157;脱会と奪回.08/進展と震天.01(須磨静山/姫七夕)

 いや、危ねぇ危ねぇ――久し振り過ぎて忘れていたけど、こいつ、そう言えばこんな変な喋り方する奴なんだった。

 七月六日の大型メンテナンス時に面食らったのを思い出す。あの時はジュライを巡って本域のシリアスモードだったからそこまで腰抜かさなかったけど。


 ――って、横を見てオレは寧ろ愕然とした。


 ダルクはまだいい。吃驚してるっちゃしてるけど、むしろダルク自身が属性で言えば向こう側だ。

 だけどあのミカが地に片膝を着いて片手で頭抱えている。何だろう……いたたまれない、が正しいのかな? この場合。


「大丈夫ぽよか?」


 ぽよ。


「頭痛は筐体内のプレイヤーの身体に異変が起きてる可能性も含むぬん」


 ぬん。


「何かあってからじゃ遅いすふぁ」


 すふぁ。


「大事を取ってログアウトした方がいいと思うっぽろんちょ」


 ぽろんちょ。


「――ぐ、ぅ……」


 あ、ダメだ――もう地面に両手着いた。そりゃあ、そうしたくなる気持ちも解らなくないけどさ。


「ロアちゅわぁん♪ 随分と敵にお塩贈ってくれちゃってるようだけどぉん……実際のところ、ミカちゃんに早くこの場からいなくなってほしいって焦りにも聞こえるわよぉん♡」


 ミカに比べ、驚いたものの(精神的)ダメージのほぼ無いダルクが煽る言葉を差し向ける。しかしロアの顔は――半分しか見えないものの――ひどく涼やかで、細めた目で笑んで躱す言葉を返して来る。


「いようがいまいが関係ないぴょん。三人揃っていようが全快状態だろうが、剰えあーし一人だろうが――どのみち、お前らなんか相手にならないぬん」

「言うじゃねぇか」

「――わざわざ安い挑発に乗るんじゃない」


 オレの蟀谷こめかみがびきりとキたのとほぼ同時に、立ち上がったミカが落ち着き払った態度でオレを制止する。


「……頭痛はもうぽよか?」

「おかげさまで現在進行形で激痛だよ。だからお言葉に甘えて退散させてもらう」

「英断だぬん」


 眉間に皺を寄せて睨み付けるミカとは対照的に、せせら笑う表情が見て取れるロア。


「じゃあなっぽろんちょ」


 そして踵を返し、横たわる黒ギャルを軽く両腕で持ち上げると、周囲の取り巻き達と共に〈転移の護符テレポート・アミュレット〉で消えて行く――きっと、拠点クランに戻ったんだろう。


「……修行の邪魔をして悪かったな」


 それを見送り、開けた森にオレたちしかいなくなったのを確認してミカが溜息混じりにそう告げた。

 オレとダルクはそう言えばそうだったと顔を見合わせながら互いに笑み合う。

 そしてオレは、重苦しい顔で項垂れ気味のミカの前に踊り出て、拳を突き出した。


「なぁに言ってんだよ――だろうが」


 ロアの語尾ほどでは無いが面食らった顔のミカは、再度大きくわざとらしい――それでいてすっきりとするような――溜息を吐いた後で、オレの突き出した右拳に自らの右拳をこつりと当てた。


 そしてオレとダルクは元居たダーラカ王国の修錬場に舞い戻るのだが、その場所でダルクから、正式にオレが【正義の鉄槌マレウス】の討伐対象から外れたことを聞く。

 やはりオレは、ゲームプレイ中に死亡した稀有な事例であり、ジュライやロアたちのようにプレイより前に死んでいた“死んでる勢”では無いから、ということらしい。

 実際、この裁定は今日よりも前に出ていたらしいのだが、それをミカの奴が差し止めていたんだとか――その理由はオレにもダルクにも判らないが、おそらくオレがジュライと繋がりのある奴だったから、あたりだろう。


 ただ、こうしてオレはもう二度と【正義の鉄槌マレウス】から狙われることは無くなった。システムの犬もあの夜を最後にもう襲い掛かって来なくなったし……これは、完全に色んなことから解放されたって考えていいのか?


「スーマンちゃんのこと、仲間として認めたってことでいいんじゃないかしらぁん♪」

「つってもオレ、そっちのクランの手伝いとかは出来ないけど?」

「いいのよぉん――【七刀ナナツガタナ】とやり合う時に共闘してくれればぁん♡」


 ジュライを取り戻す――その目的に、恐らく【七刀ナナツガタナ】は立ちはだかるんだろう。

 言わばオレたち【七月七日ジュライ・セヴンス(仮)】と【正義の鉄槌マレウス】は利害が一致する。

 相手のリーダーはこのゲームのトップランカーであるロア。

 あの黒ギャルみたいにえげつない能力を持っている奴もまだいるかもしれない――こっちはこっちで白ギャルアイナリィがいるけども。


 さぁて――せかせか悪事働いてた頃よりめちゃくちゃ面白くなりそうじゃん!


「よっしゃ、修行再開すっか!」




   ◆




「おはようございますっ!」


 電脳遊戯没入筐体HUMPTY-DUMPTYからGREETに入り、送られてきた招待インバイトコードを入力してぼくはそのROOMに入りました。

 すでにスタッフの方々は入室していて、ぼくが挨拶をするとにこやかな笑みと挨拶を返して来ます。


「おはようございます。七夕たなばたちゃん、ですよね?」

「はいっ! よろしくお願いしますっ!」


 七夕ちゃん――それはぼくの、コスプレイヤーとして活動する際の名前です。レイヤーネームと言いますか。

 迎え入れられたROOMは十数人が一度に会議できる程の広さを持っています。内装もシックで落ち着いていて、それでいてサイバーパンクチックな遊び心も携えています。


「じゃあ七夕ちゃん、ここに座って」

「はいっ、ありがとうございますっ!」


 ぼくを迎え入れてくれたスタッフさんは恐らく今回の企画のディレクターさんでしょうか――黒いチノパンにヴァスリのオリジナルTシャツ――胸にあのロゴがデザインされているやつです。ああ、リアルに欲しい……――を着ています。

 GREETでの頭像アバターは基本的に自由ですが、今回みたいな会議やお仕事の場では余程のことが無い限り、皆さんご自身の姿をこの電子空間に投影します。ぼくもその例に漏れず、打合せ仕様の落ち着いた服装で赴きました。最後の最後までヴァスリの頭像アバターで来るか迷ったんですが、一応、念の為。


 部屋の中央に八角形に並んだ長机には、続々とこの会議に参加する面々が投影されていきます。

 ぼくのようにこの部屋の入口――ROOMにノックして入る方はいません。

 と言うのもぼくは“お呼ばれ”された“新参者”であり、そしてここにいる方々はこの会議室にもう何度も出入りしている“常連さん”なのです。


 そう――ヴァーサスリアルのCMプロジェクト、ここはその会議室なのです。


「Oh,七夕ちゃん!」


 右手の方から声が上がり、呼ばれたぼくはどきりとしながらそちらへ向き直ります。


「アイザ――イサークさん!」


 あ、あ、あ、危ない。こういう場ではプレイヤーネームが基本デフォルトで、キャラクターネームでの呼称はNGというのをついつい忘れてしまいそうになります――なのでアイザックさんもといイサークさんもぼくのことを“セヴン”じゃなく“七夕ちゃん”と呼ぶのです。

 でも仕方が無いのです、何せぼくはイサークさんであるアイザックさん――この呼び方はかなり混乱しそうですが……――とセヴンではないぼく自身として絡むのは勿論初めてですし……寧ろ、こんなに有名な方と同じお仕事が出来ると言うか、こんなに有名な方にまさかお仕事に誘っていただけるとか思ってもいませんでしたから。


 そんなイサークさんはぼくの緊張を見透かしているのか、くしゃりとした笑みを湛えながら「アイザックって呼んでくれてもいいんだぜ?」だなんて言ってくれます。


「それから、えっと……」

「エカチェリーナよ。よろしくね、七夕ちゃん」

「は、はい、よろしくお願いしますっ」


 アイザックさん、のプレイヤーであるイサークさんの奥隣に座る、リアナさん、のプレイヤーであるエカチェリーナさん。

 ニコさん(のプレイヤーであるユーリさん)やターシャさん(のプレイヤーであるアナスタシアさん)は不在です。それでも知っている人が二人もいるおかげで、緊張は未だに解けませんが幾許いくばくかの安堵感もぼくの中に拡がっていきます。


「さて、では定刻となりましたので始めさせて頂きます。ヴァスリ運営の“くろP”こと黒川です、よろしくお願い致します」


 く、く、く、くろPさん!?

 え、え、え、くろPさんってあの、くろPさんですか!?


 ぼくを迎え入れてくれたヴァスリTシャツの方こそ、YouTubeのヴァスリ公式生放送でちょくちょく登場するあのくろPさんでした!

 ああ、生放送では黒い面付きの兜で頭を覆い隠している姿が常でしたから、ぼくもそのお顔を拝見したことは確かに無かったですが……まさか、このお方だったとは……っ!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る