165;家出.05(小狐塚朱雁/久留米理央)
やっぱりそれはあかんと、うちはミカお姉さまこと綾城ミシェルお姉さまが預かることになった。
交換条件はうちのヴァスリのアバターデータの譲渡。大本のデータはうちの家のハンプティ=ダンプティに入っとるけど、ログインしたらヴァスリのサーバーからもダウンロードすることは出来る。せやからうちがあの家に戻ることは当面あらへん。
「で? 具体的にはどうするつもりだ?」
「具体的にって?」
「親御さんへの説明だ」
「ああー、それなら僕たちが現在やっている調査に手伝ってもらう形にするつもりですけど」
お二人はヴァスリ内で
“死んでる勢”が本当は生者が死者を語っているだけなのか、それとも本当に死者がゲームをプレイしてるんのか。
後者が濃厚やという話やけど、せやったら何で死者がのんきにゲームに興じてるんのか。
運営としては公式に「そのような事実は無い」「権利侵害が認められた際には法的措置を適用する」としてはるけど、開発チームとしては“死んでる勢”の真実を暴きたい。そしてゲーム内に存在する死者を全員叩き出して、普通のゲームにしたい言うんが
そのお手伝いをどうしてうちがすることになったかは適当に考えると久留米お兄さんは言うてはった。軽そうなノリの人やけど、多分この人めちゃんこ頭切れるんやろうな。また、説得には硬そうな同僚を連れて行くて言うてはったからうちのおとんもおかんも騙されるんやろう。
そしてうちは綾城お姉さんとこに厄介になって、しばらくは落ち着いた生活にありつける。
ハンプティ=ダンプティもあるし、ヴァスリにもログイン出来てゲームすることも。
でもそれも、たかが一週間程度の話や。
一週間が期限で、それが過ぎたらうちはちゃんと家に帰ることを約束された。
正直、あないな家にもう帰りたくない――でも、約束は約束。交わしたそれを破るんは京女の沽券に関わるねん。
はぁーっ……ものごっそ憂鬱や。
通された綾城お姉さんの部屋でのんびりとしながら、暮れる夕日を窓越しに見ながら吐く溜息はいつもよりも重たい感じがする。
今頃、久留米お兄さんはうちの家族に会ってる頃やと思うけど……ほんま、どないなるんやろ……うち……。
◆
「――と、いうわけっす」
「成程な」
僕ちゃんはサイバー犯罪対策課という特殊な課に属すけど、警察と言うのは基本的には
そして僕ちゃんにも勿論、ヴァスリ内における“死んでる勢”の打破、という更に特殊な業務に従事する上で同じ警視庁に属す相方がいる。
警視庁第三方面交通機動隊騎馬隊所属、
クラン内での僕ちゃんの役割的にヴァスリではそこまで絡むことは無いけれど、現実となると話は全く別。
阿仁屋さんはクランメンバーの中で僕ちゃんと同じく警視庁に籍を置く警察組。
“死んでる勢”に関しての現実での調査をも業務とする僕ちゃんたちは、そのため聞き込みなんかに出かける際には二人揃ってが基本となる。
と、言うのも――僕ちゃんは特殊な入庁の仕方をしたせいで、滲み出る警察官としての雰囲気など何一つ無いからだ。
しかしそこに阿仁屋さんがいると話は俄然変わって来る。
短く斬り揃えられた艶々とした黒髪。
どちらかと言えば
馬に乗ることを生業とするには大柄な、削がれ磨き上げられたごつごつとした体躯。
年齢は33歳、脂もノっている。だが独身――寡黙の裏には奥手=ただの不器用という真実が潜み、「人の女より馬の牝の方が好きなんじゃないか」なんていう噂まで立っている。
だが本人の耳には入っていないようで、休日でも馬の手入れに精を出したり、わざわざ動物園――しかも触れ合えるタイプの――に出向いて馬やポニーを日がな眺めたり撫でていたりと……
「そういや阿仁屋さん」
「ん?」
「マッチングアプリのあの子どうなったんすか?」
「あ、――いや、最近連絡取っていない」
ったく、これだよ。だから変な噂立つんでしょーが。
ちなみにマッチングアプリを薦めたのは何を隠そう僕ちゃんです。
「着いたな」
「はー、長旅でしたね」
そんなこんなでタクシーを降りた僕ちゃんたちは、目の前に悠然と佇む古き良き武家屋敷風の日本家屋を前に佇まいを正し、門の右手に取り付けられたインターフォンを鳴らす。
程なくして家人と会話、出迎えられ、招き入れられた客間にて座椅子に腰を落ち着けながら、やがて夫妻が揃って現れた。
ここは、小狐塚家――僕ちゃんは約束通り、朱雁ちゃんを警察にて預かる交渉をしに来たのだ。
あくまで警察組織に身を置く者として。そして同時にヴァスリをどうにかする任を受けている者として。だから勿論、上司には許可を取り付けている。
「初めまして。警視庁サイバー犯罪対策課の久留米です」
「同じく、阿仁屋です」
実際同じくじゃ無いんだけど――でも「何でサイバー犯罪対策課と交通機動隊が一緒に?」なんて言う余計な疑問を挟ませないためにも、阿仁屋さんの自己紹介はこれでいい。
まぁ、警視庁に籍があるのは確かに僕ちゃんたち一緒なんだし。嘘は言ってない、嘘は。
「警視庁……ほんまに、警察はんの厄介になりはったんですね」
実際に顔を合わせた彼らは酷く狼狽えていた。心配や不安といった感情に押し潰されそうなほどに。
いや、実際押し潰されていたんだろう。
僕ちゃんはそんな彼らに、先ず朱雁ちゃんを保護している現状を話した。だがそこに当の本人がいないことが、100%の安堵を彼らに齎さなかった。
「あの……朱雁は、どちらに?」
聞いていた話と丸っきり違って面食らったのは僕ちゃんも一緒――恐る恐る問い出したお母様は、朱雁ちゃんの主観ではどんな状況でも身動ぎすらしない堂に入った人物。
「無事、無事なんやろなぁ!?」
お父様も――直情的な一面はあるにせよ、鋭く押しが強いという側面は僕ちゃんの目には見えなかった。
「ええ、勿論無事です。ですが彼女の申し出もあり、また僕たち警察からのお願いもあり、直ぐにはお返しすることが出来ません」
「それは……」
「どう言う……」
敢えて彼らの
先ずは警察という組織が彼女を利用したいこと。詳細にまでは話せないが現在起きているネットゲーム内での犯罪に対抗する手段を彼女が持ち合わせており、彼女自身それに対しては協力的な意思を持っていること。
そしてそのためには警察組織内で彼女を保護しながら協力してもらう必要があること。起きているのはネットゲーム内での話だが、現実にも干渉しうる恐れがあること。
加えて、彼女自身が現在は家に帰る気でいないこと。
その理由は言わずとも、夫妻の二人ともが理解してくれていた。
だがそうであったとしても、それを認められないというのも人の、そして親の情だ。
「そこで捜査協力のお願いに上がったわけです」
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