153;脱会と奪回.04(綾城ミシェル)

「さて――ミカとは二回目だけど、ダルクとは共闘すんのは初めてだな」

「お手柔らかにねぇん♡」


 アリデッドとアイナリィが護符アミュレットの効果で離脱した。〈転移の護符テレポート・アミュレット〉はパーティメンバーやフレンドのいる場所に転移するだけで無く、所属先に帰ることも選択できる。今頃は【砂海の人魚亭】でジーナも吃驚しているだろうな。


「初手は《スクリーム》飛ばすけど――《シャウト》の方がいい?」

「アタシは《シャウト》の方がありがたいわぁん♡」

「そうだな。敵の数は多い、支援バフはある分助かる」

「オッケー。後は合わせって感じ?」

「君は自由にやってくれて構わん。ダルク、お前もだ」

「あらぁん、いいのぉん? ミカちゃんは?」

「私も自由に動くさ。ただ――あの刺青女のマッチアップは任せて欲しい」


 二人が私と同じ目線を前方へと投げる――迫り来る暗殺集団の一番奥に位置する、奇妙な恰好の女。アリデッドは彼女があのアイナリィと同じバグを有していると言った。ただし、魔力MPでは無く生命力HPの。


「《命の盟約シェアリング・ヒットポイント》――呪印魔術シンボルマギアでもそこそこのランクの魔術だ。最低でもレベルは80を下回らない」

「成程ね、第三次テルティアまでは行ってるわけね」

「ちなみにスーマン、君のレベルは?」

「63だけど?」

「ええん!? 悔しい悔しい悔しい~ん! アタシまだ61よぉん!?」

「ちなみに私は75だ」

「え、そんな強くてあの時あんなザマだったの?」

「口に気を付けろ――まだ君は、我々【正義の鉄槌マレウス】の標的から完全に外れたわけじゃないことを忘れるな」

「うっわ最悪――でもまぁ、それならあのボスっぽい奴は任せるわ」

「レベルが全てじゃ無いけどぉ……でもアタシも賛成よぉん♡」


 話が纏まったところで、遂に暗殺者ギルド【森の翁】の構成員たちが交戦距離に突入した。


「っしゃあ!」

「愉しみましょう♡」

「行くぞ!」


 私たちも三者三様の号を放って駆け出す。


「うをををををををををををををををを!!」


 宣言通り、初手はスーマンの《シャウト》。しかし敵もそこそこ歴のある暗殺者だ、全員が[恐怖]を抵抗レジストしたが、逆に私たちには[勇敢]が付与される。


「早速行くわよぉん! ――《原型解放エンジェリックスターンス》ッッッ!」


 ダルクよ――ゲームと言えど世の中広し、だがその掛け声で解放するのはお前だけだ。


「からのぉ、シャイニング・ウィザードぉっっっ!」


 広げた双翼で地上すれすれを滑空し、十分に加速をつけた所で思い切り大地を蹴って跳び上がり様の強烈な膝の一撃――ガブリエルのレスリングスタイルはメキシコのルチャ・リブレが原点になっている。あの体躯ながら身軽に四方八方を跳び回っての空中殺法は驚嘆に値する。

 言い放った技はスキルでは無く、また現実リアルに存在するプロレス技とも多少の違いはあるものの――本来あれは片膝立ちになった相手の膝を踏み台として駆け上がりながら膝蹴りをかます技だからだ――その威力は流石は無法の地下闘技場の闘技者ファイターだ。


 ごしゃあ――躱し切れずにダルクの膝をモロに喰らった構成員の一人は、その顔面の長さが半分にでもなってしまったかのようだ。ぱきぱきと割れ欠け折れた歯が血とともに撒き散らされ、生命力HPへのダメージの多寡では無く顎の損傷により構成員の一人が絶命する。


「来いやぁぁぁあああああ!」


 対してスーマンは《原型変異レネゲイドシフト》は温存するつもりどころか、真骨頂である《バーサーク》すらも使わない姿勢だ。だがしかし、恐らく修錬で手に入れたのであろう新しいスキルを既に


「げひょっ」

「ぐぼぁっ」


 頭上に浮上ポップアップした文字列は――《纏毒蛾鱗チャンドゥーエーリン》、全く聞いたことの無いスキル名だ。

 ただスーマンの身体の周囲に薄くキラキラと光る粒子のようなものが旋回しており、恐らくあれがそのスキルの効果なのだろうと予測できる。


 奇妙な太刀筋を見せる双剣は躱しづらく、軽装の暗殺者たちの皮膚や筋繊維をいとも容易く斬り裂いて行く。しかしその攻撃を受けてもせせら笑う暗殺者たち――突如、その表情が一変する。


「痒いっ!」

「何だ、痒い、痒い、痒いぃぃぃいいいっ!?」


 戦闘中のアドレナリンが過剰分泌されている状態であっても効くほどの毒――近接戦闘時、あの鱗粉に接触して抵抗レジストし切れなかった者の皮膚に幾つもの疱疹を湧き上がらせ、戦闘を継続できなくなるほどの痒みを発生させる――考えただけでも怖ろしい……相手に同情してしまいそうだ。


「いくら生命力HPが高かろうと、無力化しちまえば意味無ぇよな?」


 ダルクは真っ直ぐ正攻法で攻略し、それに対してスーマンは真っ向から勝負しない搦め手でそれを攻略する――末怖ろしいな。やはり、標的のリストに入っている今のうちに始末するべきか。


 ――いや。今後【七刀ナナツガタナ】とやり合う時に、彼らは重要な戦力となる。ならばその時までは共闘という繋がり方を継続するのが得策だ。

 雌雄を決さなければいけなくなる時はいずれ来る――ジュライ、いや七月ナツキ。君と刃を交える時、彼らはどうするんだろうな。はは、愚問か。


 構わない。


 彼らがその時にどれほどの強敵として立ち塞がろうと――私はその上を行けばいいだけだ。

 現実リアルでどれほどの死線を潜り抜けてきたと思っている――どれだけの死と、隣り合わせに生きてきたと。

 それが私の自負。


「破ァ――――ッ!!」

「おらぁぁぁあああああっ!!」


 ダルクもスーマンも、善戦以上の奮戦を見せつけてくれている。ならば自負を持つ私が、矜持に生きる私が不甲斐ない姿は見せられない。


「やぁ――待たせたな」

「……」


 顔に四角の縁取りを描く女は、暗殺者たちを無視して目の前に現れた私を一瞥すると破顔し――気持ち悪い表情のまま、身体を覆っていた暗褐色のマントを剥ぎ取った。


「――【七刀ナナツガタナ】か」

「いししっ、釣れた釣れたぁっ♪」


 顕わとなった姿――あのアイナリィに比肩する程の露出具合に、全身に施されたトライバルじみた刺青タトゥーの紋様。

 何を意匠としているのか全く理解できないうねりの中に、しかし唯一理解できる“切”の一文字。


「ロアちゃんが言ってた通りだっ! 暗殺者ギルドを通じて冒険者狩りしてたら【正義の鉄槌マレウス】とか言う中二病まっしぐらな連中釣れるって言ってたけど、本当だったぁ!」

「中二病――はっ、否定はせんさ」


 深くスリットの入ったフレアスカートから覗く脚にもまた、あのトライバルタトゥーがびっしりと埋め尽くされている。

 ただしアイナリィとは違い、何と言うか――これは所謂、だ。アイナリィは輝くような白い肌をしていたが、こっちは焼け焦げた様な黒い肌に碧白の刺青タトゥーを施している。長く伸ばした銀髪もまた、毛先に行くに従って碧くグラデーションを描いている。なお、舌先は割れたりなどしていない。


「おばさん、」

「おばさん?」

「だっておばさんでしょ? どう見たって二十代後半、行って三十じゃん?」

「そういう君は?」

「あたし? もちの十代、眩しいくらいの十七歳だけどぉ?」

「……このゲームのレーティングは知っているか? 18歳未満はプレイ不可なんだが?」

「はぁー?」


 とは言っても、そもそも死者である【七刀ナナツガタナ】の連中にその理屈は通じない。通じたところで退いてくれるわけでも無し――どの道、交戦する以外に無いのだ。


「ってか話遮るなしぃ――おばさんは、【正義の鉄槌マレウス】のどの辺の人ぉ?」

「どの辺とは?」

「ランク、ランクぅ♪ 幹部クラスぅ? それとも底辺モブぅ?」

「はははっ――私はミカ、【正義の鉄槌マレウス】の管理者クランリーダーを務めているよ」

「わお――――大当たりじゃんっ!」


 言い放ちながら黒ギャルが跳び上がる――全身に施された刺青タトゥーが仄白く明らむ。

 両手にじゃらじゃらと着けたアーマーリング――魔術具だ。ならば魔術使いマジックユーザーなのは明白。

 きっとバグで嵩増しされた生命力HPに物を言わせ、接近距離で呪印魔術シンボルマギアを叩き込むタイプか――或いは、ダルクのように格闘の心得があるか。


 どちらでも構わない――接近戦は私も望むところだ!

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