151;脱会と奪回.02(シーン・クロード)

「アイナリィ!」

「……お兄様?」


 空間を跳び越えて現れた俺の顔を見た途端、傷だらけの泣き腫らした顔が綻んだ。

 どうして、という疑問がぶわりと湧いた――アイナリィにはバグがある。豊富すぎるにも程のある魔力MPを注ぎ込んだ彼女の障壁スキルを貫いてダメージを与えられる攻撃など何処にあるのだろうか。


「堪忍や、修練の邪魔してもうた」

「馬鹿か……とにかく、傷の手当を」


 使い魔シグナスに命じて〈ライフポーション〉を取り出そうとしたその時だった。

 ざわざわと草木が揺れる音が来訪者の存在を俺に報せる――十中八九、アイナリィをここまで追い詰めた奴だろう。そしてその予感は正解だった。


「おいおい、リザードマンが俺たちの獲物をまさか横取りかぁ? はっ、噂に違わねぇ意地汚さだなぁ、おい!」

「……オタクらか? 俺の仲間を痛めつけてくれたのは」


 にやりと破顔する輩共――先頭に立つ大柄な男の後ろには、二十人ほどの軽装の集団が似たような表情で迫って来る。

 だが俺の目はその一番奥に控える、全く違う表情と恰好をした一人の人物を捉えた。


 軽装と言うよりは魔装――奇妙な文様がびっしりと刺繍された暗褐色のフード付きマントに身を包む、得体の知れない女だ。被ったフードのせいで顔は陰ってはいるが、ジュライと共にいたあの仮面男Maskmanとは違い表情は露出されている。

 そしてその顔貌にこそ、目を引く違和感が存在する――だ。


 額から両目と両頬、そして鼻筋を貫く四角の帯。それだけじゃなく、両頬にはぐにゃりとしたトライバルじみた紋様が描かれている。

 海を思わせるような碧白のグラデーションのそれは、恐らく刺青Tattooだ。そして俺は、それに酷似した刺青Tattooを知っている――アイナリィのものだ。


 似てはいるが形や配置が違う。そもそもアイナリィは顔には刺青Tattooを入れていない。

 恐らくあのマントの下に隠された皮膚上にも同様の紋様が刻まれているのだろう。そしてその刺青Tattooは、アイナリィ同様に何かしらのバグを招いているのだとしたら――無敵の筈のアイナリィがここまで追い詰められるのも頷ける。


 ――って言うか、ミカは何処行ったんだよ!? もう現着しててもいい頃だろうが!?


「如何にも、アイナリィを傷つけたのは俺たちだが……で? それがどうしたんだ? 何ならこれからキズモノにした上で色々と楽しませてもらおうと思っているが? ん?」

「Don't cheese me.」

「あ? 怒らせるなだぁ? ぶち切れたいのはこっちだよ、クソ野郎! こちとら絶賛お預け喰らってる最中なんだ、殴り足りねぇ、嬲り足りねぇんだよ!」

「……Shut up.」

「黙っていられるかよ! のこのこ出てきやがってクソが! 傷ついた仲間を助けに出て来たんだろ? 残念だったな! お前の目と頭が正常なら今どういう状況かは判るよな!? 大人しくすっこんでろよ!」

「…………Enough.」


 もういい、もう十分だ。もう聞きたくなければ見たくもない。

 ああ、こいつらがNPCで良かった――奥の刺青女TattooLadyはPCなんだろうが。

 使い魔シグナスを肩から下ろし、アイナリィのすぐ傍で〈ライフポーション〉を次々と取り出す役割を言いつける。


「お兄、様……?」

「お前はここにいろ。安静にしてろよ、その様子だと傷が癒えても直ぐには満足に動けないだろ」

「え、ちょっ」

「……時代にそぐわない話になるが、俺はな、祖父母から女性は大切に扱えって教わって育って来たんだよ」


 にへらと嗤う暗殺者集団が互いに顔を見合わせ吹き出す。


「落とし前をつけさせてもらう――An eye to an eye.」

「くかかっ、馬鹿が! これだけの数を相手にどうにか出来るつもりでいるのか!? それに俺たちには無敵の力がある! 決して尽きない生命力HPだ! 俺たち全員に、無敵の加護が降りてるんだよ!」

「成程、チートか。……だからどうした」

「見た目通りの爬虫類脳かよぉ! お前は俺たちに勝てっこない、逆にボコられておじゃんだってことだぜぇ!」


 吼え、そこで暗殺者集団が一斉に飛び出して来た。

 俺は未だ木に背を預けるアイナリィの傍から歩み出ると、携えていた〈ノーザンクロス〉を振り回して構えを取る。穂先を先頭の大柄男に突き付けながら、頭の中で強く管理者権限の行使を嘆願する――顕現の行使はスキル同様に、発言じゃなくとも頭の中で強く念じるだけでもいい。

 だが駄目だ。ジュライが暴走したあの夜のように、どういうわけだかうんともすんとも言わない――やはり、ここぞと言う時に頼るべきものじゃないんだな、よく判ったよ。


「がぁぁぁあああああ!」


 ギリギリまで引き付け、薙ぎ払われた湾曲刀カットラスをかち上げるように石突を振り上げた。

 その回転を殺さないように素早く持ち手を変えて穂先を薙ぎ払う――眼前には清廉な十字の軌跡。


「――《クロスグレイヴ》!!」


 属性のビーム砲が軍勢を飲み込んで波濤する――直前に施した《原型解放RenegadeForm》による魔術ダメージの属性変更は、同時に行使した《エレメントスピア》とのダメージ発生タイミングの合致により砲撃のダメージを全て“絶命の一撃フェイタル”へと昇華させた。

 管理者権限が封じられてしまっている以上、俺に出来るチートと言えばこれくらい――いやこれ、ちゃんとしたであってチートじゃ無いんだが――それでも、きっと俺は負けるのだろう。


「へへ、何かしたかぁ?」


 吹き飛んで転がった土に立ち上がった暗殺者たちは何とも平気な顔をしている。先程言っていた無限の生命力HPがうんぬんかんぬんの真実味が帯びてきた。

 “絶命の一撃フェイタル”は“致命の一撃クリティカル”の上位――“致命の一撃クリティカル”が単純に倍になるのに対し、“絶命の一撃フェイタル”はさらにその倍のダメージ量となる。しかも、二つのダメージを足し合わせた上で、だ。

 だから単純な計算では八から十倍になるわけだが、そのダメージ量だと相手みたいなNPCの敵の場合、その一撃だけで落ちることも多々ある。

 先陣を切って襲い掛かって来たあの大柄な男は見た目にもタフそうだが、そうじゃない手合いも多い中、全員が平気な顔しているというのは傍目にも異常だ。


 恐らく、あの刺青女TattooLadyがその謎の答えなんだろう――単純に考えれば、アイナリィ同様にバグが発生し、だがアイナリィとは違ってその対象は生命力HPになっている。

 ああ、成程――確か呪印魔術シンボルマギアには呪印を貼り付けた仲間全体で生命力HPを共有する、なんていう魔術があるんだっけか? でもそれなら辻褄は合う。


 アイナリィに発生しているバグにより、能力値ステータス画面でははっきりとは確認できないものの、あいつの魔力MPは五桁というヤバい数値になっている。同じレベル帯なら普通は三桁、つまり少なくとも百倍になっているわけだ。

 もしもそれ同様に、あの刺青女TattooLady生命力HPが百倍に膨れ上がっていて、尚且つこの二十人と共有されていたなら――――ああ、見えた。


「ふふ、ふふふ……」

「どうした? 恐怖のあまりおかしくなっちまったか?」

「いや――戦士が笑う時ってのは、時に限るだろう?」

「は? いやお前、マジでおかしくなっちまったのかよ……」

「馬鹿が。おかしくなったなんてとんでも無い、そう思うなら試してみろよ。俺はお前らをぶっ潰す――命は捨てたと思え」


 さて――予想が外れてないことを祈るだけだ!

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