161;家出.01(小狐塚朱雁)
「ねぇねぇ、ヴァスリの今度のレイドどうする?」
「あれ? もう決まってるんだっけ?」
「えー、お前知らないの? 公式サイトでも告知してんじゃん」
「うっわマジ?」
「スマホで見てみろよ」
「ちょっと待って……マジか! え、絶対やるわ」
「でも日程ちょっと微妙じゃない?」
「あー、バイト休めるかなぁ……」
「絶対休めって! マジ今度はランキング入り目指すから」
「だな」
通路挟んで向かいのテーブル席に座る多分大学生だと思う六人がまさかヴァスリの話しとる――それを聞きながら、うちはそこはかとない憂鬱な気分でどうしたもんかと頭抱えたい気分やった。
意識を過去に逆戻らせること、二日前――――高校卒業後の進路でまた家族とバトったんを思い出す。
『専門学校やったら確かにお前の今の成績でも十分に勉強せんと受かるかも知れへんけどな』
居間のちゃぶ台を挟んで、仰山おっかない顔したおとんがえげつない睨み利かせとる。
おかんはその横でこじんまりとしつつも、ぴっしりと伸ばした背が決して退かへん言う意気を見事に表しとるわけや。
『別に勉強しとうないから専門行くわけや無い言うんは何度も説明してるやんか。うちは真面目にデザイン系の仕事に就きたいから』
『そない上手く行くほど人生簡単なもんやない。今からでもやる気次第では十分間に合うんやから、卒業後は大学に行け』
『そもそもあんたの行ってる学校から大学に行かへん人間がどないおるねん。おらへんやないの。あんたを専門学校に行かせて人生こかすために高校行かせはったわけや無いのは解るやろ?』
ああ、思い出すだけでほんまイラつく――
『うちの人生や、何でうちに決めさせてくれへんねん!』
『そらそうやけども、こける言うんが判ってるうちは親も口出しするんは解るよな? お前がデザイン系の何や解らん学校行って、ほんでどないな仕事が出来んねんって言うてんねん』
『どないな仕事って……そらえろう凄い仕事するために専門学校行くんやないか』
『クリエイティブ舐めてるんや無いか? あんな、その辺の業界で成功するんは一握りの人間や。才能があって、それで努力も惜しまんと、それだけでも大変やのにその上コネまで必要なんや。いくら才能があっても努力を重ねてもそれだけでは上に行かれへんねん。解るか? そもそもお前にそないな才能があると俺は思わへん』
『それに関してはお母さんも同じ意見や。あんた、これまでに美術の何かの賞取ったことあるん? 無いやろ?』
『行く方向が違うからや! 別に絵ぇ描いてそれを生業にしたいんや無いねん。芸術家目指すんやったら美大の話になってるやろうが! うちが行きたいんは、』
『あかんで。お前は普通の大学行け。それでもデザインの仕事がしたいんやったらそれでもええ。大学を卒業するならええ。でも高卒の人間を取ってくれるような会社はあらへん』
『何で解ってくれへんねん!』
『解ってるつもりや――やりたい道で挫折してもうその道歩かれへん言う時にな、大卒って肩書がちゃんとした人生歩かせてくれんねん』
『もうええ!』
『待たんかい! おい!
――とまぁこんな風に、何度となく衝突を繰り返して来たんやけど。
流石にもうこの時期や。親は大学に進め進め煩いし、学校の先生かてそうや。うちが通っとる学校が普通にそこそこ値の張る私立の進学校言うんも原因の一つやな。
せやけどクラスメイトの中にかて専門学校行きたい言うてる奴はおる、おるんよ。仲が良いわけや無いからどの学校かまでは判らへんし、そいつの家庭が何て言うてるかとか、先生とはどうバトっとるんかとかも知らへんけど。
そうして部屋に引き籠って、親が観念して寝静まったのを確認して計画を実行に移した。
計画言うても、部屋に引き籠った時に思いついただけやけど。やけどそうせんといかん焦燥に駆られて、通学用のリュックサックに着替えとか旅行行く時に使うアメニティセットとか色々詰め込んで、そんでもってベッドで仮眠摂って朝方に親が起きる前に家を出た。
家出、言うことやな。
別に行く宛てがあるわけや無いし、どこに行けばいいかも判らへんかったけど――気が付けば京都駅から新幹線に乗って東京まで来ていた。
中学ん時の修学旅行で来たことがあるから、そん時の要領で秋葉原までは出れた。秋葉原まで来れればハンプティ=ダンプティ置いてるネットカフェはごまんとある。
家ではハンプティ=ダンプティは書斎にあって家族共用で使ってる――いっちゃん多く使うんはうちやけど――から、流石に家族会議ほっぽり出してログインも出来へんかったし、とにかく現実から逃げていち早くヴァスリの世界にログインしたかった。
やけどちょうどそのタイミングで発表された二度目のレイドイベント――ネットカフェも平日の朝方やのにまさかの満席。
駅周辺を歩き回って何件も
勿論、ネットカフェは何も秋葉原にだけあるわけやない。ただ、ハンプティ=ダンプティ付きの個室があるネットカフェは流石に限られる。全個室完備な店舗なんて日本に十件無いかも知らへん――あっても東京都内やろうけど。
メッセージのやりとりだけならスマホから出来るアプリはあるからセヴンちゃんやとかアリデッドお兄様とは連絡は取れる。でも冒険は、レイドイベントに向けたレベリングはアプリからは出来へん、ログインせなあかん。そしてログインするためにはハンプティ=ダンプティが絶対に必要なんや。
「あー……ほんま腹立つ……何でどこもいっぱいやねん、仕事しろやリーマン……」
テーブルに突っ伏しながら愚痴ったところで何も変わらん。それに思い付きで飛び出して来た以上、どっかに落ち着かんと警察に捕まるかも知らんし……いや、流石に地元じゃあるまいし東京の警察が一介の女子高生を探して回るとか考えられへんけど。
そんなことを考えながらドリンクバーのお代わりを貰って来ようと席を立った時――
「いらっしゃいませー、二名様でよろしいですか?」
「はい、二名です」
「では奥の空いてるお席をご利用ください」
「ありがとうございます」
「ありがとうございまーす」
すれ違った男女のカップル――いや、カップルかどうかは判らへん。
男の方はやや童顔で甘い顔しとるけどチャラそうな雰囲気があるし、それに対して女の方はひんやりとした硬さが見て取れた。どっちかって言うたらカップル違うやろ、知らんけど。
でもひとつ確実なんは――――女の方、髪暗いけどミカさんやない???
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