144;王剣と隷剣-七七式軍刀.02(牛飼七月)
屠り去った
違ったのはそこから先で、いつもだったら分解された傍からふわりと消えて行くのですが、
光を吸収して輝きを纏った〈七七式軍刀〉はどくりと拍動のように輪郭を跳ねさせ、ブレた線分が落ち着くと同時に宿った輝きも失われていきます。
これは何だろうと僕が思案に耽っていると、ざりざりと周囲の風景にまでデジタルノイズが走り、パリパリと錆か
「――ぐ、ぅ」
隣ではぐったりと地に膝を着くレイヴンさんが苦悶の吐息を漏らしています。
僕も僕で、「大丈夫ですか?」と声を掛けられるほどの余裕は無く、外傷は無いものの酷く消耗してしまっています。レイヴンさんみたいに、地面に膝を着きたくて堪りません。
「……貴様ら、そうか」
シラツキさんが何やら目を細め、一人で納得しています。何を思い付き、何に確証を得たのか――訊きたい欲求はありますが喉が乾いていて上手く言葉が出て来ません。
「とにかく、貴様らには己が愛器を王の剣へと導く権利はあるようだ。しかしその権利は行使された直後から義務へと変わる。貴様らに限って言えば――それを放棄した直後からその魂は主従を覆そうと襲い来る。
ああ、やっぱり――〈七七式軍刀〉には僕の半身、
「貴様らが幾度と死線を潜り抜け強くなると同時に、貴様らの愛器もまた強く光を増す。王剣解放の段へと行き着いたなら、その時必ず再び貴様らはその魂と相対する。
「――はい」
僕が乾いた喉を振り絞ってそう答える頃には、レイヴンさんもどうにか立ち上がってくれました。あの山肌をこの方を担いで降りる、というのは些か厄介だなと思っていたのでありがたいです。
「シラツキさん、ありがとうございました」
段々と喉の乾きも落ち着き、身体の強張りも晴れてきます。レイヴンさんも僅かに痺れがあるようですが、立って歩く分には問題ないと、シラツキさんに頭を下げて【魔剣の霊廟】から出――――
「よう、……久し振りだな」
「……アリデッド、さん……それに……ユーリカ、さん……」
一目見れば忘れることのできないミサイル弾頭のような頭部のフォルムに苔色の鱗。
爬竜の顔付きは涼やかに僕を見詰めていて、その一歩斜め後ろには僕の〈七七式軍刀〉の鍛え手である、
でも彼女も直ぐに、僕に真っ直ぐな視線を向けました。
どうして彼らがここに――その思議は
当然です。彼らも僕たち同様に、〔王剣と隷剣〕を攻略しに来たのです。更なる強みを手に入れに来たのです。
「元気そうだな」
「お二人も……何よりです」
「ジュラ――」
「ユーリカ、待て」
「……っ」
大きな声を上げて僕へと突っかかろうとしたユーリカさんを後ろ手で止めたアリデッドさんに、ユーリカさんは舌打ちをして再び目を伏せました。
ああ――ここで素直に頭を下げて、何なら地に額を着けて、元に戻れるならどれほどいいことか……
戻りたい。彼らの輪の中に、今一度――――
「……ジュライ、彼ラは? 知リ合いカ?」
「あっ、……かつての、仲間です」
「かつての? へぇ、お前はそう思ってんだな。俺は今でも仲間だって思ってるよ」
「――っ」
構えてはいないものの、槍を携えるアリデッドさんの眼差しは冷ややかで――その視線の矛先を掠め取るように、レイヴンさんがずいと僕の前に出ました。
「見解ノ相違だ。ジュライは我ラ【
「お前と喋ってねぇよ
びぎり、と二人の狭間で空間に亀裂が走ったような錯覚を覚えました。後ろを見遣れば、ユーリカさんもまたあの長柄の戦鎚を肩に担いでいます。つまり臨戦態勢なのです。
「……ジュライのかツての仲間、カ。そウ言えバ先日、煮エ湯を飲マされテいたこトを思い出シたよ」
「……ああ、お前、スーマンにのされた雑魚か」
「言ッたナ!」
レイヴンさんが腰の鞘から忍刀を抜き放ちながら突出します。その一閃は長柄の中央で受けられ、横からユーリカさんが戦鎚を振り下ろしますがレイヴンさんもお得意の《残像回避》で難なく躱します。
霊廟の中は巨人が闊歩できる程の広さがありますから、地理的条件は槍や戦鎚の長柄の得物に不利に働きませんし、寧ろ空間的な広がりはアリデッドさんにとっては推進系スキルを思い切り使える利となっています。
しかしレイヴンさんはレベル80の大台を目前に控えた高レベルの《
「だっしゃぁ!」
ですがバゴンバゴンとユーリカさんが《ランドブレイク》というスキルで地面や壁を穿つものですから、その衝撃と捲り上げた瓦礫とでレイヴンさんの運足を邪魔し、先程の愛器との交戦の消耗も響いて両陣営は全くの互角、勝負の行く先が見えません。
僕は――どうするべきなのか、迷ってしまいます。拙い心が生んだ逡巡が、斬り捨てた筈の甘い期待に齧りついて離れないのです。
まだ、戻れるのかもしれない。
まだ、赦してもらえるのかも。
「――加勢しますっ!」
すらりと抜きながら放った振り上げ気味の一閃が、鍔迫り合うアリデッドさんとレイヴンさんとを引き離します。
そして返す軍刀を片手で把持し、逆手である左手は切っ先を包むようにガイドしました――《戦型:月華》の構えです。
「ジュライ――」
「――はぁっ!」
躊躇うことなく、その切っ先を思い切り踏み込みながら突き出しました。
渾身の《月》は強く蹴った地の反動を膝と腰と肩で加速されて腕へと伝わり、何度も繰り返した本気の一撃となって標的を強襲します。
ですが流石です――その一撃すら、半ば意表を衝いた筈の一閃ですら、振るわれた槍の穂先はいともあっさりと打ち弾くのです。
「……そうかよ」
溜息のような声でした。そしてまたもユーリカさんを後ろ手に制したアリデッドさんは、槍の構えを解きました。
「どウいうツもりだ?」
「どういうつもりも何も、喧嘩吹っ掛けてきたのはそっちだ。でもこちらから手打ちにしてやるって言ってんだよ」
「かツての仲間ガ加勢しタから怖クなったカ?」
「冗談にしても笑えねぇ……そいつをぶん殴るのは今じゃないって話だ」
「ぶん殴る……そうですね、そうしてもらった方がいいかも知れません」
アリデッドさんが睨み付けるように目を細めます。
「でも――そうしてもらったところで、僕は赦されるべきでないことも解っています」
深い溜息の音が聞こえました。何も言わず、アリデッドさんは横に避けて手で「どうぞ」と道を譲る動作をします。
ユーリカさんは不服そうな面持ちですが、アリデッドさんに倣っているのか何も言いません。
レイヴンさんは未だ警戒を続け、忍刀を持たない手で僕の背を押しました。僕が通り抜ける際の奇襲に備えるつもりです――杞憂に過ぎないと思いますが。
「――ジュライっ」
「はい」
通り抜けた傍から、ユーリカさんが堪らずと言った表情で声を掛けてきました。
レイヴンさんの気配が大きく動きましたが、奇襲では無いようですし静かにしていて欲しいです。
「その……〈七七式軍刀〉はどうだ? 使いにくいとか、大丈夫か?」
「……はい。とてもいい軍刀です」
「刃毀れしてないか? 目釘とか、ぐらついて無いか?」
「大丈夫です。今のところ、ですけど……もしそうなっても、クランに鍛え手の方がいますから」
「……そうか」
「……はい、そうです」
「お喋リは終わっタか? 悪イが後の予定ガ詰まっテるんダ、そっチがやル気に無イならモう失礼サせてもラう」
ぐい、と後ろから押され、僕は前を向いて大きな出入口へと目指して歩きます。
後ろで靴音が遠ざかってくのを耳にしました。
決断し、別離しなければいけません。甘い期待も、後悔も。
あの夜、仲間を斬った時に。それらももう、斬り捨ててしまった筈なのですから。
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