158;進展と震天.02(姫七夕)

 ぼくの胸中のどぎまぎを意に介さないまま、くろPさんの進行で打ち合わせはずんずんと進んでいきます。


 ヴァスリことヴァーサスリアルは、リリースから一ヶ月が経ち物凄いイベントが始まりました――勿論、二千四百万香港ドルもの大金リアルマネーが支払われるシリーズクエストです。

 全世界中から怒涛の新規プレイヤーが参加する中、運営は更なる新規プレイヤーの加入を目指して、この度大々的なCMを制作し放映するのだそうです。

 加えて、プレイヤーに寄り添う半運営的なポジションに位置する“アンバサダー”を設定し、リアルイベントも充実させたいのだとか。


 そして日本を中心とする東アジアのアンバサダーに抜擢されたのが、なんとこのぼくなのです――自分でもどうしてこうなった感が強くって、未だに実感が湧いておりません。

 尚、北欧地域のアンバサダーは引き続き【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】の四人が務めるとのことですが、ぶっちゃけ言うと北欧地域だけじゃなくてあの四人は全世界を相手にアンバサダーを務められる魅力と能力とを兼ね備えています。

 というか寧ろ、北欧地域に限定したアンバサダーにしてしまうのは勿体ないのではないかと思うのですが……


「ではここで、新たに各地区のアンバサダーに就任します面々から一言ずつ頂きたいと思います。それでは先ず、東アジア地区の七夕ちゃん」


 わわわっ、呼ばれちゃいました!

 慌てて立ち上がったぼくは、どぎまぎするままに取り敢えず頭をぺこりと下げました。

 このまま顔を上げたくない衝動には駆られていますが、意を決して上げた顔でぼくを注目するいくつもの視線をひとつずつ受け止め、コスプレイヤーとして培った営業スマイルをここぞとばかりに披露します。


「ご紹介に預かりました七夕ちゃんです。日本を中心に活動するいちコスプレイヤーに過ぎないぼくに、この素晴らしく名誉ある大役をいただき、心の底から感謝と感動が溢れてしまっています。本当にありがとうございます」


 一応、アンバサダーの話をいただいた際にこの打ち合わせがあることも聞いていましたから、こういう挨拶はあるだろうなと夜な夜な準備はしていました。おかげで自分で考えた言葉はつっかえることなくすらすらと紡げていますが……


「ヴァーサスリアルは十年前の初リリース時からプレイさせていただいていました。今のぼくがあるのはヴァーサスリアルがあったからと言っても過言ではありません。アンバサダーとして、ぼくのようにヴァーサスリアルに嵌っていただけるプレイヤーが増えるように、尽力したいと思います! どうぞよろしくお願いします!」


 ちょっと、力み過ぎている感は否めません――それに気付いたところでもうどうしようも無いんですが。

 締め括りに再度頭を下げると、周囲からはぱちぱちぱちと拍手の音が聞こえました。緊張の頂点ピークを迎えたのか、ぼくはそこで漸く顔が真っ赤に逆上のぼせてしまい、あわあわと席につきました。


「七夕ちゃん、ありがとうございました! 続きまして――」


 肩をポンと叩かれ隣を振り向くと、アイザックさんがぐっと親指を持ち上げています。

 営業スマイルとは違う、心の底からの安堵の笑みが溢れた気がしました。


「最後は、北欧地区のアンバサダーを務める【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】からこの二人にコメントをいただきたいと思います。イサーク、エカチェリーナ、お願いします!」


 くろPから紹介され、立ち上がった隣の二人。

 ぼく同様に今回から新たにアンバサダーに就任した他の方々とは違い、リリース当時からアンバサダーを務める彼らは経ち振る舞いも堂々としています。


「【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】のイサーク・スジェンコフだ」

「同じく、エカチェリーナ・アリーニナよ」


 自らの名を告げてにこりと笑んだ二人に、それだけでぼくや他の方たちへのそれとは桁違いの拍手が降り注ぎます。

 でもそれはアイザックさんが制止のために右手をすっと上げるとぴたりと止みました。何だろう、顔はそこまででも無いのですが、その仕草は単純にかっこいいと思ってしまいます。


「先ず、この場に俺たち二人しかいないことについて詫びたいと思う」

「ユーリもアナスタシアも、本当はスケジュール取れてたんだけど……ちょっと家族の野暮用が入っちゃって。ごめんなさい」

「さて、本題に移ろう――何を隠そう、ここにいる新規アンバサダーの面々は俺たち【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスべート】が選出・進言をさせてもらった」


 どよめきが生まれます。

 ええっと、何となくぼくはそうじゃないかなと思ってはいたんですが……まさか他の面々もそうだとは思っていませんでした。


「ここにいる新規アンバサダーは皆、ヴァーサスリアル初のビッグバトル――レイドクエスト〔邪竜人、討伐すべし〕にプレイヤーキャラクターとして参加した実績を持つ面々だ」

「つまり私たちと同じ戦場であの厳しい戦いを共に経験した仲間ってこと」


 そう告げられ、ぼくたちは皆が皆、顔を見合わせました。


「ヴァーサスリアルの運営から馬鹿みたいな通達が出てるのは知っての通りだ。あれだけの大金、チームで分け合っても一人当たりは馬鹿にならない」

「その始まりは何と言ってもあのレイドクエスト。だから私たちは今回、新規アンバサダーを選出するにあたってあのレイドクエストを共に戦ってくれた皆から選びたいって考えたのよ」

「そう――つまりはこれからもあれに匹敵するデカいボス戦を、何度も何度も同じ戦場で戦える仲間こそ相応しいんじゃないか、ってな」


 そのタイミングで、ぼくと同じ新規アンバサダー席に座っていた黒肌の女の子が手をびしっと上げました。

 アイザックさんがにこりと微笑んで「どうぞ」と指差します。


「ありがとうございます」


 礼を告げながら立ち上がったのは、アフリカ地区担当のアコスアちゃんです。ぼくよりも二つ下ながら、西アフリカのサブカル業界では知らない人のいない、ゲームの先駆者なんだとか。


「アンバサダーのお話を頂いた時に細かなスケジュールの話をされましたが……つまりレイドクエストの発生タイミングはもう決まっているんですか?」


 再びどよどよと周囲が騒めき始めます。

 アイザックさんは一度くろPさんに視線を投じ、頷きを確認した後で再びアコスアちゃんに向き直ります。


「ある程度は、とだけ言っておく。ただ、君たちももしかしたら知っているかもしれないけれど……本来、レイドクエストはもっと先のタイミング――それこそ第一世代のPCたちがもっと成長してから発生する筈だったんだ」


 騒めきが大きくなりました。ですがこれ、ぼくは知っていました。いえ、何となく、ってだけなんですけど。


「あるPCの取った行動が引鉄になり、それがレイドクエストを引き起こしてしまったんだ。後からくろPに聞いたけど、そもそも〔邪竜人、討伐すべし〕は順番からして最初に起こるレイドクエストですら無かったって話だ」


 ははは、と笑い飛ばすアイザックさん。


「つまり――このゲームはPCの行動が大きくシナリオを左右するRPGだと言ってもいい。だから運営側はある程度シリーズクエストの発生タイミングを決めてはいるけれど、それに関わらず全く予期しないタイミングで次のレイドクエストが始まっちまうことだってある」

「しかも、順番も運営が用意した順番とも限らない――事実、〔邪竜人、討伐すべし〕の邪竜人グルンヴルドは当時の私たちにしてみたら攻略できたのが不思議なくらいの強さレベルだった」


 そこに割って入ったくろPが「急遽エルフの友軍の強さや数、与えるダメージを調整するのが大変でした」とお茶を濁しました。


「あまり参考にならない答えで申し訳ないが、」

「いえ、そこまで聞かせていただいてありがとうございます」


 アコスアちゃんはにこりと笑って席に着きました。

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