163;家出.03(小狐塚朱雁)
ミカお姉さんには世話になったんは覚えとる。ほんの二、三日前の話や、忘れるわけがあらへん。
暗殺者ギルド【森の翁】を脱会しようと単身乗り込んであわや
うちをそうすることにどないなメリットがあるかは知らん。お兄様と何かの約束事を交わしたんは聞いてるけど、それがどないな内容かは聞けへんかったし別にどうだっていい。
重要なんは、何があろうとうちを助け出してくれたこと――あの時うちはお兄様に連れられて拠点まで戻れて回復した。けれどそれからはタイミングが合わへんくてお礼言えてへんかった。
怠慢や言われてもしゃーないし、そう突っ込まれたらそれはその通りやって頭下げることしか出来へんけど……って。
そないな気持ちでついテーブルまで来てしまったけど、よく考えたらうちはミカお姉さんのことは判るけどお姉さんはうちのこと判らんくない!?
うち、自慢じゃないけどアバター弄りまくってるから外見の乖離半端無いねんて!
うっわぁ、やってもうた! どないしよ!? どないしよ!?
「――こんにちは。何か御用ですか?」
そないにしどろもどろなってたらお姉さんやのうて同席する童顔チャラ男の方が話しかけてきよった。何や、意外と普通な喋り方やないの。もっとチャラチャラした喋り方やと思ってたわ。
「あ、いえ、あの……その……」
頭の中は変に冷静で、チャラ男やお姉さんの細かいところばっか目に入る。おかげで肝心のこの場をどう説明しようかってことに全然気が回らへん。
こんな時、ほんまに自分がゲームの世界の中におったら、って思う――昔っからそうや。自分の家を一歩外出たら、慣れてる学校とかでさえ全然上手く喋られへん。そのうち目がぐるぐるーって回り出して、ほんまに気分悪くなってくる。
「……君、何処かで会ったことがあるか?」
「えっ?」
お姉さんが真っ直ぐ見上げてくる。うっわ、すっごい睫毛……ゲームの中の顔と全然変わらん美人顔。ハーフなんやろうな、どっからどう見てもえろう美人さんやん。ちょっとつっけんどん的な雰囲気はあんねんけど、そこがまたいいと言うか……って、何考えてんのや!
「え、綾城さん知り合いですか?」
「いや、どうだろう……現実では違うと思うが……時に君、ヴァーサスリアルはやっているか?」
「ひゃいっ!?」
ヴァスリの話が出た! いける、この話の流れやったらいける!
「あ、は、は、は、はいっ!」
「あー、はいはい。ヴァスリだと確かに知り合いって線もアリですねー。ヴァーチャルだと顔全然違ったりしますもんねー」
「私はその辺は全然弄ってないから、現実で見かけてつい話しかけようとしてしまった、ってところか? どうだ?」
「あ、えっと、えと、そ、その通りです」
「君、京都出身?」
「えっ? そ、そうです……けど?」
「
そこでお姉さんがギロリ、という擬音が炸裂しそうな形相でチャラ男を睨んだ。チャラ男は目を細くした笑顔のまま両手を口に当てて押し黙る。
「立っているのも何だ、座ってくれ」
「あ、は、はい……」
テーブルはもともと四人掛け。お姉さんはソファの座る位置を奥の方へとスライドしてスペースを開けてくれた。うちはそこに畏まりながら腰を落ち着け、物理的な距離が縮まった分うちの肩身も狭くなってまう。
「それで――繰り返すことになるが、何か用があって話しかけようとしてくれたんじゃないか?」
つっけんどんとした雰囲気はありつつも、やけどそれがお姉さんの
「……実はうち、……お姉さんに助けられたことがあって」
ごくりと唾を飲んで切り出す。二つの視線がうちを突き刺してるのが判る。
「助けたというのは……」
「ああ、ヴァスリです」
顔を見合わせるお姉さんとチャラ男。
「三日前やったと思うけど、その……」
「三日前?」
「はい。その……うち、暗殺者ギルドから抜けようと思って」
「はぁ!?」
「綾城さん、声でかいっす」
「あ、いや、済まない――ってことは君、もしかして」
「あ、はい――――ヴァスリではアイナリィ、って名前使うてます」
「アイナリィ!? 君が!?」
うちの小さな身体の隅々まで上下に見渡すお姉さん。そらそうやろう、実際プレイヤーであるうちを見たら誰もがそうなる思う――外見だけで30時間かけたんや、まぁ半分は
実際はあんなに可愛くあらへん。あないに手足も長くあらへんし、出とるとこ出てへんし、くびれもあらへんし、尻もぷりっとしてへん。いや尻に関しては自分で見えへんから知らんけども。やけど、あの世界のうちは完全な作りもんや。その本体がこないなちんちくりんや知ったら吃驚するしガッカリもするやろう。いやお姉さんはガッカリせえへんと思うけど。
「そうか……君が、アイナリィのプレイヤーか……」
「そうです。そんで、助けてもらったのにお礼が出来てへんくて、……」
「いや、礼など要らない。君を助けるために私は交換条件をあのアリデッドに突き出したからな。取引は成立している」
「そうやなくて――その、それでも、礼は言わんと。言わんと、人として何か違う思うねん」
「……君は真面目なんだな。しかし意外だよ、ああ、気を悪くしたら済まない。でもあのような外見をしているキャラクターのプレイヤーが、こういう風に情や礼を重んじるというのはなかなかに興味深いと思ってね」
「いえ……その節は、大変お世話になりました。もしお姉さんが困った時は力になりますんで、遠慮せんと何でも言って下さい。力になれるかは判らへんけど、助けてもろうた恩は必ず返しますから」
「……分かったよ。その時は必ず声をかけるし、協力してもらう」
「はいっ」
そしてうちが深く下げた頭を戻して自分の席に戻ろうと思ったその時。
「ちょっと待って」
「はい?」
向かいに座る童顔チャラ男がうちに声をかけはった。
「その権利だけどさ、どうせなら今使いたいんだけど」
「今?」
お姉さんが疑問符のついた声を出す。チャラ男は何や嘘くさい笑顔でずい、と前に詰め寄った。
その様子にお姉さんが怪訝な表情をさらに深めたんを横目で見る。
「そう――今。アイナリィちゃん、君が
「直面している問題?」
瞼が勝手にぱちくりと
そしてそのチャラ男はテーブルに乗り出した姿勢を奥に戻すと、すすすとスマホを操作しながらもう片方の手で懐を
そこから出て来たんは、何やテレビなんかで見覚えのある縦型の手帳――――えっ、嘘!? これ、警察手帳やない!?
「一応自己紹介しておくね。警視庁サイバー犯罪対策課の
心臓が高鳴った――――ばくばくと鼓動が早鐘みたいに煩くてしゃあない。
何も聞こえへん。何か言うてるみたいやけど、自分の心音が異常に煩くて何も聞こえて
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