148;正義の鉄槌.02(綾城ミシェル)

「あともう一つ」

「もう一つ?」

「【七刀ナナツガタナ】クランリーダーのロア、彼女の素性が判明しましたよ」

「――っ!!」


 ヴァーサスリアルというこのゲームの全PCの中で最もレベルの高い冒険者であり、また所謂“死んでる勢”たちが加盟する【七刀ナナツガタナ】のクランリーダーでもあるロア。

 彼女に関して言えば、クランリーダーを務めていることから加盟者と同じく“死んでる勢”だろうと言う予測しか出来ていなかった。

 “死んでる勢”の中には過去殺人事件等を犯した犯罪者もおり、そして“死んでる勢”はアバターを弄っていない。つまり事件の記録に収まっている顔写真で判るのだ。だがロアはそこからは探せなかった。


「四年前のリヨン一家心中事件、その被害者である鷺田サギタ愛濾アロ……その生前の容姿と現在のロアの容姿の一部が一致――恐らく確定でいいんじゃないかと」

「リヨン一家心中事件?」

「あれ? 知りません?」

「リヨンって……フランスだよな? 確か、ノートルダム大聖堂のある」

「そのノートルダム大聖堂のど真ん中で起きた心中事件ですよ」

「はぁ!?」


 ルメリオは足元からシステムスクリーンとその手前に光線で輪郭の構成されたホログラムキーボードを引き出すと、カタカタと十指を走らせながら画面上に様々な情報を表示させていき、そしてその一部は私の眼前に強制的に出現したスクリーンにも投影された。


 リヨン一家心中事件――四年前のクリスマス当日に行われた、リヨンに住まうフランス人の五人家族とそこに留学生としてホームステイしていた日本人一人が引き起こした心中事件。

 クリスマスミサの最中にその六人がいきなり倒れ、直ちに救急搬送されたが搬送中に全員の死亡が確認された。

 死因が毒物を服用したことによるものであったことから、現地警察は自殺、一家総出の心中と考え、ホームステイの日本人はそれに巻き込まれたものとして片付けられた。


 その日本人こそが、ロアの中身プレイヤーであろうとされる鷺田愛濾だと言うのだ。


「事件の被害者ならこれだけ当然ですよねー」

「……本当に、被害者なのか?」

「え?」


 ルメリオが投影してくれた数々の事件の記事を眺めるが、どれも事件の経緯は夫婦間および親子間のすれ違いが重なった故のものであり、毒物そのものは母親がインターネットで購入したもの、その履歴も残っていると。

 ただただ鷺田愛濾は巻き込まれた、同情すべき被害者であると書かれている。


「この事件、より深く洗えるか?」

「嫌だなぁー、僕ちゃんももっとこの世界を楽しみたいんですけどー?」

「出来ればこの一家の不仲についてと、それに時間的・場所的な周辺の事件について。特に不明瞭なものと、もの」

「えっとー? 僕ちゃんの意思は完全無視ですかねー? 人使い粗くないですかー?」


 理由、動機、経緯、証拠――全てが。これでは七月の事件と同じじゃないか。

 鷺田愛濾は本当に被害者なのか? ただの被害者が何故この世界のトッププレイヤーとして君臨している? 何故死者達のクランを纏め上げるに至った?


 ひずみ――ひずみが透けて見えるようだ。


「ルメリオ――一日あれば行けるか?」

「無理言わないで下さいよ。四年前ですよ? 昨日今日の出来事じゃないんです、三日下さい」

「三日で行けるのか……流石だな」


 ルメリオ――プレイヤー名、久留米クルメ理央リオ。歳は私の二つ下で25歳。星府管理の総人類データベースに不正アクセス出来た程の凄腕インターネットハッカーであり、三年前にそれが原因で収監されたが司法取引によって現在は警視庁のサイバー犯罪対策課に所属、またセキュリティエンジニアとして様々な機関の助言役にも就任している。

 私と髭達磨ダルクと共に【正義の鉄槌マレウス】発足のメンバーであり、私が知る限り彼を超える諜報員はいない。


「だって一日は24時間あるんですよ? 三日なら72時間じゃないですか」

「三倍の速度で動けば一日で行けるんじゃないか?」

「馬鹿言わないで下さいよ、赤くなれって言うんですか?」

「はは、とにかく頼んだよ」

「あいあいさー」


 くるりと踵を返して退室する背中を見送った後で、再び私は彼が投影してくれた事件の記事に目を落とす。やはり何度読んでも気持ちが悪い……全てが揃い過ぎていて、これでは却って怪しんでくれと言っているようなものだ。

 七月の時もそうだった。あれだけ事件の最中には何も無かったのに、彼が自首してからは色んなものがぽんぽんと出て来たのだ。首を捻らない方がおかしい。


 ぴろん――新たな煙草に火を点けたところでメッセージの通知。差出人を見てみれば、先日【砂海の人魚亭】に赴いた先にいた蜥蜴男アリデッド――ノアの弟だ。

 開いて見れば――どうやら人魚亭から帰る直前に送り付けたメッセージへの催促。ちょうどいい……ノアのことも話さなければならなかったし、今一度彼らと接触コンタクトすることにしよう。


 雇い主からはスーマンの件についての返答は来ていないが、今ならそれを交渉材料にすることも出来る。ニコには貸しがあるし、レベルが足りないのだから戦力は多いに限る。


「エクレア、メッセージの送信を頼むよ」

「ワンッ!」


 足元で伏せていた使い魔ファミリアのエクレア――黒い毛並みの軍用犬ドーベルマンが立ち上がりひとつ吠えた。

 直後、ぽわんと言う送信完了の通知音が鳴り響き、仕事を終えたぞとでも言うようにもうひとつ吠える。


「……そう言えばお前と七月は仲が良かったよな」

「ワンッ!」


 追憶が再来する――かつて飼っていた、このエクレアと同じ名前、殆ど同じ容姿を持つ黒い犬。

 叔母が飼っていた母犬が身籠り、あの子が生まれて来る瞬間に立ち会うことが出来た。

 そこには七月もいて、真っ黒に生まれたあの子を見た彼が呟いた、「エクレアみたい」という言葉を聞いて、私はあの子にエクレアという名前を付けたんだ。

 母親がアレルギーのために飼えない七月に代わり、エクレアは私の家の飼い犬となった。

 でも本当に飼いたかったのは七月だったんだろう。あいつはよくエクレアの散歩に付き合ってくれたし、私が長らく不在にする時には家に来てよく可愛がり、面倒を見てくれていた。

 エクレアも七月のことは好きだったと思う。結構厳しく躾はしたけれど、あいつに会う度尻尾をぶんぶんと振っていたし。


 ……このエクレアはどうだろうか。あの夜は顔を合わせることなく私が死に戻ってしまったからな。いや、私が会わせたくなかったんだろう。使い魔ファミリアだと言うのに戦場に連れて行かなかったのはきっとそういう理由だ。

 だから今後も会わせることは無いのだろう――これから屠らなければいけない相手を、エクレアが好きになってしまっても困るしな。


 ああ、本当に――今日は煙草の煙が目に沁みる。


「ワンッ!」


 通知音と共にエクレアが吠えた。メッセージが返って来たんだろう。



◆]アリデッド:分かった。[◆



「ふぅ――煙草、やめてみるかな……?」


 いや、禁煙など成功したためしは無いがな。

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