149;正義の鉄槌.03(シーン・クロード)
指定されたのは帝国の中枢【アルマキナ帝都】のやや東の街外れの土地。そこに建てられた三階建ての建物だ。
外観はそうだな――直線のみで構成された雑居ビル、というのが率直な感想。帝国の建物は殆どが同じ外観を持っており街の景観を統一している。このビルもその例に漏れていない。
だが中に入ればそのイメージは一新される――高級ホテルを思わせるような明るく温かみのあるライティング、そして貴族の邸宅ばりのアンティークの数々。数々の資料が並ぶ本棚や壁に掛けられた絵画、装飾用の武器や甲冑なども、雑然とは程遠く、管理者の精神性がこれでもかと現れている。
それがここ、クラン【
受付に通された二階の会議室は広い円卓と椅子しか無いが、見上げれば天井そのものに巨大な宗教画が描かれており、やはり無機質な印象とは程遠い。
「よう」
「……五分前行動とは殊勝な心がけじゃないか」
俺の到着を待っていた金髪銃士女――ミカは、ちらりと腕時計を確認してそう告げた。
「折角お招きいただいたんだ、待たせちゃ悪いだろう?」
挨拶もそこそこに引いた椅子に座る。
「連れはいないのか?」
「ああ、別に敵陣ってわけでも無いし」
恐らくパーティ二組分は入る会議室には俺とミカの二人だけだ。槍使いの俺にとっては天井も然程高く無いし交戦になってしまうと不利だろう。
だが俺はこいつら【
全然付き合いの無い間柄だが、でもこのミカという女は自らの信念や組織の掟なんかに逆らって俺を攻撃するとは思えない。勿論、俺がこいつらの邪魔をするなら別なんだろうが。
「さて。早く来てもらったことだしさっさと始めよう」
「ああ、頼むぜ」
俺にはこいつに訊かなければならないことがある。
一つは兄――ノア・クロードについて。こいつらは俺の兄の名前を知っていた。ならばその居場所や何の目的でこのゲームの中を動き回っているのかも知っている筈だ。
そしてもう一つ――このミカが俺たちのギルド【砂海の人魚亭】に来た時、兄のことを切り出そうとした俺に『お兄さんのことは追々話す』という端的なメッセージを送り付けてきた。
どうしてフレンドでも無い人間にメッセージを送ることが出来たのか――このゲームのシステムでは通常ならばそんなことは出来ない筈だ。
「さて……単刀直入に言おう。私たちは君のお兄さん、ノア・クロードと繋がってはいない」
「繋がっていない?」
「ああ、そうだ――だから君が求めている、彼の居場所などの情報は持ち合わせていない」
「じゃあ何故俺の兄のことを知っている」
「簡単な話――私たちの雇い主が、君のお兄さんの同僚だからだ」
「兄の……同僚?」
「そう――私たち【
衝撃が脳を突き抜けた。
だが、そう考えると合点が行くこともあることは確かだ。
「ああ、そういうことか……」
「何がだ?」
フレンドでも無い相手にメッセージを送り付けることなら俺にだって出来る。
つまり、こいつらは――――
「管理者権限か」
ふ、と口角が持ち上がる。背凭れに深く身を預けて、しかしミカは首を横に振った。
「開発者権限だよ。私が持たされているのはね」
「開発者権限……成程、俺が持たされた奴よりも権限の強度は上ってわけか」
頭が痛くなる……何てものを持ってんだよ、こいつ……
「安心しろ。それを持たされているのは数人だ」
「数人もいるのかよ」
「特別、使う必要が無ければ使わないさ」
「必要に晒されたら躊躇無く使うって意味だろ?」
「当たり前だ。私たちの目的はゲームを楽しく遊ぶことには無い」
「そりゃそうだろうな。で? その目的ってのは何なんだ?」
「既に言っている。死人を死人のままに留める、それだけだよ」
「その目的のことを訊いているんだが? 死人にはゲームを楽しむ権利は無いってか?」
「……君が私たちに協力してくれると言うのなら、それを話しても構わないが?」
「断るに決まってるだろ――お前たちの標的の中に、ジュライも混じってんだろうが」
空気はもうひりついている。いつ交戦に入ってもおかしくは無い。
一応、俺はこの拠点に入る前に
対してミカはあの変形銃剣を携えている様子は無かった。ただどうだか……ここは帝国で、あの変形銃剣は魔動器に思える。つまりミカは帝国のユニーククエストを
だがその予想に反して連邦の〔王剣と隷剣〕を
「……そう殺気を立てるな。戦場にいるつもりになってしまう」
「はぁ?」
いくら睨み付けようと相手は微動だにしない。それどころか、余裕綽々って顔付きだ。
「横道に逸れてしまったが……続きを話そう。ちなみに、煙草を吸ってもいいか?」
「……どうぞ」
ちっ、気勢が削がれた。
短く「ありがとう」とだけ零したミカは、胸元から金属製のケースを取り出すと、開いた中から一本の紙巻煙草を取り出し加えた。
同じくケースから取り出したオイルライターで火を点けると、現実でよく嗅ぐ匂いとは全く異なる香りが辺りに漂う。
「それ、煙草なのか?」
「現実のものとは全く違う。この世界での煙草は
「へぇ……」
二つほど煙を吐き出して、それからミカは漸く話の本筋に戻った。
「私たちが君のお兄さんのことを知っているのは、雇い主から聞かされているからだ。開発に携わり、デバッグと最終調整を行っている最中に失踪したのは知っているな?」
「ああ……
「でも彼、君のお兄さんはこの世界の中にいる――私たちへの依頼は二つ。一つは死人であるプレイヤーに対してプレイヤーロストを引き起こして死滅させること。そしてもう一つが、君のお兄さんを探し出して接触すること」
「……成程ね。俺に限って言えば、オタクらの目的は半分が相反していて、もう半分は合同なのか」
「そうだな、そういうことになるな」
だから、この場に俺だけが呼ばれたのか。
もう半分に目を瞑れば、俺はもう半分のためにこいつらと共に……
「手を組まないか?」
「まぁ、そう来るよな……ってなると、手を組む、の定義による――――ちょっと待て」
そこで肩に乗る透明な
送信者は……今朝方別れたアイナリィ。今頃だともう【森の翁】の脱退の話を付け終えた頃だと思うが……何かあったか?
◆]アイナリィ:あかん、やってもうた。ごめん[◆
ガタン――立ち上がった拍子に琥珀色の椅子が後ろに倒れ込んだ。
俺のその様子にミカもまた穏やかじゃない顔で立ち上がる。
「悪い、仲間がどうにかなっちまったみたいだ」
「増援は? 今なら私が同行できるが? 〈
「……貸し借り無しなら」
「それはどうだろう……こっちは
この女、性格悪いな!
だが俺は〈
「……条件は?」
「一度だけ手伝ってくれればそれでいい。そのタイミングも君が決めていい、だからジュライをどうこうする際には断ってくれて構わないわけだ」
「……分かった」
「交渉成立だな。なら急ごう」
告げ、ミカは会議室の片隅で伏せたまま待機していた黒い犬を呼び寄せる――
実に利口そうなその犬から武装と護符とを取り出し、護符のひとつを俺に差し出す。
俺は差し出されたそれを受け取り、それからシステムメニューを呼び出そうとして――ミカに止められる。
「開発者権限があるからパーティを組む必要は無い」
「ああ……そうか、オタクそうだったな」
「勝手に君に追従する。先行してくれ」
「分かった、感謝する」
そして俺は護符の能力を解放し、視界がぐにゃりと歪んだと思ったら瞬時のうちに四方を木々に囲まれた森の中に踊り出た。
眼前には――傷ついて木に凭れているアイナリィの姿があった。
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