい、と身を乗り出してぼくの言葉を待ちます。

 そう――――前回の邪竜人イヴィルドレイクグルンヴルド戦ではニコさん達の指揮に従ってパーティ単位ではなく個々が役割ロール毎に分かれ、前衛や後衛、補給といった部隊を組んで戦いました。


 しかし、今回は。


「成程――完全なパーティ対抗戦になるのか」


 そうです。

 基本的にはパーティ単位で動き、パーティ毎に戦績も発表されるのです。


「ってことはさぁ、パーティ人数が多い方が有利ってこと?」

「基本的にはそうなる筈です。あ、でも、始めたばかりの方や極端に参加人数が少ないパーティには“ジョイント”っていう特別措置もあるみたいです」

「“Joint”――一時的に組むってことか」

「そうです」


 それでもやはり、大元のパーティで動く方が絶対に有利です。組み合ったばかりの方とは巧く連携が取れませんし。


「でもやっぱ、アイナリィが抜けてるのは痛いよなぁ……」

「まぁ、実質的にうちのパーティのタンクだもんな」


 ユーリカさんの嘆息に相槌を打つスーマンさん。ぼくもその気持ちは分かります。


 ヴァスリの数あるアルマの中で、盾役タンクとしての運用に向いているのは四つ――騎士ナイト戦士ウォーリア騎兵ライダーそして魔術士メイジです。


 騎士ナイトは防御に特化した物理盾役タンクで、装備した盾を使ったスキルや敵の敵愾心ヘイトを集めるスキルなどがあり、レイドのような大きな戦場で有用とされます。


 戦士ウォーリアは対して攻撃と妨害に傾倒した盾役タンクで、騎士ナイトのように敵を引きつけられない分、ダメージとともに弱体化デバフを付与することが出来るのです。


 騎兵ライダーは何と言ってもスキル《マウント》で使い魔ファミリアーを“騎乗用の魔獣マウント”へと変化させられるのが一番の楽しみです!

 狭い所では乗れませんが、騎乗時のタフネスさと手数の多さ、そして敵愾心ヘイトを集めるスキルもかなり有用です。


 言わずもがな魔術士メイジはスキル《物理障壁ウォール》と《魔術障壁バリア》の二つが便利すぎます。

 遠く離れた場所からでもパーティを守れるこの二つのスキルのために、今では魔術士メイジは完全に盾役タンクという位置付けになっちゃいました。


 一応、他のアルマでも盾役タンクを張れないこともありません。

 例えばジュライや、レクシィちゃんの故郷で対決した【七刀】ナナツガタナの幹部の一人のアルマである《シノビ》には、《残像回避》というスキルがありますし。

 またぼくも《リトルワード》と組み合わせた《王の城塞キングスフィールド》や《妃の障壁ドミナスフィールド》を行使することで、見せかけは魔術士メイジのような魔術盾役マジタンクにもなれますし。


 でも流石に、アイナリィちゃんの代わりとなると無理です。バグの恩恵を受けに受けたあの魔力で張られる障壁は、誰もその代わりにはなれないでしょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る