143;王剣と隷剣-七七式軍刀(牛飼七月)
まるでキャラクターメイキングの時のように薄暗い空間の真ん中。
幽霊のように透き通り、また淡く発光する僕自身が立っています。
詰襟の学ランに、赤く濡れた曾祖父の軍刀――ああ、判りました。これは、あの六人を、そして妹を斬った時の僕です。
窮地に陥った時、僕の深淵から掬い上げては幾度と力を借りた、人生の中で最も強く軍刀を振るっていた時の僕です。
ぱちゃり――身動ぎすると、足元で俄かに水音が立ちました。
薄暗くてよくは見えませんが、濡れた軍靴の革は赤色です。だから僕は、この場所に張り詰めているのは誰かの血潮なのだと理解しました。そしてそれは、きっと僕の殺人衝動を色濃く現したものなのだと。
「――ジュライ」
僕が僕を呼びました。
「……何ですか、
僕も僕に応えます。
「どうして君が、その身体を操っているんだろう。どうして僕は、その身体を操ることが出来ないんだろう。僕がその身体の持ち主なら、もっと、もっと……」
どこか哀し気で物憂げな表情のまま、
「……ごめんなさい、僕はそれには応えられないのだと思います」
「……代わってよ」
「出来ません」
「どうして? それは、僕のものだ」
「違います」
目を見開いた殺人鬼が、赤く濡れた軍刀を構えました。
気付くと僕の手には、〈七七式軍刀〉が握られていました。どうやらここで、彼と刃を交えなければならないようです……どうしてでしょうか、心が痛くて、柄を握る手に上手く力が入りません。
「寄越せぇっ!」
「――っ!!」
咆哮と共に、一足跳びで接近した
牛飼流軍刀術では突きを多用します。その理由は、突きは振り被る動作が要らず、切っ先を相手に向けた構えのまま前進すれば即ち技となるからです。
理解はしていました。だって僕もまた、
切っ先が急に大きくなって、目と鼻の先にあったのです。
咄嗟に身を捩りながら《残像回避》を使いました。本来であれば下から上へと軍刀をかち上げて隙を作るところですが、その余裕はありませんでした。
「しぃっ!」
「くっ!」
返す太刀の一閃を刃で受け止め、鍔迫り合いの形へと持ち込みます。
しかし即座に
「しゃぁっ!」
ギィンッ――刃と刃がまたも合わさり、けたたましい金属音が虚空に響きます。
どうしてでしょうか……スキルを一切使わない
僕の操る剣閃、太刀筋を
振り被る癖、足運びの癖、体捌きの癖。全てを知っている相手と言うのは非常にやりづらく、しかしどうしてか僕には
一挙手一投足に遅れが生じ、振り下ろされた剣戟を躱せたとしても直後の薙がれた一閃は受け止めることで精一杯――とてもじゃないけれど攻勢に転じることが出来ないのです。
こんなにも苛烈で。
こんなにも熾烈で。
こんなにも劇烈だったなんて――僕は、
僕に、御せることなんか出来ないって言うのに。
「はぁっ、はぁ――っ」
「どうしたんですか、こんなものですか? こんなものでしか無いくせに、僕に成り代わって僕の振りをして僕の座に居座ろうとしていたんですか?」
「違っ、違い、ます――っ」
「違わないっ! どうして
「……僕も
「そんなこと解ってるんだ!」
激昂――ああ、きっと
だからあの時、
知ってしまったから――彼女の隣にいる幸せを。だからそれを斬り捨てたくて、でも斬り捨てられなくて……
「……七月。君は、本当はどうしたいんですか? 本能の叫ぶままに、
たたらを踏んで、頭を抱えながら後退する
形見の軍刀すら血潮の浅瀬にがちゃんと落ちて――膝を着いた
「
「う……うぁ……」
「でももしもそうじゃないなら――今ここで僕に打ち勝って、僕の身体を奪えばいい。僕は〈七七式軍刀〉の中で
睨み上げる視線が、〈七七式軍刀〉を構える僕を突き刺します。どうやら
「煩い……その身体は、僕のものだ……」
心が抉られたような痛みについ顔を顰めてしまいます。
出来ることなら、僕もそうさせてあげたい――でも迷いが僕の中にあります。その迷いが、逡巡が、
もう一度、セヴンに会いたい。
「……交渉は決裂ですね。いいでしょう、今度こそお互いに本域で――戦いましょう」
「煩い、寄越せよ、それは、僕のものだ」
「もう僕のものです」
赤い水に浸っていた軍刀を再び取り上げ、ゆらりと陽炎のように立ち上がります。
迷いはありますが、この場における迷いはありません。もう、僕は
いつか心の底の迷いを振り切るために――
「行きます」
前進と同時に軍刀を押し出します。この場においてはスキルはもう使いません――スキル失くして打ち勝てなければ、
主権は僕にあるんだと、そう解らせなければ、これからもきっと
ガギィッ――横から弾かれた軍刀。それでも身体はその勢いのままに反転し、反転のうちに腕は軍刀を新たな形に構え、右目の下、頬を掠めた
「が、ぁ――っ」
鋭く深く、その脇腹から内臓を巻き込んで薙ぎ貫きました。
「さようなら、
僕たちは、僕たちなのですから。
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