145;王剣と隷剣-ノーザンクロス.01(シーン・クロード)
「なぁ、何で引き留めなかったんだよ」
霊廟を奥へと進みながら、ユーリカは何処か焦っているような表情と声音で俺に訊ねた。
「じゃあお前がそうすればよかったんじゃ無いか?」
「な――っ!」
眉間に皺を寄せて立ち止まるユーリカ。俺はそんな彼女を気にせずに奥へと向かう。
「アンタがアタイを止めたんだろっ!」
「別に聞かなきゃ良かったじゃねぇか。オタクがそうしたかったならそうしろよ、オタクの自由だろ?」
「……アンタ、ジュライに本当に戻ってきて欲しいのか?」
ザリ――靴底が岩床の砂を噛む嫌な感触。
「俺は、このゲームを楽しんでくれれば誰が何処にいて何をしてようがどうだっていいんだよ」
「……はぁ?」
「ただあいつの場合は、その相方であり俺が知る限り最もこのゲームを楽しんでくれているセヴンのモチベーションに関わる。だからちょっとは突っかかる理由もある」
「……何だよ、それ」
「言ってくれるなよ。俺だってそんな感じだ」
「……益々何なんだよ。あ、」
「まだあんのか?」
振り返ると、三歩程後ろでユーリカが怪訝そうな顔付きで眉根を顰めている。
「アンタさ、そう言えばさっきの戦いで何で〈ノーザンクロス〉使わなかったんだ?」
「ああ……それか」
そう――先程のジュライとの交戦、より正確に言えばジュライの仲間と思われる
ユーリカに創ってもらった俺の
「何でって……そりゃあ、わざわざ敵にこちらの全戦力を見せつける理由も無いだろ? 情報は些細なものでも今後の戦局を大いに左右する可能性があるし、奥の手や切り札は持っておくに越したことは無いだろ?」
「まぁ、そうか……」
理解したのかしていないのか、どっちつかずの顔で何となくの頷きを見せたユーリカへの視線を切って、目の前に開け放たれた両開きの大きな扉を潜る。
眼前に広がる、正しく【魔剣の霊廟】そのものである空間に目を細めながら、その中心に佇む男が向ける視線と自分のそれを交差させた。
「貴様らは、隷剣を欲する者か?」
「ああ。俺はアリデッド」
「今度の奴は幾分か礼儀は弁えているらしいな。我はシラツキ、この霊廟を管理する者だ」
遅れて来たユーリカも名乗り、そして俺たちは恐らくジュライたちも先程受けたであろう〔王剣と隷剣〕に挑む気でいることを伝え、そのおおまかな説明を受ける。
このシラツキという奇妙な男は〔王剣と隷剣〕というユニーククエストの唯一の
しかし一度だけ口を噤もうとした部分があった。機械的な印象にそこだけ人間味が加わっていて俺はどうしようも無く興味が湧いた。ユーリカもきっと同じだろう。だからそこだけは問い質さずにいられなかった。
「シラツキ。説明の途中で済まないが、オタクは俺たちの直前に修練を受けたジュライともう一人、その存在の正体に気付いているんじゃないか?」
シラツキが目を細める。言葉を濁したのは、武器を始めとしたあらゆる装備は独自に魂を持つという汎神論めいた説明の後。
しかし先程の、という走りだけで留め、何も言わなかった風を装って説明の続きを再開したシラツキは確実にジュライや
「……正体とは?」
「おいおい、察しが悪いってことは無いだろ? 現実では既に死ん――」
◆]警告。
現実に悪影響を及ぼす行動意思あり[◆
――おい、嘘だろ? アップデート以来こんな
「どうした? 何かに問答の邪魔でもされているのか?」
「オタク……この
久方ぶりに
シラツキが首肯すると漸く
「我らは“冒涜者”と呼んでいる――一つの身体に二つの魂を持つ異端者だ」
「冒涜者……」
セヴンから聞いたことがある。かつてこの世界では、俺たち“冒険者”は“冒涜者”という名で呼ばれていた――という十年前のヴァーサスリアルに盛り込まれていた設定だ。
「冒涜者って?」
「後で説明する。セヴンに訊くのが一番確かだがな」
「冒涜者たちの隷剣には、その剣そのものの魂ではなく彼らの身体に潜むもう一つの魂が宿る。故に、この修練も少しだけ趣が異なるものとなる」
「具体的にどう変わるんだ?」
「……己との戦い。具象化されたもう一つの魂と戦い、勝ち得た魂こそが肉体の支配権を得る」
「……眉唾だな」
そもそも、二つの魂というのが何なのかがよく解らない。一つが俺たちプレイヤーだとして、じゃあもう一つってのは一体何なのか……
ギルドに帰ったらセヴンも交えてこの辺りを一旦整理するか。死んでる勢たちについて、何かが解るかもしれないしな。
「話の腰を折って悪かったな」
「満足したのか?」
「ああ、今のところは、だが。それに、俺たちの話に突き合わせてオタクの時間を奪うのも悪いしな」
「そうか――ならば始めようか。時に、アリデッド、そしてユーリカ。貴様らは己が剣を愛するか?」
奇妙な恰好に似合わない不思議なことを訊いてくるシラツキ。
太刀を返すようにユーリカがやや食い気味に大きく頷き答えた。
「当たり前だろ――アタイの武器はアタイの作品、つまりは子供みたいなもんさ。可愛くて仕方が無いよ」
「ほう……貴様、鍛え手か。アリデッド、貴様はどうだ?」
「……俺の槍も、それから、さっきここに来たあのジュライの軍刀も。実はこのユーリカが鍛えた武器なんだ」
言いながら、取り出した〈ノーザンクロス〉を見せつけるように掲げる。
篝火の灯りを受けて白銀色に橙色の輝きを照り返す穂先を、シラツキは隈取られた目を細めて神妙に眺めている。
「正直俺は、ユーリカみたいに即座に肯定できるほどこいつと深く繋がっていない。こいつはなかなかの跳ねっ返りだし、言うことを聞かない時だってある。手を焼いているよ――でもだからこそ、成長期のこいつがもっと強くなった姿を見たい気持ちは確かにあるし、そうなったこいつを使いこなしたいって気持ちも」
「……なら、問題無いな」
ふと、ジュライはこの問いに何と答えたのか気になった。俺がそうなんだから、ユーリカもきっとそうだろう。何せユーリカにとっては自分が創って託した得物だからな。
違う得物を使っているとも思ったが、先程の戦いであいつが振ったのは〈七七式軍刀〉だった――それを見たからこそ、躍起になってあいつを取り返さないでも大丈夫だと思えたんだ。
あの軍刀を使っているのは、未練の証。
糸はまだ切れていない――今は“
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