147;正義の鉄槌.01(綾城ミシェル)

 クラン【七刀ナナツガタナ】に所属する者は皆、左肩に“切”の字を意匠としてあしらった肩当てを着けている。重装の戦士ウォーリアー騎士ナイトなどは装備する鎧の肩当て部分に単に“切”の文字を彫っている者もいる。

 恐らく肩当てと言うよりはその“切”の文字こそが彼ら――若しくはクランの代表者であるロア――にとって重要なのだろう。


 先日の“ヴィルサリオ辺境伯殺害事件”に関与していた【漆黒の猟犬】たちは【七刀ナナツガタナ】の名を語っていたが、ニコに呼ばれ赴いた先で実際に相対した彼らの左肩にはその目印が無かった。

 今現在我々【正義の鉄槌マレウス】が掴んでいるクランメンバーとされる面々の中にも、あいつらのようにただ名を語っているだけの馬鹿がいないとは言い切れない。そしてそれを確かめようにも、実際に目で確かめるしか方法は無いのだ。

 無論、遣いを送り込んで情報を得るという手段もある。ただ問題なのは、逆にクランメンバーである者がそれを隠して肩当てを着けていないこともありえるということだ。


 はぁ――煙草の本数が増える。


『ミカちゅゎあん♪ 難しい顔してるけどぉ、大丈夫ぅ?』


 スクリーンチャット画面の向こうで髭達磨ダルクがくねくねと蠢いている。傍目には気持ち悪いと言うか気色悪いと言うか、目に毒以外の何物でも無いが、この男の気遣いや細やかな心配りには正直助かっている。

 クランの中で唯一私が直接スカウトした人物でもあり、その戦闘能力の高さや性格・性質をよく知ることから主に行動を共にする、言わば


 初めて会ったのは――アメリカの地下闘技場だったか。

 防衛大学を卒業後、自衛隊へと入隊した私はしかし日々抑圧され続けていた闘争本能から脱退してフリーランスの傭兵になることを決めた。

 手っ取り早く中東の内戦に足と首を突っ込み、ひとつの死線を潜り抜けて生還した私は次の死線を求めて躍起になっていた。


 しかし心抉るほど命を削り合う場所と言うのはそうそう無い。あったとしても、実戦経験の足りない、しかも女である私を受け入れてくれる陣営と言うのは少なすぎた。勿論、諸手を振って歓迎してくれる陣営など負けが見えている――取り入る相手は選ぶべきだった。

 そんな中、中米へと赴いた先でテキサス州の地下闘技場の噂を聞きつけた。表舞台には上がれない訳アリの闘技者ファイターたちが競い、時には死すら降り注ぐ。

 文字通り身体を張って入場の権利を得た私は、そこで奮戦する一人の巨漢と出遭った。


 ガブリエル・ダーク――試合で対戦相手を殺し過ぎた元プロレスラー。或いは拳を交えることでしか愛を表現できない不器用すぎた偏愛者、と表現すればいいだろうか。

 どちらにせよ、表舞台を追われた彼は直ぐに地下闘技場に参入し、対戦相手の血と絶叫、そして観客たちの下卑た喝采を浴びて日々を謳歌していた。


 彼は、きっと私と似ていた。彼が私のことをどう思っているかは判らないが、でも私は彼もまた、自分のものも含め命というものを危ぶめることでしか悦楽を得られないいびつな存在なのだと思っている。

 彼とは結局、手合わせこそすることは無かったが――ガブリエルは極度の男好きで、女性とは意地でも戦わないと決めていたらしい――でも言葉を交えて通じ合い、度々連絡を取る間柄になることは出来た。


 それが二年前のこと――それから四つ程戦場を駆け抜け生還し、自衛隊時代の上官から今回のヴァーサスリアルでの誘いを受けた。

 “死者がゲームにログインしている”――それは眉唾と言うべき情報だったが、ゲームの中を歩き回りながら確かめてみればそれは事実だった。

 あの牛飼七月がいたのだ。遠目でちらりとしか見ることは出来なかったが、レイドクエストの場にいて軍刀を振り回していたのは確かに彼だった。


 名も知れぬ誰かが彼の様相を纏って楽しんでいるだけなのかもしれないという疑念は生まれた。それはそれで腹立たしいにも程がある案件だが、でも直ぐにそうじゃないという確信を得た。

 牛飼七月で無ければ、牛飼流軍刀術は使いこなせない。私は銃剣術の方を徹底的に己に叩き込んだから彼ほど軍刀術には精通していないが、彼が死刑になったことですでにそれは失伝してしまった遺物となった。彼以外に、その全てを継承した者はもういないからだ。


 ジュライと名乗る彼は、肩当てを着けているのだろうか――いようがいまいが、今度こそ彼を死人に戻す。それが私のこの世界で最もやらなければならないこと、最たる責務。

 自らの性質に絶望し、それでも足掻いて一抹の希望を戦場に見出した私。その私が、きっと自分とは違うだろうと決めつけて遠ざけた彼をよく知ろうともせず、それ故にあの事件を担わせてしまったのが私の罪なんだ。もっと彼と対話を交わし、心を通わせていれば――彼の闘争本能もまた、私同様に戦場へと持ち込めた筈だ。七月にとって生きる世界がそこにあるんだと伝わった筈だ。

 あの事件も――私が頼られていれば。起きなかった筈だ。ならば七月は今も、現実に存在して彼なりの青春を謳歌していた筈だ。もしかしたら私の隣で、同じ戦場を駆け抜けていたのかもしれない。


 それを想うと――――


『ちょっとミカちゃん……本当にどうしたのん?』

「いや――大丈夫、煙草の煙が目に沁みただけ」

『本当~? ……ならイイけどぉん』


 まなじりを拭い、私は煙草を灰皿に押し付けて火を消しながら再び髭達磨ダルクを見遣る。


「ところで……〔修練〕は順調か?」

『当然よぉ~ん♡ お師様がお爺ちゃんなのがイマイチだけどぉん、お弟子さんは中々粒ぞろいなのよぉん♡』

「いやそれは訊いてない」

『冗談冗談☆ 六段階の二段階目まで修了クリアしたわよぉん。レベルも今は61まで上がったわぁ♪』

「61か……」

『ちょっとぉ~、あからさまな溜息は傷ついちゃうわよぉん? そりゃ確かにミカはもうすぐ80なんでしょうけどぉ~』


 コンコンコンコン――クランの私の執務室の戸を叩くノック音。私は髭達磨ダルクに短く「また後で」と告げ、スクリーンチャットを手早く打ち切ってから入室の許可を与える。


「ルメリオ、入りますよ、っとー」


 ガチャリとドアノブが捻られ静かにドアが開く。クランの本拠地であるこの建物は比較的造られてから若く、蝶番も軋むことなくすらりと動く。

 白く染め上げられた革製の外套コートに身を包んだ優男――ルメリオが飄々とした足取りで部屋に入って来る。【七刀ナナツガタナ】の肩当て同様に、私たち【正義の鉄槌マレウス】は十字架を模した戦鎚の意匠を背中に冠す。ルメリオが着る白い外套コートの背中にも、その十字の戦鎚の意匠が施されている。


「どうした?」

「ダラハン王家と【砂の翁】との交渉に一応の結着が着いたみたいですよ? 概ね予想通り――四大国の暗殺者ギルドは全て、抱えている冒険者を手放すみたいです」

「そうか、それは何よりだ」


 正直、切り札として切られたあの元令嬢が実は王族の血を引く者だった、というのは流石に作り話だろうと思っている。だが有効な手であり、改竄の証拠を上げられない以上言ったもの勝ちだ。

 これが帝国や連邦、特に皇国だったなら話は違っただろう。王国は四大国の中で最も暗殺者ギルドと繋がりが浅い――彼らを頼らずとも、王国には“武侠”と呼ばれる本来は闇に生きる侠客がごまんといるのだ。それも、陽の当たる場所に。

 だから【砂の翁】の構成員は王家には近寄れない。王家が血縁を改竄しようと、それを突き止めることが出来ないのだ。しかし現王は中々に切れ者だな、一体どの辺りから今回の筋書シナリオを思い描いていたのか……

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