129;武侠の試練-導入.03(姫七夕)
「マジで厄介な縛りが生まれたもんだぜ……」
ギルドのロビーで傷の手当てを受けながらスーマンさんがぼやきます。対面に座り〈ライフポーション〉を含ませた脱脂綿で傷口をちょんちょんと当てるレクシィちゃんは困ったような顔をしています。
レクシィちゃんの言った言葉の真意はぼくにだって解ります――彼女の経緯や気持ちを考えれば、彼女がスーマンさんにそうして欲しくないと言うのにも頷けるのです。
だからこそスーマンさんとユーリカさんが戦っているのを見て咄嗟にああ言ったのですが、でもレクシィちゃんはまたそこで、そうやってスーマンさんを縛り付けてしまったことを後悔して、どうしていいのか判らなくなっているんだと思います――ちょうど、王城の表でスーマンさんに「連れて行って」と頼んだ時みたいに。
「はぁーっ……分かった分かった。要するにあれだろ? 最初から《ウォークライ》使ってビビらせりゃ、傷つけずに勝つことも出来るもんな。つまり滅茶苦茶強くなればいいんだ、お茶の子さいさいだよ」
くっ、こういう時に限ってかっこいいこの人は本当に何なんでしょうか。おまけに穏やかな笑みを浮かべながらがちがちに固まったレクシィちゃんの頭にぽんって手を置くんです。
ほら、そしたらまたレクシィちゃんが違う意味の紅潮を! スーマンさん、そういうのはレクシィちゃんだけにしてくださいね? 本当にですよ?
「こらっスーマンっ!」
「何だよ今度はぁ!」
ジーナちゃんです。ご立腹なのは、スーマンさんがレクシィちゃんを泣かせたと思っているからでしょうか? 一応泣かせたのは事実と言えば事実ですが……
「何で表通りの舗装が剥げてるのよっ!?」
あ、違いました。
「はぁっ!? それオレじゃねぇーし! そっちのカナヅチ女だし!」
「なっ!? 何でお前アタイが泳げないことをっ!?」
「煩いっ! ユーリカさんは悪くないよ、悪いのは全部スーマンだよっ!」
「何でだよっ!?」
「ユーリカさんは新しいうちのギルドメンバーなんだからね! 引っ越して来た日早々にそんなおいたするわけないでしょっ!」
「お前馬鹿かっ!?」
「はぁーっ!?」
「あぁーっ!?」
何と言いますか……ジーナちゃんはギルドに加入した冒険者に甘いところがありますが、スーマンさんだけは別なようです。可哀想な気もしますが、どうしてでしょう……スーマンさん、ああやって怒られてるの似合うんですよね。
「ほんま何なん……どちゃくそ在り得へん……」
そこに、登録変更手続きに手間取っているアイナリィちゃんがエンツィオさんの部屋から戻って来ました。
すでにアリデッドさんもユーリカさんも手続き自体は完了しており、この【砂海の人魚亭】のメンバーなのですが……何か問題でもあったんでしょうか?
「みんな、ごめん……うち、このままやったら登録変更難しいねん」
「何がどうなってるんだ?」
アリデッドさんが訊きます。アイナリィちゃんはちゃっかりとアリデッドさんの隣の椅子を
「……うちな、今の登録、暗殺者ギルドやねん」
「「はぁっ!?」」
スーマンさんとユーリカさんが
ですがスーマンさんもそれには直ぐに気付いた様子で、止まった手当の手をそっと握りました。はっとスーマンさんの顔を見上げたレクシィちゃんに向けたスーマンさんの眼差しは何だか温かく――だからぼくは、改めてアイナリィちゃんに向き直ります。
やっぱり、レクシィちゃんはスーマンさんに任せて大丈夫です。うん、きっとそうです。
「ほいでな、暗殺者ギルドって抜けるんめっちゃ面倒なんやって……その手続きが終わって漸く登録変更出来るようなるんやって……やから、」
「面倒ってのは、どの辺が面倒なんだ?」
「……けじめ、つけなあかんのやって」
「けじめ?」
その言葉に敏感に反応したのはユーリカさんでした。確か彼女は昔、暴走族をやっていたとのことでしたので、もしかしたら所属していた暴走族にもそういったしきたりがあったのかもしれません。
「けじめがどんなんかは知らん、聞いてみぃひんと判らん。でも、……」
「でも、何だよ」
「うん……もしな? そのけじめ言うんが今うちが思い浮かんどるものやったとして、せやったらものごっそ憂鬱やな、思ぅて……やけどそれを拒んどったら、お兄様や皆に迷惑掛かるやん? それもどちゃくそ嫌やし……」
「それは悩むことなのか?」
冷静にアリデッドさんが言いました。アリデッドさんの冷静な物言いはほんの少し突き離すように聞こえてしまいますから、凭れかかっていたアイナリィちゃんは身体を起こして目を丸くしてアリデッドさんの蜥蜴の顔を仰ぎ見ています。
「状況を整理してみると良い――まず、けじめをつけなければお前は所属ギルドの変更手続きを行えない。だな?」
アイナリィちゃんが小さく頷きます。
「次に、憶測は置いておくとして、そのけじめとやらは直接ギルドの奴らに訊いてみないと判らない。どうせ退会手続きも直接乗り込む必要があるんだろうな」
「うん……」
「そして、お前は可能ならばギルドをここに変更したいと思っている。ただ俺やこいつらに迷惑がかかることを危惧している」
「うん……」
「……仲間だろ? なら迷惑はかけて当たり前じゃないか?」
「えっ?」
固く組んだ腕の真上で、尖ったミサイル弾頭のような緑色の顔が大きな口を細かく蠢かせています。
そんなアリデッドさんの様子をアイナリィちゃんは固唾を飲んで眺めていて、ぼくたちもまたその大きな口が次に何を言うのかをじっと見守っています。
「少なくとも俺はそう思っている。勿論それは迷惑をかけてもいいってことじゃない。迷惑はかけないに越したことは無い。だがそれを恐れて頼み事ひとつも出来ないような間柄を、俺は仲間だなんて呼びたくは無い」
「お兄様……」
「俺はお前たちのことをとっくに仲間だと思っているし、だからこそ俺の兄探しなんていうしち面倒臭いことに突き合わせる気満々だ。それなりの迷惑は被るだろう……アイナリィ」
「……はい」
「もしお前が考える仲間という関係性が、いかに迷惑を掛け合わずに付き合えるかを主眼にしているのだとしたら、今すぐ俺はお前を置いて行く」
「嫌や!」
「……お前はそう言うだろうな」
「やけど……」
「アイナリィちゃん」
「……セヴン」
「……ぼくも、もう沢山迷惑かけてます。お返しにってわけじゃないですけど、――困った時はお互い様って言うじゃないですか。迷惑、かけてほしいです」
「セヴン……ほんまに?」
「はい」
大きく頷きました。
初めて会って意気投合したレイドクエストは、アイナリィちゃんが守ってくれなければあれだけ長く戦場にいれなかったかもしれません。
ウルバンスの駅で気持ち悪くなった時は、アイナリィちゃんはぼくのために走ってお水を買って来てくれたのです。
そして、今まさに現在進行形で、“ジュライを取り戻す”という、クエストでも何でも無いぼく個人のわがままに突き合わせてしまっています。
アイナリィちゃんはそのことについては笑顔で賛同してくれていますが、ぼくが彼女にかけている迷惑には変わりないと思います。
だからその分、ぼくもアイナリィちゃんに頼ってほしいし、頼られたいのです。
些細でどうでもいいような迷惑じゃなくて、ここぞって時の大事な迷惑を、皆で分担して負担を軽くして――そうやって、乗り越えていく姿こそ、仲間という絆の在り方じゃないでしょうか?
きっと、アリデッドさんだって同じ考えの筈です。
「ほんまに、ほんまにええの?」
「ごちゃごちゃ煩ぇなぁ。いいっつってんだからいいに決まってんだろ」
「スーマン……」
「アタイも……その“けじめ”って奴には興味があるね。まともなもんならいいけどさ、そうじゃないってんなら、叩き潰さないと気が済まないね」
「ユーリカ姐やん……」
……今はいないですが。ジュライもここにいれば、ぼくたち皆と同じことを言ったに違いありません。
「あとはお前の気持ち次第なんだが……アイナリィ、改めてお前はどうしたい? 俺たちに迷惑とやらをかけてここのギルドのメンバーになるか、それとも迷惑をかけずに一人はぐれるか」
「そんなん……そこまで言われたらどっち選ぶかなんて決まっとるやん……」
少しだけ俯いて、アイナリィちゃんは“けじめをつける”ことを選びました。そしてぼくたちは、それに同行することを申し出ます。
でもアイナリィちゃんはそれに関してはなかなか首を縦に振りません。特にぼくの同行に関しては、〔武侠の試練〕が遅れてしまうという理由で頑として譲らないのです。尚、スーマンさんはどうでもいいとのこと。
「はぁ――」
アイナリィちゃんは「京女は頑固なんや」と言って聞きません。当然、そんな彼女の頭の固さには自然と溜息が漏れるわけで――って、今誰が溜息吐いたんですか?
「口を挟ませてもらうぞ」
そうです、溜息が聞こえてきたのはぼくたちの後ろの方――レストラン部分からでした。
がたりと立ち上がった音に続いてコツコツと板張りの床を踏む靴音がぼくたちを振り返らせ、そしてぼくたちは皆一様に目を見開きました――唯一、ユーリカさんを除いて。
胸元にまで達するさらりとした
クラン【
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