155;脱会と奪回.06(綾城ミシェル)

 ふふ、何を言っているか判ってないのだろう――だが事実だ。

 私の唯一の武器であり愛器である〈ブレイズブレイド〉は壊れた。剣形態ブレイドモードでそうなったのならまだ戦いようはあるが、銃形態ブレイズモードで壊れたのだ。砲身も恐らく多少なりとも曲がっただろう、この状態で弾丸を撃ち出しなどしたら暴発して私に被害が降りかねない。


 だが、そんなことは些末事だ。

 壊れてしまったら基本的に戦闘中には修復できない魔動機を、そうだと知って尚選んだのは――最初から、こういった事態は想定済みだったからだ。


 そう――アルマで得られるスキルの中に、魔動機を修復できるスキルは無い。

 無論、スキルはアルマの他にも武器や防具、装飾品を装備することでそれを装備している間だけ一時的に得られるものもあるし、魔術の効果で得られるものもある。

 だがやはり、それらのスキルの中にも魔動機を修復できるスキルなど無いのだ。


 しかし、それは即ち我が愛器をこの戦闘中に二度と使用出来ない、ということにはならない。


「おばさん……とち狂ったぁ?」


 薄ら笑いを浮かべる私を嘲笑する黒ギャル――しかし不安というか、不可思議なものを目の当たりにしたことによる困惑は今も尚解消されていない。いや寧ろ、深まっているとさえ言えるだろう。


 残念ながら、正気の沙汰と手を繋いだまま戦場は渡り歩けない。私は今とち狂ったんじゃない、もうとっくにとち狂っている。

 視線で黒ギャルを牽制しながら、私は己の内側に意識を傾けた。

 バラバラと落ちていく私は、奥底で佇む私自身と邂逅する――戦場に魅入られ狂気に見初められた、戦闘狂としての私。本能を剥き出しにした、本来の姿である私。


「――《原型解放レネゲイドフォーム》」


 びくり、と黒ギャルが輪郭を跳ねさせた。途端に身構え、表情や態度、体勢からが消える。


 私自身を解き放った私の身体の周囲には、半ば透き通った八本の私の愛器が浮かび上がり衛星のように旋回し始める。

 半透明の〈ブレイズブレイド〉たちは色彩を失った銀色線の線分フレームで構成されており、実体など無い。

 そしてそれを視認した黒ギャルは漸くそこで合点が行ったのか、「ああ」などとぼやきながら首を大きく縦に揺らした。


「――錬剣レピドのアニマ、かぁ」

「御明察」


 半透明の愛器の影のひとつが、私の手の内の愛器に重なり、そして仄かに光を放った――胴部に打撃痕のついた〈ブレイズブレイド〉は鍛え立てのように真っ新な姿へと変じ、そして私は素早く機構を作動させて剣形態ブレイズモードへと変形シフトさせる。


 私に宿る錬剣レピドのアニマ――その《原型解放レネゲイドフォーム》の効果とは、あらゆる武器・防具・装飾品の消耗・損傷・破損を一瞬で完全に修復する、というものだ。

 キャラクターメイキングが完了した直後には一日に一回までしか適用できない効果だが、レベルが10上がる毎にその限度数は1ずつ上昇する。

 現在75レベルである私は、一日に最大で八回まで装備品を完全に修復できるのだ――そしてそれは、魔動機であっても、また隷剣であっても可能だ。


「ずっこいなぁ、流石は年の功ってヤツ?」


 足元から立ち昇る金色の気流を纏いながら七つに減った愛器の影を周囲に旋回させる私に、黒ギャルは顰めっ面で挑発を投げかける。


「悔しいならお前もやればいい――最も、お前の場合は解放フォームじゃなくて変異シフトなんだろうが」


 寧ろそうしてくれた方が、私としてはプレイヤーロストを引き起こして完全に抹消させることが出来るから助かるのだが……しかし黒ギャルは私の誘いに乗ってくれたようだ。


「いいよ、じゃあ見せてあげるねぇっ! あたしの、すっごくカッコイイ姿ぁ!!」


 そして浮上ポップアップする《原型変異レネゲイドシフト》の文字列――同時に、ほんの一瞬だけ周囲の暗殺者たちへと伸びる絹色の弦が映った。

 しかしそれは映るや否やぶつりと断ち切れ、たちまちに暗殺者たちが苦しみ出す。


「お前――」

「あ~あ、折角手を貸してあげたって言うのに使えないんだもん☆ あたし一人の方が、何倍も何十倍も何百倍も凄いんだからねぇっ!?」


 ばぎり――額が割れ裂け、血を纏った赤濁の角が天へと伸びていく。それは木のように枝分かれし、鹿の雄々しい双角の様相となった。

 足元から立ち昇る翡翠色の気流を取り込んだ暗褐色の肌、そこに刻まれた紋様は蠢き出し、翡翠色の光とともに夥しい程のマナを蒸気のように噴き出している。


王冠ステマのアニマか」


 魔術使いマジックユーザーならば取得しておきたいのが王冠ステマのアニマ。

 《原型解放レネゲイドフォーム》の時点で大きく魔術性能が上昇するのがこのアニマだが、それが《原型変異レネゲイドシフト》となるとどう跳ねるのか……この身で試したいものでは無いな。


 しかし――こいつら死人達は、《原型変異レネゲイドシフト》中に撃破されればプレイヤーロストにより抹消されるというのに……余程自信があるのか、それともその事実を知らないのか。


 どちらにしたって私のやることに変わりは無い。死人は死人であるべきだ。


「――ちなみに、お前の名前は?」

「名前?」

「私は名乗ったぞ? それとも、名乗れないほど無様な名前なのか?」


 びぎり、という音を幻聴した。

 見れば暗褐色の肌に爛々と輝く蛍のような光を点す双眸が、膨大な質量の殺意を宿して私を睨み付けていた。


「教えねぇよ」

「――!」


 大きく、そして深く踏み込みながら低い体勢で突出する黒ギャル。

 王冠ステマのアニマは、《原型解放レネゲイドフォーム》することで魔術性能も上がるが敏捷性も上がる。

 変異シフトは基本的に解放フォームの上位互換だ。リスクも増える分、上昇の度合いもかなり増徴されるらしい。


「らぁっ!!」


 鮮烈なアッパーカットが繰り出される。しかしそれをバックステップで躱した私は、そうしながら再び銃形態ブレイズモード変形シフトした〈ブレイズブレイド〉で銃弾を放つ。


「がぁっ!」


 ガラ空きとなった右の脇腹に吸い込まれた銃弾は血を迸らせると同時に黒ギャルの獣じみた悲鳴を呼ぶ。

 アルマキナ帝国の修練の報酬である魔動機は、改造することで自分の思うような性能を再現することがほぼほぼ可能だ。

 私は現実の銃と全く異なるこの世界の銃を、現実の銃とほぼ同じ威力にまで高める改造を施している。重量を増し、装弾数を切り捨て、取り回しの悪さと引き換えに育て上げたのがこの〈ブレイズブレイド〉だ。おかげで、急所に入れば容易に息の根を止められるほどの威力と重装防具であってもその防御力をほぼほぼ無視できる貫通力をこの愛器は有する。


 その銃弾をまともに喰らい、しかし黒ギャルは猛進を止めない。

 痛みはあるのだろう、だが有り余って仕方の無いバグった生命力HPが、彼女の足を止めさせないのだ。


 ならば、そうせざるを得ない状況に追い込むまで――錬剣レピドの解放効果は何も傷つき破損した装備の修復だけじゃない。


「《白雷の矢ライトニングボルト》!」


 先程私が放った《魔を排す銃弾ディスペルバレット》に貫かれていない腰の左側の呪符束から取り出した呪符を棄却して繰り出された白い稲妻を、再び銃形態ブレイズモード変形シフトさせた〈ブレイズブレイド〉が放つ新たな《魔を排す銃弾ディスペルバレット》で霧散させる。

 それと同時に私は、影薄くして私の周囲を旋回する愛器の影のひとつを、傷ついていない〈ブレイズブレイド〉に重ねた。


 突出しながら怪訝に顔を曇らせる黒ギャル――この効果はレベル75で手に入れた新たなものだ。私自身、適用させるのも初めてだから少しワクワクする。


「お前には実験台になってもらう」

「はぁ!? おばさんの癖に調子乗ってんじゃねぇ!!」


 振り被られた拳は空気を割いて私に肉薄する。

 その一撃も、呪印魔術シンボルマギアで相当に強化された一撃だ。迸る殺気が実寸よりもそれを強大に見せているあたり、ここまでの交戦の最中に隠れて重ね掛けして来たんだろう。


 だが私の放つ《魔を排す銃弾ディスペルバレット》は、貫いた対象に施されたあらゆる魔術を全て解き放つ――無論、込められた魔力が大きければ大きいほど解除は難しくなるが、錬剣レピドの解放効果はこういった力にも有効だ。

 ばりばりと紫電を散らして消え去って行く魔術効果たち――ありえない、とでも言うような黒ギャルの茫然とした表情。


 そして届いた拳を、先程と同じように銃の胴体で受け止め、即座に愛器の影を滑り込ませる。

 ひとつは修復のため――こいつの拳は尋常じゃない。魔術効果バフが無かったとしても魔動機をぶち壊すだけの威力があるから驚きだ。普通の武器なら折れているんだろう。

 そして残りの影の全てを、攻撃力の増強のために注ぎ込む。

 剣形態ブレイドモードで激しく斬り付け、薙ぎ払い、斬り上げ、突き刺し、そして最後に銃形態ブレイズモードに形態を変え。


「《全弾解放フルショット》!!」

「ぎゃあああああっっっ!!」


 ああ、そうそう――言い忘れていたが、修復の際には装弾数も最大まで込めてくれるんだ。便利だろ?

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