152;脱会と奪回.03(小狐塚朱雁)
「シグナスちゃん、〈ライフポーション〉はもうええから、〈マナポーション〉くれへん?」
お兄様は鬼気迫る、とか、八面六臂の、っていう表現が相応しい戦いっぷりで二十人の暗殺者集団を相手に一歩も引かへん抗戦を見せとる。
暗殺者はあのスーマンみたいに毒を塗布した刃を持つ
やけど立体的な動きはお兄様の真骨頂。推進系スキルや突撃系スキルを駆使して躱しながらカウンター気味にがんがん払い退けていく。
でもうちが足枷になってるんは明白や――何せお兄様はうちまで敵が届かんように足止めしながら戦っとる。いつもの縦横無尽に駆け巡る機動が影もあらへん。
お兄様は、仲間なんやから迷惑なんてかけたったらええって言うてくれたけど……でもやっぱりうちは、出来る限り迷惑なんかかけたくない。自分のせいで他人が苦労したり傷ついたりなんて言うんはほんま勘弁なんや。
自分のことは何でも自分でやるべきで、やから自分で撒いたこのクソみたいな種は自分の手で収穫せなあかん。
お兄様はうちのために奮戦してくれとる。うちがここで何もせんとただ木ぃに凭れてのんびりしてるわけにはいかへん。
お兄様が諦めず戦ってくれとるんなら、その間はうちも戦うべきや。
そんでもって、もうどうにもでけへんとこまで追い詰められたら――――そん時は、綺麗さっぱりアイナリィをやめる。
理想の顔付き、理想の
憂鬱な現実を忘れられる、唯一の希望やった。運命みたいに出逢えた、お兄様のことも。
でもその果てにクソみたいな奴らに犯され続けるんやったら要らへん。
他人に、しかもお兄様に迷惑かけてまで続けとう無い。やからいっそ捨てたるわ。
「よっしゃ――二割くらいは回復したやろ」
シグナスとコンから取り出した〈マナポーション〉はもう在庫すっからかんや。
そもそも
まぁ、愚痴っててもしゃーない。いつか東京行ったら運営会社凸ってかましたるわ。あ、その前に意見箱に投書やな。根気よく投げ続けてたら採用されるかも知らへんし。
「行くで!」
うちは立ち上が――ろうとして、涸れたみたいに力の入らん自分の手足にぎょうさん吃驚した。あかん、
「うう……でも、関係あらへん、関係あらへんで!」
「アイナリィ!?」
「やられっぱなしで泣き寝入りするキャラちゃうぞ!」
せやかて
「いいぜぇ……跳ねっ返りっぷりがやっぱ堪んねぇよ、お前!」
「臭い口開けんな、ダボォ!」
やっぱりうちには後先考えんと特大のをぶっ放すんが性に合っとる――そこで残りの
「Stop!!」
「――っ!」
お兄様が、うちを止めた。
「アイナリィ、動けるんだったら逃げろ。《
……それがあかんねん。身体は動かすんが精一杯で、とても全速力で走れへん。それに、実はさっき
「――頼むから逃げてくれ。俺の我儘には、もうお前は必要なんだよ」
どちゃくそ嬉しいこと言うやん……ここに来てのツンデレとか、泥沼るやないか。
でも、うちは精一杯首を横に振る。
「死んだってええねん。せやったら、もうアイナリィはやめるから」
「ふざけんなっ!」
入れ替わり立ち替わり殺到するマイスたちの攻撃をいなしながら、お兄様は怒号を放つ。
「これ以上お兄様に迷惑かけるくらいやったらこんな理想要らへんねん! 止めへんといてや! 京女の意地があんねん!」
「ごちゃごちゃ煩ぇ! さっさと死にやがれ!」
「「煩いのはオタクだ/お前や!!」」
お兄様が渾身の同時連撃――《クロスグレイヴ》と《エレメンタルスピア》――を放つのと時を同じくして、うちもまた水属性の
蒼白い輝きを撒き散らしながら盛大に水飛沫を上げて襲い掛かる津波のような波濤――それは着弾のタイミングが合致したことによる“
「――あかん、ほんまにこれで撃ち止めや……」
息は荒く、もう立っていられるだけの力も無い。
でも地面に横になりたくてしょーもない身体を、隣からがしりとお兄様が受け止めてくれた。
「よし、今のうちに逃げるぞ」
「でもうち抱えたままやったら遅くなるよ?」
「馬鹿か。俺がそんな理由でお前を置いて行く奴だと思ってるのか?」
「思うてへんから言うんやんか」
「余裕が無いから担いでいくぞ。お姫様抱っこじゃなくて悪いな」
「何でもええよ……ってか、その言い回しやったらいつかしてくれるん?」
額にぐっと皺を寄せるお兄様の視線が、じろりとうちを射貫く。
「――アリデッド!」
そこに、あの金髪銃剣士が現れた――あの筋肉髭達磨と、それからスーマンも一緒に。
「お前、何やってたんだよ!?」
「済まない、どういうわけか権限が機能しなかった。仲間と合流したお前の位置が割り出せなかったんだ」
「済まないで済むかよ、こっちは仲間を失うところだったんだ!」
「本当に済まない……」
「もう、そんなに怒らないでよぉん♡ アタシからもこの通り、ねぇん?」
「っつぅか、何でお前たちも一緒にいるんだ?」
遠く起き上がり始めた敵の影を視認しながら、スーマンが答える。
「開発者権限、だっけ? それが機能しないからって、こいつが来たのがダルクのところ……っていうか、オレを探してたらしい」
「スーマンを?」
「ああ――君の仲間を直ぐに見つけられるとしたら、彼しかいなかった。何せダルクと同じく修錬中、近くにいればと願って跳んだが、幸い直ぐ近くにいてくれていた」
「ちょっとした手合わせしてたんだよ。NPC相手じゃほら、なかなか修錬の成果掴みにくくてさ……で? この後はとんずら? それともぶっこみ?」
スーマンは既に腰の鞘から双剣を抜いて構えとる。でも刀身は普通の銀色や、毒が塗られてへん。
立ち上がった影は再びこちらを目指して駆け出す。えらい遠くに流されたから戻って来るんに時間は多少かかるやろうけど……
「いや、撤退する」
「とんずらね」
「ああ――目的はもう達成できた。また襲い掛かって来ることは考えられるが、今はアイナリィの保護が最優先だ」
「なら、これを使え」
言うて
「遅れた詫びだ、撤退までの足止めは私たちが引き受けよう」
「本当にごめんねぇん♡」
「……じゃあこれで手打ちだな」
そしてお兄様が
「いや、オレはいいよ」
スーマンがまた変なことを言い出しはった。
「オレもミカやダルクと一緒に残る。正直、自分が今どれくらい強くなったのか、ちゃんとした実戦で確かめておきたいしさ。それに――」
「それに?」
「仲間をここまでボコボコにされて、黙ってるってのはもう仲間じゃ無ぇだろ」
何や、皆して――そないにうちのこと泣かしたいんか、阿呆……
「……気を付けろよ、相手はアイナリィと同じバグ持ちだ――それも、
「え、マジ? いや、まぁ――うん、なら逆にオレとは相性いいかもな」
「調子に乗んなよ、スーマン」
「ちょっとは乗らせろよ。パーティの最高レベル様だぞ?」
そしてうちとお兄様は、遅れてやってきた三人にこの場を頼みこんで離脱した。
一時はアイナリィを諦めるかも知れへん思うたけど――――やっぱりこのゲームは神過ぎる。現実では何一つ手に入らんかった全てが、ここにはある。
絆が、あると思わせてくれる。
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