162;家出.02(綾城ミシェル)
「――どうした?」
「いえ?」
テーブルに落ち着いた私たちは備え付けの端末で注文を済ませる。
その最中、向かいに座る私の相棒の一人が一瞬眉根を顰めたのを私は見逃さなかった。
私の言及に対して答えず、注文を終えるとスマホを弄りながら他愛の無い話題を持ちかけてくる。そんな中彼はさらさらと弄った後でスマホの画面を見せつけてくる。
「綾城さん、この画像見てくださいよ」
「どれだ?」
「これっす」
そうして見せつけられた画面には、画像など何処にも無かった。
ただ白いメモ画面に『後ろの席の子がこっちを伺っています』とだけ書かれている――そしてそこで後ろを振り向くほど私は場離れしているわけでは無い。
「そうか。これは……スコティッシュフォールドか?」
当然、さも差し出された画像を眺めて感想を漏らしている様を装う。
「違いますよー、どう見たって日本の猫じゃないっすか。綾城さん相変わらず猫のこと詳しく無いっすね」
「ははは、そうか。悪い悪い。犬ならちょっとは詳しいんだが」
スマホを引っ込めた久留米はまたも指を走らせる。「あとどれだっけなー、今の猫の画像もっとあったんですけど……」と続け、さも画像を探している風を装って。
「あ、これですこれです」
「どれどれ?」
『黒髪、長髪女子、小柄、可愛い』
「なるほど、確かに可愛いな」
流石に『可愛い』という情報はどうでも良い気がするが――しかしそれが判るということは相手はこちら側を向いて座っている、ということだろう。
となるとソファの背凭れという遮蔽の直ぐ向こう側では無く、そこからテーブルを挟んでさらに向こう側にいることになる。
どうしてこちらを伺っているのかは判らないが、しかしその距離感なら別段声量を抑えなくても問題は無いだろう。
「分かった、ありがとう、久留米」
「えー、まだ画像あるのになー」
「……そうか、なら……見ようか」
久留米がそこで終わらずにこの茶番を続けようと言うのだから、彼としては伝えたい何かがあると言うことだろう。
この久留米は頭が切れる――違うところもキレているのが玉に瑕だが――その久留米がまだ何かあるのだから、ここは待つ選択肢を採用する。
「ほらほら、これっすよ、これ」
す、と差し出されたスマホの画面に視線を落とす。そして私はそれを見た瞬間に深い皺を眉間に寄せることになる。
「これは……」
画像ではなく動画――それも、映像から察するにこの店内の防犯カメラじゃないか?
この、手前側にいて向かい合わせで話している二人組が私たちだ。そしてその上の方、画面端にいる女の子こそ、久留米が「伺っている」と言う少女だ。
「ちょっと小さくて見づらいっすよね。ズームしますんで……」
告げて久留米はスマホの画面に指を走らせる。
こちらを伺う少女の顔に焦点を定めズーミングされた映像は鮮明で、毛束から
「思ったより小さいな、いや幼いと言った方が」
「人間で言えば中高生くらいの年ですかね? ライブカメラの映像共有します?」
「いや、私はやめておくよ」
「えー、そうですかそうですか」
久留米はあの星府管理総人類データベースに不正アクセス出来た稀有なハッカーだ。現在までにそれが出来た人間は彼以外に知られていない。
無論それは、そんな馬鹿げたことは誰もしないという意味でもあり、そしてそんな馬鹿げたことを誰も出来る技術が無いということでもある。
総人類データベースは、この世界に存在する全ての人間の個人情報を集約した電子上の記録管理簿だ。
一般のインターネットには接続されておらず、だがこの世界の人間の情報が少しでも書き換わった場合には即座にその情報を取り込むのだと言われている。
特別な権限を持たされた一部の人間しかそれを閲覧することが出来ず、そしてそれを与えるのは星府と呼ばれるこの世界の管理組織――昔で言う国連みたいなものだ。
久留米はだが、まるで嘲笑うように総人類データベースに
特にその
取り調べに際し久留米は、星府の管理する総人類データベースに
。
そんな彼だから、手元にスマホしか無いという状況でもこの店舗の防犯カメラを乗っ取ることなど造作無いのだろう。だから私はいちいち吃驚しないようにしている。
そんなことよりもこの少女だ。外見からは全く誰かが予想できない。
それに、よりにもよって何故私たちなのか――本当に彼女が私たちの動向を伺っているとして、その理由や目的は何だ?
私は当然、久留米ほど現実で名や顔が知れ渡っているわけでは無い。久留米は逮捕時にすでに成人していた関係で実名と顔が報道されたため、意外と有名人なのだ。
しかし考えればこの少女は私たちよりも先にこの店に入っていた。
私たちがこの店に入ることを決めたのはこの店の前を通りがかったその
そもそも伺っている相手が私なのか、それとも久留米なのかでその何故の答えも変わってくるだろう。
そしてこれだけの考えなければならない材料の多い場面でする私の答えは――――考えない、だ。
そもそも、
私と久留米に共通する項目といえばヴァーサスリアルだし、恐らく後ろの席に座っている少女もその辺りで何かしらの情報を狙っているのだろうが、だとしたならとんだ勘違いだ。
私はヴァーサスリアルの運営会社から依頼を受けていちプレイヤーとなってはいるし、そのためにこのゲームのシステムや基本的な情報は与えられているが、未来の話は分からない。それは久留米とて同じだ。
私たちが知っている情報など、結局ゲームにのめりこめば誰にでも開かれている情報だと知ることになる。私たちはあくまで教えてもらったが、本来それは自分で見つけ出せるものだし、気が付けば仕入れている情報だったりするのだ。
そうじゃない、未来の情報――これを知ろうとするなら私たちじゃなく、この間このゲームのアンバサダーに就任した
極めつけは、久留米の存在だ。
例えば私が何かの特別な情報を持っており、それが相手に露呈されたとしても。
情報戦で久留米に勝てる奴はこの世界にきっといないだろう。久留米なら、相手が仕入れた情報が開示される前にその情報を開示してそいつの鼻っ柱を圧し折ることも出来れば、偽の情報をいくつも流してその情報の信憑性を薄れさせたり、また誰にも注目させないまま風化させたり、なんてことは出来るだろう。
無論、その情報を奪った者の個人情報は彼に筒抜けだ。私はその情報を元にその者を突き止め、追い詰め、思い知らせてやればいい――ああ、相手が悪かった、と。
だが、事実は想像よりも奇なり、だ。
「――こんにちは。何か御用ですか?」
何と、立ち上がって私たちの着いたテーブルまで歩んで対峙したその少女に、久留米がやわらかく声をかけた。
一度も染めたことの無いだろう波打つ長い黒髪は艶やかに照明を反射し、眉を隠す前髪の下で狐のように細く吊り上がった目が何かを訴えるようにこちらに視線を投じている。
目同様に、鼻も唇も顎も、顔貌の全てが細い印象。体つきだってそうだ。細く、華奢。
その小柄な少女の表情は、どこかとても追い詰められているような気がした。
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