142;王剣と隷剣-導入.02(牛飼七月/シーン・クロード)

「貴様ら同様に、剣はおろかあらゆる武器、引いては防具・装具は全て独自の魂を持っている」


 僕たちが眼前に拡がるその光景に言葉を失っているうちに、シラツキさんが揚々と語り出しました。


「鍛錬を経て貴様らの肉体と精神が成長していくのと同様に、武器はその本懐を為す毎に内に秘めたる魂は昇華されていく――その昇華された魂に合致した形質を得ることこそ、王の剣としての始まり、“隷剣解放”だ」


 独特の語り口、抑揚がとても印象的です――が、僕には彼が何を言っているのか、上手く理解できません。横目でちらりとレイヴンさんを覗き見ましたが、とても涼やかな顔をしていて理解できているのか判りません。そもそもレイヴンさん、目元を仮面で隠していますから表情がとても読みづらいんですよね。


「“隷剣”としての形質を得た剣は、更なる修錬を経てやがてその魂に合致した本来の姿を見出すようになる。その輪郭カタチこそが“王の剣”としての姿カタチであり――その姿カタチへと導く術こそ“王剣解放”だ」


 えーっと、多分ですが……固有兵装ユニークウェポンに特殊能力を付与するのが《隷剣解放》で、隷剣化した固有兵装ユニークウェポンのランクを上昇させて、その姿形までも変異させて更なる特殊能力を付与するのが《王剣解放》、なんだと思います。

 ユニーククエスト解放時に受信したメッセージをよく読んでおいて良かったです。レイヴンさんは賢い方だと聞いていますから、僕なんかよりよっぽどよく理解しているとは思いますが……


「回りクどい説明を有難ウ。それで? そノ隷剣解放や王剣解放トやラはどうスれば会得出来るンだ?」


 あわわ、レイヴンさんが痺れを切らしています!

 じろりとレイヴンさんを睨み付けるシラツキさんですが、思いの外怒ってはいないようで、口許はにやりとした笑みが浮かんでいます。


「貴様らがどう足掻いたところで剣の解放は会得できない」

「え、それは……」

「何故ならそれは、剣の覚えるものだからだ」

「え?」


 告げたシラツキさんは踵を返し、数々の武器が突き立つ広場の中央へと進みます。

 そして背を向けたまま、次の言葉を紡いでくれます。


「隷剣化を果たした剣は貴様らと共に成長する。その最中、貴様らが扱う武に相応しい数々の力を得る。それこそが隷剣の隷剣たる証明であり、隷剣がどのような力を得るかは貴様らがどのように剣を振るうかによって自ずと定まる」


 そしてゆっくりとこちらを振り向いたシラツキさんの双眸と掌に、あの妖しい輝きが宿っていました。

 その輝きは迸って僕たちへと突き進むと、身構えた僕たちそれぞれの武器を鞘ごと取り上げたのです。


「――ッ!」

「レイヴンさん、待ってください」


 僕たちから取り上げられた武器――レイヴンさんの忍刀と僕の軍刀――はシラツキさんの掲げた両手それぞれの上でふよふよと浮かび上がりながら、纏う妖しい輝きをまるで心臓の鼓動のように明滅させています。


「時に――レイヴン、そしてジュライ。貴様らはこの剣を愛すか?」

「愛、だト?」

「愛……」

「左様――剣に愛無き者に王の剣は導けん。自覚があろうと無かろうと……しかし愛無き使い手はいずれ剣と決別することになる。そうして使い手を失った剣は“魔剣”となり、魂の欠落を埋めるために血肉と命を求めるようになる――ここにあるのはその成れの果て。貴様らの剣はさて――どうやら」


 明滅は激しさを増し、やがて眩い光が僕たちの瞼を閉じさせました。

 再び目を見開いた僕たちの目の前――いえ、



 僕が、立っていました。




   ◆




「一人で大丈夫か?」


 大聖堂へと続く大通りで森へと続く道を見詰めるアイナリィの小さな背中はぴんと伸びている。

 しばらく何かを思案しながらじぃっと道の先を見詰めていたが、やがてひとつ頷くと、軽やかにこちらを振り向いてもう一つ大きく頷いた――覚悟は決まったらしい。


「大丈夫やと思う――何やかんや気ぃ使うてもろたけど、やっぱうちは一人でどうにかしたいねん」


 俺は彼女に言った言葉を思い出していた。

 仲間とは、迷惑を掛け合うものだ――そしてそれを気にして遠慮し合う間柄を、俺はそう呼ぶことは無い。

 だからその時はアイナリィは俺たちに暗殺者ギルドを抜けるための迷惑をかける気満々でいた。俺たちを頼ってくれていたんだ。


 でもその考えは改められた。俺たちに迷惑をかけることを危惧したんじゃない。彼女は一人でその試練を攻略することを選んだんだ。なら、仲間として背中を押さないわけにはいかないだろう。


「気を付けてね」

「ユーリカ姐さん、ほんまおおきにな。ありがとう」


 ぎゅ、と抱き締め合う二人。短い抱擁が終わってユーリカが身を退くと、アイナリィは何か言いたげな目で俺を見詰めてくる。


「……嫌だ」

「なっ! まだ何も言うてへんやんかぁ!」

「大体判る。嫌だ」

「……なら、無事帰って来れたら、そん時にお願いするわ」

「……それならまだいい」

「ほんま!? 言うたで!!」


 はぁ――俺なんかのどこがそんなにいいのやら……蜥蜴だぞ?

 しかし、俺なんかが誰かの強みや支えになるってのは気分が悪くない。嘆息交じりに喜び上がるアイナリィの小さな頭にぽんと手を置き、アイナリィはその俺の手を取ってごつごつと鱗に覆われた甲を頬に着ける。


「絶対、無事に戻って来る」

「ああ。是非ともそうしてくれ」


 手を大きく振りながらアイナリィは身を翻し、森へと続く道を駆けて行った。あいつの目下の所属である暗殺者ギルド【森の翁】の本拠地はここ【ルミナシオ市街】からもそう遠くは無い。能力値は然程でも無いが、あいつの足なら一、二時間程度で着くだろう。


 “ヴィルサリオ辺境伯殺害事件”を受け、王国はその事件に関与していた【砂の翁】に対して言及した。何せ構成員が主犯に深く関わっていたんだ、他にも多くの者が関与していたという証拠も上がっている。

 極めつけは、その事件の被害者であり生存者であるアレクサンドリア・ヴィルサリオが、事実ダラハン王家の血を引く、言ってしまえば十七位の王女だったことだ。後から判った事実ではあるが、暗殺者ギルドは王家に手を出してしまっていたことになる。

 ぶっちゃけて言えばその事実はかなり眉唾モノだが、恐らく捏造された事実なのだろう。王家も九曜封印に纏わるこの事件に対してかなり強気で攻めたいらしい。


 結果、暗殺者ギルドは【砂の翁】に関わらず、四大国全てのギルドに対して今後の九曜封印への関与を禁止する取り決めが承認された。それに合わせて、九曜封印に関わる可能性が高い冒険者たちを無条件解放することも決まった。

 だからアイナリィも本来は【森の翁】に赴く必要は無いんだろうが、けじめはけじめだ。何だかんだ言いながらも通すべき筋は通すあいつは、しっかりしていると思う。


 ギルドへの挨拶が済んだら、晴れてあいつは自由の身だ。

 それから再び王国に渡って【砂海の人魚亭】に加入登録を済ませて、いよいよ〔武侠の試練〕だ。その辺りはセヴンやスーマンが上手く案内ガイドしてくれる。


「さて――行くか」

「おうさ」


 こちらもこちらで踵を返し、大聖堂から真っ直ぐに天へと伸びる途方も無い山を見上げる。

 【霊峰ルザム】――所属変更のクエストを経て〔王剣と隷剣〕のユニーククエストへと挑む俺たち二人が挑まなければいけない、文字通り険しい山だ。

 標高はローガンマウンテンより少し低いくらい――日本で言えば富士山の1.5倍くらいか。

 自然公園みたいに中腹まではツアーもあるし容易には行ける。問題はその先だ。

 クエストの目的地である【魔剣の霊廟】へは断崖を登攀しなければならない――ぶっちゃけて言えば俺には《ヴァーティカルスラスト》や《スピアヴォールト》なんかの推進系スキルがあるからな、そこまで苦にはならないと思うが……ユーリカは違う。


「何、根性で登り切って見せるさ」


 何と頼もしいことで……まぁ、俺もスキルはいざと言う時のために取っておくことにしよう。一人でひょいひょい登り切ったところで、ユーリカが来ないなら二人で来た意味は無いんだしな。

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