154;脱会と奪回.05(須磨静山/綾城ミシェル)

 全く――ロードマップ通りに蛟霊の武を進めてて良かったぜ。


「らぁっ!」

「貴様、何故毒が効かないっ!?」


 暗殺者って言うくらいだ、刃に毒を塗ってるのは普通だよな。

 だが残念――オレが修める蛟霊の武は毒を体内に溜め込む武。


「こちとらクソ不味い毒虫飯を毎日食ってんだ、粗方の毒はもう効かねぇよ!」


 修錬の最初に得たパッシブスキル《蟲毒満躰チョンドゥーマンティ》――おかげで毒に分類される効果をオレは全て無効化することが出来る。

 そしてアクションスキル《纏毒蛾鱗チャンドゥーエーリン》は毒蛾の鱗粉を身体の周囲に纏い、接近戦で交戦する相手の露出した皮膚に毒による炎症を及ぼすスキルだ。

 ダメージを与える目的ではなく、その効果は“痒みが止まらなくなる”という、無力化を主眼に置いたスキル。近くにいるなら敵味方関係ないってのが玉に瑕だけど、こういった乱戦じゃ効果は抜群だ。


ァ――――ッ!!」


 オレとは対照的に、ダルクは部位破壊による無力化で暗殺者を次々と屠って行く。無力化って言うか、首の骨圧し折ってぶっ殺してる、って言った方が正しいな。

 相手がいくら馬鹿げた数値の生命力HPを持っていようが、頸椎ぶっ壊されて生きてるのはもう人間じゃない。そして暗殺者は魔物じゃなくて人間だ。


 ただ、オレが同じことをしようとしても無理だろうな――恐らくダルクは能力値ステータスで言う“強靭ボディ”に全振りしてるくらいの成長指針なんだろう。

 このゲーム、レベルアップ時の能力値ステータス成長は自分で選べないけれど、完全なランダムじゃなく何に重きを置いて行動しているかとか、直近での生活スタイルとかに大きく左右される。

 だからダルクは筋トレとか、そういった“強靭ボディ”が伸びるような行為を多くしていたんだろう。にしても見事としか言いようのない体捌きは現実リアルから持ち込んだトリックに分類される能力だと思う。


 確か、現実リアルでの職業は闘技者ファイターって言ってたっけ。元々はプロレスラーだったとも聞いた。

 同じダーラカ王国秘伝の武を修めるに当たって、ダルクとは色んな場所で行動を同じくすることが増えたから交流も深まった。オレはまだあいつらの組織である【正義の鉄槌マレウス】の標的から完全に外れてはいないらしいけど、でもそうなる可能性が高いってことでダルクはもうオレに襲い掛かることも無くなったし。ああ、別の意味で襲われそうで怖いけどな?


 そのダルクが修める竜の武――ダーラカ王国最高峰の秘伝の武は、とかく与えるダメージを高め、またそのダメージを防御力を殆ど無視する魔術ダメージに変えるってものだ。

 修錬の進み具合はオレ同様にまだ二段階目――ランクで言えばE――のダルクはまだそこまでには至って無いものの、前提となるランクFの武で強靭ボディが強化され、ランクEで修得したアクションスキルがそこそこ凶悪だ。


「――《霤穿石リウチュアンシー》」


 連続してダメージを与えれば与えるほど、続けて命中ヒットした攻撃の威力・与えるダメージが上昇していくスキル。

 竜の武ってのは、とにかく相手に刻むダメージの多寡を増強する武だ。

 そりゃあ、一番人気なのも頷ける。


「羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅羅ァァァイ!!」


 ダルクの怒涛の連撃ラッシュが大柄な暗殺者の胸を激しく殴りつける。反撃や回避行動、そもそも防御すらその暇の無い、密度というより濃度と言った方が正しい気すらする拳の壁。

 いや、あの男も殴り飛ばされないようにどうにか踏ん張り、無尽蔵の生命力HPで耐えながら両腕で掻き分けるようにしてダルクの拳の軌道を変えようとしているんだ。一度それが通ってしまえば、ダルクの体は大きく――そうなれば攻勢は逆転するから。

 でも、ダルクの連撃は派手なばかりじゃなく精巧でもあった。あいつ、そうしようと伸びてきた腕すら殴りつけて無力化させてんの。打つ手無しってああいうことを言うんだな、味方ながらヤバすぎる。って言うか、あの夜はそんな相手によく勝利を収められたもんだ。


「ぐ――――っ!?」

「え?」


 でも、突然暗殺者が盛大に苦しみ始めた。

 そして今まで踏ん張っていたのが、耐えていたのが嘘だったみたいにダルクの強烈なボディブローを鳩尾に喰らうと、ぼんとその場で浮かび上がって、そして逆腕のストレートを顎に喰らって身を捩りながら吹き飛んでいった。

 一度跳ねて地面に転がった暗殺者は、起き上がってこなかった。何度痛烈に打ち付けようと、何度だって立ち上がってきたのに――これって、もしかして……?


生命力HP共有シェアが解けたのかしらん?」


 ダルクも顔を顰めているが、どちらにせよ今ので暗殺者は最後。

 だからオレたちは、事の真相を確かめるためにも二人揃って奥の交戦の模様に目を向ける――ミカと、刺青女の烈しい攻防を。




   ◆




「《魔を排す弾丸ディスペルバレット》!」


 本来は命中させた対象に施された魔術による補助効果なんかを解消するこのスキルだが、訓練すれば相手が繰り出した魔術そのものを撃ち抜いて無効化することも出来る。

 案の定、刺青黒ギャルは呪印魔術を近接距離で繰り出して来る戦闘スタイル――私の〈ブレイズブレイド〉は小銃の形そのままの重さがある。だがその取り回しの悪さを補うのが銃剣術だ。

 真っ向からただ突っ込んで来るだけの者を私は猛者などとは呼ばないっ!


「きゃっ!?」


 呪術士ソーサラー系に限らず、呪印魔術シンボルマギアを主軸に戦う者の多くは作成した呪符の束を纏めて身に付けている。

 斬ったり破ったりならまだしも、銃弾で撃ち抜いた程度では呪符は刻まれた術の効力を失わない――だが私の《魔を排す弾丸ディスペルバレット》なら話は別だ。

 このスキルならば呪符をただの紙切れにしてしまえるのだ。


「何してくれてんの!」


 激昂した黒ギャルはしかしそのまま向かって来る。籠手のような術具と思わしき装具を纏った拳を振り上げ、派手なモーションで叩き付けて来る。

 それを銃形態ブレイズモードの愛器で受け止めた私だったが、反撃のために剣形態ブレイドモード変形シフトさせようとして手元の違和感に気付き歯噛みした。


 ――成程、この黒ギャルはダルクと同じだ。よくよく考えてみればバグがあるとは言え生命力HPの高さを誇っているのだ、先にその結論に至らなかった私が間抜けだった。

 この黒ギャル、強靭ボディに傾倒した能力値ステータスだ。今しがた受けた一撃で、機構の一部が破損したのだろう、変形シフト出来なくなってしまっている。


 このゲーム、生命力HPはキャラクターの強靭ボディ情動エモートの値によって決まる。


 能力値ステータスをよく見てみれば判る話だが、生命力HP強靭ボディ情動エモートとの単純な掛け算を基本の値としている。そこにスキルや装備などの補正が加算されるわけだ。

 また、魔力MP理知クレバー情動エモートとの掛け算になっている。だから情動エモートの値が高い奴は自ずと生命力HP魔力MPのどちらも高くなりがち、ということになる。


 私たちはこのゲームの開発者たちに雇われた際に、開発者権限を譲渡され、またこのゲームの基本的な裏側の仕組みについてを教え込まれた。

 だから私はなるべく偏り過ぎないように調整を施しているし、逆にダルクは強靭ボディが高くなるようにゲーム内の日々の生活や戦闘行動に気を配っている。


 アルマキナ帝国の修練を攻略クリアして手に入れたこの“魔動機”である私の愛器、〈ブレイズブレイド〉をパンチ一撃で故障させるなんて、強靭ボディに全振りしているのだ。そうとなれば自然と生命力HPも高くなる――バグがあろうと、元の値が高い方が増徴の度合いも増えるからな。


「ちぇっ、ぶっ壊れなかったなぁ~……でもガギャンって変な音したけど大丈夫ぅ? それ、もう壊れて撃てなくなったんじゃないのぉ?」

「ああ――おまけに変形機構もおしゃかになったせいで剣形態ブレイドモードに転じることさえ出来ないみたいだな」


 正直に話す私の言葉に、黒ギャルは驚いたように目を丸くし、しかし口許は悪魔のように下卑た笑みを湛えている。


「うっわぁ☆ かっわいそぉ♪ じゃあもうバトれないね? あたしの勝ちだねぇ!」

「はっ――武器一つ壊した程度でか?」


 しかし余裕を捨てない私の態度にきょとんと間抜けな表情を見せる黒ギャル。


「え、だってそれぇ――」

「ああ、この武器は私の固有兵装ユニークウェポンで、かつ魔動機だ」

「なら――」

「ああそうだ。戦闘中にも破損した武器や消耗した防具なんかを修復出来るスキルは存在するが、だ――アルマで得られるスキルに魔動機を修復出来るスキルは無い。壊れた魔動機は特定の場所で専用の人間に見てもらうことでしか直せないな」


 苦し紛れの笑みじゃないと判ってもらえたことは、私の表情を見た黒ギャルの困惑模様で手に取るように察した。

 何も嘘は吐いていない――そしてそれは、恐らくその仕組みを知っているのだろう黒ギャルが何も言及して来ないことからも真実だ。


「御生憎様――それでも私は戦いをやめないし、お前に勝つつもりでいるぞ?」

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