159;進展と震天.03(姫七夕)

「――――ということで、ちょっと繋がりづらくなる日が出て来ると思います」


 ぼくがそう告げると、スクリーンチャット画面の向こう側でロケット弾頭のような形状フォルムの緑色のお顔が俄かに嘆息しました。


『まぁ、しょうがないな。でもチィシィくらいこのゲームを楽しんでくれている奴がアンバサダーになってくれるってんだから願ったり叶ったりだよ』


 打合せの休憩時間にこうしてゲーム外からゲーム内の仲間と遣り取り出来るのも、この打合せ自体もまたGREETを介した電子上のものだからです。

 特にヴァスリは、ゲーム内の頭像アバターをゲームに限らず他のアプリなんかでも使用できるように情報が開示的オープンで、シーンさんもぼくを初めてGREETのルームに招待してくれた時にはヴァスリの頭像アバターを使っていました。

 それだけじゃなく、他社の製品のシステムをログインした状態のまま弄れる、という逆方向の共有性もあるんです。おかげでぼくはログインした状態のまま、今後開かれるアンバサダーの打合せやミーティングに顔を出すことも出来ますし――流石にゲーム内の行動は縛られてしまいますけど――レポートなんかをヴァスリ内で仕上げて提出することも出来ちゃうんです。


 半世紀前は並行というか同時進行なら出来ましたが、ここまで徹底した技術の革新は末恐ろしいとさえ思います。そのうち、生活の拠点がヴァスリに移っちゃわないか心配で――



◆]警告。

  現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆



 ――え?


『どうした?』

「いえ――あの、……警告アラートが……」

警告アラート!?』


 そう言えば――あの日の緊急メンテナンス以降、こんな風に警告アラートが突如として飛び出てくることは全くありませんでした。

 あの警告アラートはきっと、ジュライ――ううん、ナツキ君の過去を知ること・思い出すことに対するものだと思っていたんですけど……でも今ぼくは、特にナツキ君のことを考えてはいませんでした。つまりこの警告アラートはあの警告アラートとは別物だ、ってことです。


 ――じゃあ、何に対する??


『ちょっと待て。チィシィは今ログインしていないんだよな?』

「はい、そうです」

『ってことは……初めてのGREETの時と同じか』


 初めてのGREET――――ぼくがシーンさんに招かれて赴いた、あのジャングルみたいなルームでの出来事。

 確かあの時も、シーンさんがナツキ君の過去を言い当てようとしてどうしてだか警告アラートが出現したんです。


『ちなみにチィシィ。警告アラートのことは運営はどう言ってるんだ?』

「いえ、何も……」


 ぼくも流石にそこには突っ込みづらく、特に言及も追及もしていません。

 それに、数あるネット上のどの情報を漁っても、あの警告アラートについての情報は出てこないんです。シーンさんはそれを『出回らないように運営側に制御されている』だなんて言っていました。


 ですが本当に、あの緊急メンテナンス以降警告アラートは出て来ていなかったんです。

 だからぼくも、システムが改善されたんだと思っていたんですが……


警告アラートを仕向ける対象が変わったのかも知れないな』

「対象?」


 スクリーンチャット画面の向こう側でイグアナ頭が顎に手を当てて顰めた表情を見せています。


『ああ――ちなみに運営は“死んでる勢”のことは何か言っていたか?』

「それなら……亡くなった方に似せた頭像アバターを創り上げて冒険しているプレイヤーが“死んでる勢”としてゲームを楽しんでいる、という説明はありました」


 かなりリアルに頭像アバターを弄れる分、肖像権の侵害として訴えられることはありますが、そうでも無い限りそういった“死んでる勢”を運営の立場から制御することはしない、という声明文も公式ホームページで出ていました。勿論、悪質なゲームプレイが見られる場合には取り締まるのだそうですが。


『なるほど――あくまで“死んでる勢”は実際の死者では無く生きているプレイヤーのやっていることだ、ってことだな。で、運営側としてはそれだけではそいつらのゲームプレイを止めることは無い』

「そういうことです」


 ヴァスリのプレイヤーキャラクターは本当に様々な容姿をしています。

 ぼくみたいに本当の自分を全然弄らない方もいればシーンさんのアリデッドみたく全く別の種族であるかのようにする方もいますし、過去の偉人を完璧に再現した方も勿論います――ぼくが見たことあるのはナポレオンと諸葛孔明の二人だけですが。


 だから、故人の姿を頭像アバターに使用すること自体は悪ではありません。ただし勿論“肖像権”というものがありますから、侵害だと申請があれば侵害しない範囲で頭像アバターの変更を行わなければならず、ですから芸能事務所なんかは躍起になって監視している、とか聞いたことがあります。

 逆に宣伝になるという効果もあって、寧ろ自分の姿を使用して欲しいと頭像情報アバターデータを公開している方もいます。また、全くその人を知らない方が創り上げた頭像アバターが実在する誰かに酷似していると裁判になったことも他ゲームではありました――ヴァスリではまだ無いようですが。


いずれにせよ、“死んでる勢”と呼ばれている存在がいるということは既に知れ渡った。運営――いや、はもうそれを想起することに対しては警告アラートを出さなくなったんじゃないか?』


 シーンさんが蜥蜴特有の広い眉間に強烈に皺を寄せて言い放ちます。これにはぼくも「うーん」と唸ってしまいます。

 ですが、そう考えると確かに辻褄は合うんです。“死んでる勢”の噂がネット上に急速に広まったのはあの緊急メンテナンスの前後だったみたいですから。


「なら、今は何に対して警告アラートを出しているんでしょうか……?」

『そこだな――もしかすると、それが判明して大方のプレイヤーが疑問を抱き始めた時、また緊急メンテナンスがあるかも知れないな』


 もしそうなったとしたら――完全に、運営は何かを隠しているということです。

 “死んでる勢”のように、またどうにかしてそれを隠し通そうとするのでしょうか。何となく、それを嫌だなぁと思うぼくがいます。


 純粋に――ただ楽しみたい。ぼくは、ただそれだけなのです。


「七夕ちゃーん! 二部始めるよー!」

「あ、はい! すみません、打合せ始まっちゃいます」

『おう。じゃあまた』

「はい!」


 スクチャを打ち切り、呼ばれた会議室へと駆けます。GREET上、電子上とは言え、ヴァスリのように実際に身体を動かす感覚があり、走れば息が切れ、ちゃんと疲れます。

 本当にぼくたちの生活の基盤は、もしかするともうこの電子の世界に――――



◆]警告。

  現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆

◆]プレイヤーロストの恐れがあります[◆


◆]プレイヤーの思考領域から

     特定の行動意思を抹消します[◆


◆]……コマンド承認[◆

◆]……コマンド実行完了[◆


◆]プレイヤーの思考領域から

     特定の行動意思の抹消を確認[◆

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