164;家出.04(綾城ミシェル)

「何か事情があるんでしょ? 散歩がてら京都から東京まで来るわけじゃあるまいしさ。一応ほら僕は警察なわけだし? 君の力になれそうなことで僕の権限が及ぶ範囲のことは協力出来る。ただし――」


 ごくりと喉が鳴る――私じゃ無く、隣に座る小さな女子高生の。


「相応の見返りは要求するよ?」

「見返りて――――身体ですか?」


 ぶふっ――二人して噴き出してしまった。

 危ない、今しがた水を飲もうとグラスを持ち上げたところだったのだ。含んでいたら久留米が大変なことになっていた。


「げっほ、ぇほ、――あのね? 一応僕、警察だって言ったよね?」

「せやけどお兄さん、なんやそういうこと普通にしてそうやし」

「ええー」


 久留米が苦く笑う。落ち着けるために改めて持ち上げたグラスの中身で喉を潤した私同様に、グラスの水に口を着けた久留米が弁明する。


朱雁あかりちゃんはアイナリィのプレイヤーでしょ? そしてアイナリィというPCプレイヤーキャラクターには他のPCには無いヤバい能力ちからがある」

「バグのことです?」

「そう――――ただ、それと似た能力ちからを持つが今回現れた」

「――――あの黒ギャルか」


 キャラクター名は結局聞けずじまいだったが、私が相対したあの黒ギャルは確かに、このアイナリィに匹敵するを有していた。

 違うのはアイナリィが魔力MPを増徴させるものだったのに対し、あの黒ギャルは生命力HPに及ぶバグだったこと。


「僕も現物を拝んだわけじゃないから確かなことは何も言えない。でもきっと、二人のバグには共通項がある筈だ。となると、それを解明することが出来れば」

「バグを量産できる!?」

「いやいや――まぁ一応、それも出来るっちゃ出来るかもしれないけど」


 またも苦笑する久留米。何だろうな、この久留米と小狐塚の組み合わせは思っていたよりもいいのかもしれないな。相性が悪くなさそうだ。

 しかしバグに対しては私も思うことがある。

 そもそも、あそこまで大きな緊急メンテナンスを経て尚、今もこのバグは

 小狐塚アイナリィ独りがその恩恵にあやかれていたのならまだ話は理解できる。運営もその発生に気付かず、それゆえ対処の対象になっていなかった、というパターンだ。

 だがそれは違うだろう――少なくともあと一人、その恩恵を享受したプレイヤーがいた。それも、“死んでる勢”の中にだ。


 運営が私たちを“死んでる勢”の対抗者として業務を依頼する程だ。運営にとって“死んでる勢”は対処すべき相手。

 その中に現れたのだから、運営とてあのバグをこのまま傍観・黙殺する気は無いだろう。


 問題は、そうじゃなかったら――だ。


「バグが発生する刺青タトゥーのパターンが判れば、今後同様の敵が現れた際にも事前に警戒することが出来るし、いざ対峙したとなった時にもさ」

「なるほど――確かにせやな」


 久留米の口車にうんうんと頷く女子高生。始めた経緯は判らないが、この子の方が私たちよりも“ガチ勢”だと言うことだ。


「だが実際にどうするつもりだ?」

「どうする、とは?」

「この子の家族はこの子をさがしているんだろう? だったらはこの子を家族の元に送り届けるのが正解なんじゃないか?」


 苦い表情を見せる久留米。


「真っ当な大人じゃないと言われているようですよ」

「実際その通りじゃないか」

「国家公務員相手に何言ってるんですか」

「真っ当な手段で成り上がったわけじゃないだろう?」


 私たちの遣り取りに合わせ小狐塚は神妙な面持ちで私たちの顔を見比べている。

 ぱちくりと目を瞬かせている仕草が愛らしいなと横目で私は思う。


「話を戻しますけどね? ここでこの子を家族の元に帰してしまったら、この子の事情は何も変わらないままですよ。そうなるといざヴァスリで対面した時に、ああ、あの時何もしてくれなかった大人だ、なんて思われるわけですね」

「何もしなかったわけじゃ無いだろう」

「本人に訊いてみますか? 朱雁ちゃん、君は今現在、家族の元に帰りたい気持ちはある?」


 ずい、と身を乗り出す久留米。私も首を横に捻って隣の女子高生を見詰める。

 まるで蛇に睨まれた蛙のように肩を竦めた少女は、ぎゅ、と唇を噛み締めては首を横に振った。


「ほら――綾城さんは知らないでしょうが、乙女心なんてのは複雑なんですよ」

「おいおい、まるで私が乙女心を失くしてしまったような言い分だな」

「え、じゃあまだあるんですか?」

「無いけどっ!」

「でしょうね」

「後で覚えておけよ?」

「嫌ですよ――――後、増してこの年頃ですから、家族と衝突するなんてことはどこの家庭にも普通はある出来事なんです」

「私は家族と衝突なんてしたことが無かったがな」

「そっちの方がんすよ。普通は思春期なんて多感な時期は、家族を嫌だって思っとかなきゃいけないんです」


 告げ、久留米は再びグラスの水に口を着けた。そして嘆息した後で私では無く小狐塚に視線を向ける。


「とは言え、本人の意思もそうですが家族の気持ちも大事なのは僕だって重々承知です。なのでこの件は僕が責任持って対処しましょう」

「お前が責任とか言い出すと碌なことにならない気がするのは」

「綾城さんの気のせいですよ!」


 なんだかんだと私よりも親身にこの子のことを考えるのは、やはり久留米もそれ相応の家庭の事情を持っていたからだろう。

 今では警視庁に属する国家公務員だが元々はただの犯罪者だ。その時点でこいつの親はこいつと縁を切っている。


 久留米はもう、戻れる居場所を失ってしまっているのだ。

 そして元犯罪者と言えど、あくまであれは自己顕示の一つ。情報技術の有能さをひけらかして現在の位置に居座るための絶好の技術披露パフォーマンスだったわけだ。

 久留米自身、家族との関わり方に何か思うところがあるに違いない。そうで無ければ、他人にそこまで関心を持たないこいつがここまで自らの口や手を動かすことは無い筈だ。もしかすると家族と縁を切った際の心の傷を、この子には受けてほしくないという想いなのかも知れない。


 共に仲間として動く間に気付いたが――こいつは根っからの悪人なんかじゃない。


「朱雁ちゃんは帰りたくない、でも家族は帰ってきて欲しいと思っている。僕は両者の間にどんな確執や軋轢があるのかは知らないですが、大抵のことは時間が解決したりするもんです。なのでご家族にはそれっぽい事情を説明して安心・納得してもらいつつ、ほとぼりが冷めるまでは綾城さんに預かってもらおうと思います」

「……は?」

「え?」

「ん? いや流石に僕が預かって手ぇ出しちゃったら大変でしょ? それとも預けてみます? 僕、入庁してからとことん異性との出会いに飢えてますけど?」


 悪人じゃない。でも――――腹立たしいヤツではある。

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