141;王剣と隷剣-導入.01(牛飼七月)

 聳え立つ、という形容詞が抜群にその様子を伝える岩肌を、命綱も無しに僕は登ります。

 途中までは整備された道もあったのですが、標高が大体雲の高さを超えて来ると人の手の入っていない文字通り獣道をひた歩き、遂には道なき道、岩壁を登攀するという羽目に陥るのです。


 霊峰ルザム――【神聖ルミナス皇国】の本拠地である大聖堂を麓に擁す、天を衝く槍のような山。

 その頂上付近には、【ギルツ連邦】のユニーククエストである〔王剣と隷剣〕を受注するために赴かなければならない【魔剣の霊廟】という場所があるのです。

 そして僕もまた、いくつか依頼クエスト攻略クリアして自らの所属を連邦へと変更した後に、軍刀の腕前を認められて【魔剣の霊廟】へと向かうことを許されたのです。

 そう――勿論、〔王剣と隷剣〕を攻略クリアし、その報酬である“隷剣”を得るためです。


「はぁ、はぁ――」


 険しいにも程がある山肌を登り切り、腰を落ち着けられるほどの広さを持つ道へと僕は踏み至りました。当然、切れた息を整えるため少しだけ腰を落ち着け、背は岩肌に預けます。

 木登りや山登りは嫌いじゃないですが、流石にロッククライミングというかボルダリングというか……断崖絶壁を登攀したことはありません。こうして一発で登り終えられたのにも吃驚です。


「はぁ――――」


 高地は酸素が薄く、そして異様に冷えて乾いています。ガサついた喉にそんな空気を送り込みながら、眼前に拡がる雲海に僕は絶句していました。

 遠くにはの上に陽光を照り返して白む細い月が浮かんでいて、僕はバッカルコーンから水袋を取り出し、ごくごくと喉を潤しながらただただその月を望んでいました。


 もしここに。

 もしここに、ちぃちゃんがいたなら。


 ――何度も繰り返すそんなを振り切って、休息を終えた僕は踵を返して進むべき道の先を見上げます。

 山肌にぽっかりと空いた巨大な洞窟――あの中に、僕が目指すべき【魔剣の霊廟】はある筈です。


 ロアさんがクランマスターを務める【七刀ナナツガタナ】の中にも、僕と同じタイミングでこのクエストに挑戦する方がいたのですが――確か、レイヴンさん、と言いましたか――僕とは別ルートで向かうとのことで現地で合流する手筈になっています。もう着いているんでしょうか? そうなら早く行かないと。待っていてもらっていたなら申し訳ないですし……


 そしてこれまでとは打って変わって古いですが整備された石畳の長い階段を上り切り、巨人すらも容易に潜れそうな大きな入口から【魔剣の霊廟】へと踏み入ります。

 山を刳り貫き切り石で補強したと思われる広大な敷地は、巨神が独りで造り上げたという言い伝えそのものです。麓の大聖堂に比べると、雄大さは勝っているものの、美麗さや優雅さには大きく欠けています。と言うよりも、装飾らしい装飾が一切無いのです。

 それもそうかもしれません――何せここは【魔剣の霊廟】、つまり剣たちのお墓なのです。剣たちの、というのがよくは解りませんが、お墓なので華美な装飾は不要なのでしょう。


「ヤあ、遅カったじゃなイか」

「レイヴンさん。待たせてしまってすみません」


 やっぱり、レイヴンさんは先に到着していた様です。

 黒いフード付の外套コートに目元を隠す鴉を模した半面。外套コートの左肩の部分には“切”という文字を意匠化した肩当てがあり、その出で立ちは【七刀ナナツガタナ】だと一目で分かる、僕たちの正装です。

 そして僕もまた、同じ黒い外套コートに身を包み、左肩には“切”の肩当てを着けています。ロアさん曰く、最近僕たち【七刀ナナツガタナ】の名を語って見栄を張る不遜なやからが急増しているらしく、このレイヴンさんも最近その制裁に繰り出していたのだとか。


「でハ行こウか」

「はい」


 おそらく外国の方なんでしょう、レイヴンさんの上背は遥かに高く、ロアさんもロアさんで高いのですが、そのロアさんよりも高いです。多分180センチくらいだと思います――ロアさんは178センチだって自分で言っていました。

 つまり160センチくらいしかない僕よりも20センチも高いのです。いいなぁ、そんな高い視点から見る風景はさぞかし気持ちいいんでしょう……僕の低い視点が気持ちよくなかったことは無いのですが。


 カツカツと靴音を響かせながら進む僕たち。

 管理人がいるのでしょう、廊下には等間隔で篝火が炊かれていて明度に困ることはありませんでした。

 だだっ広い廊下を進み、角を折れ、一段一段が高い階段を下り、それを繰り返して――やがて、大きな大きな両開きの石扉に差し当りました。


「これ、開くのでしょうか?」

「さあナ……押しテみルしか」


 二人同時に、いっせーので押してみます。ですが巨大な上に重厚そうな石扉はビクともしません。

 これがクエストの一環だったらどうしよう、と僕は思いました。この石扉を独りで開けるのが試練だ、なんて……力持ちそうなアリデッドさんですらこれは無理だと思います。


「まさカここじゃナいのか?」

「でも、ここまでに他の道はありませんでしたよ?」


 正対しながら首を捻る僕たち。そこに、ひとつの声がかかりました。


「――貴様らは、隷剣を欲する者か?」


 バッと振り向くと、歌舞伎役者のような目元の隈取と南蛮鎧のような恰好が特徴的な、何やら物々しそうな雰囲気の男性が立っていました。


「あなたは?」

「ふん、礼を知らぬ者め。だが名乗ってやろう――我はシラツキ。この【魔剣の霊廟】を管理する者だ」

「こレはこレは大変失礼をいたシましタ。ワタシはレイヴン、隷剣を欲すル一人でス」

「僕はジュライと言います。同じく、隷剣を欲してここに来ました」


 腕を組みながら値踏みする視線を向けるシラツキさん。しばらくの静寂を置いた後で、彼は僕たちに告げます。


「――ふん、アニマの加護を得た“冒涜者”の一味か。しかしいいだろう、貴様らの剣がその意気に応えるのなら、貴様らは剣を“王の剣”へと導くに相応しい。そうでないなら……」

「そうでないなら?」


 カツカツと靴音だけを響かせて石扉の前へと進み出たシラツキさんは、その一枚一枚それぞれに両手を翳し、収束したマナの妖しい輝きを掌に宿すと、その輝きを石扉に纏わせました。

 ゴゴゴ、と地響きのような重苦しい音を立てて扉が開きます。僕たち二人は思わず顔を見合わせました。


「入るがいい――貴様らの剣の魂と対面させてやる」


 ごくり――思わず僕は鍔を飲みました。そうしているうちに、シラツキさんを追ってレイヴンさんが歩を進めています。

 僕も慌ててその背を追い掛けました。

 真っ暗な空間にシラツキさんが手を翳し、またもあの妖しい光が掌から迸って――床に立つ篝火と壁に設置された燭台に火が灯ります。


 成程――【魔剣の霊廟】とはよく言ったものです。

 そこには、きっと使い手を失った数々の剣や槍、幾つもの武器が、まるで墓標のように地面に突き立っていたのですから。

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