128;鋼の意思.15(姫七夕)

「ったく……何で手合わせなんかしなきゃいけないんだよ」

「何でも何も、使い手がどんな風に戦うのか、どんな風に武器を扱うかを見極めなきゃあたいら鍛え手は使い手に合った武器なんか創れるわけ無いだろ?」


 翌日、アリデッドさんとアイナリィちゃん、そしてユーリカさんが合流しました。

 合流するまでの間、各々の固有兵装ユニークウェポンの素材集めを兼ねたレベリングに奔走した三人は順調にレベルを上げ、アリデッドさんが58、アイナリィちゃんとユーリカさんがともに49になっていました。


 そしてアリデッドさんとアイナリィちゃん、ユーリカさんをエンツィオさんとジーナちゃん、レクシィちゃんたちに紹介してギルドへの加入登録を行う間、レクシィちゃんの研修も兼ねているので時間が掛かるため、こうしてユーリカさんがスーマンさんの固有兵装ユニークウェポンを作成するためのを繰り広げることになったのです。


「で? やんの? やんないの? やんないんだったら勿論アタイの固有兵装ユニークウェポンは要らないってことでいいんだろ?」

「スーマン、ユーリカはジュライと俺の固有兵装ユニークウェポンの製作者だ。NPCの刀匠に比べたら粗削りだが、才能には恵まれているようだ。今創っておかなければ、そのうち予約で向こう一年待つとか在り得るぞ」

「マジかよ……そいつは魅力的だな」

「あ? 何だって? アリデッド、もう一回言ってみろ」


 登録変更処理が終わったのか、アリデッドさんが表に出て来ながら言いました。ユーリカさんは相変わらず誉め言葉のを求め、やる気の無かったスーマンさんは気怠そうにしゃがみ込んでいた体勢から立ち上がって双剣を抜き放ちます――流石に身内同士の力試しですから、毒は使わないようです。


「お? んじゃあ、アタイに頼むってことでいいんだな?」

「ああ。ちょうど武器も新調したかったことだし、〔武侠の試練〕に挑む前に景気づけにってのも悪くねぇ」


 ユーリカさんは使い魔ファミリア錦路ぎんじから自らの固有兵装ユニークウェポンである長柄の戦鎚〈屠遙印トバルカイン〉を取り出し、肩に担ぎました――ユーリカさん独特の構えです。


 ユーリカさんのアルマは戦士ウォーリアー二次職セグンダの《鍛冶士ブラックスミス》です。

 戦士ウォーリアー系アルマのもう一つの二次職セグンダは《魔鎧士アーマリィ》と言って、こちらは防具の性能を最大限に引き出す特別なスキルを修得する盾役タンクです。

 《鍛冶士ブラックスミス》もまた武器や防具そのものに補正バフを与えるスキルを取得しますが、どちらかと言えば支援役エンハンサーの側面を持つ撃破役アタッカー盾役タンクといった感じです。しかしその真骨頂は、武器製作や防具製作、そしてそれらの修理やメンテナンスに大きな補正を得られるパッシブスキルを修得することです。

 ちなみに、二次職セグンダの《鍛冶士ブラックスミス》にならなくても武器製作や防具製作は行えます。他にも薬品の調合やアイテム製作についても、別に《錬金術士アルケミスト》の専売特許というわけでもありません。このゲーム、十年前もそうでしたが所謂“生産職”の概念はゆるゆるなのです。


「よぉし――それじゃ、行きますかっ!」


 告げて、スーマンさんが突撃しました。踏み込みから絶妙にタイミングをずらした剣戟をユーリカさんは戦鎚の柄で受けますが、すぐさまスーマンさんは身を回転させて逆薙ぎを叩き込みます。

 それもまたユーリカさんは柄で受け止めようとしますが、しかしスーマンさんは激突の直前に《デッドリーアサルト》を使用しました。ぐわりと急激にその体勢がスキルの形に整えられ、突き出された双剣はユーリカさんの両肩にざぐりと突き刺さって身体ごと押し退けます。


「ぐぅっ!」

「まだまだぁっ!」


 ユーリカさんの細いながらも鍛え抜かれた身体を押し遣るスーマンさんは、そのスキルの終わらないうちに次のスキル《スラッシュダンス》を放ちます。

 回転する六連撃は自ら後方へと跳び退いたことで避けたユーリカさんでしたが、それを見越していたのか、スキルの終わりに《バタフライエッジ》を巧く繋げたスーマンさんの投擲された双剣が左右からユーリカさんを挟撃します。


「《スピンストライク》!」


 しかしユーリカさんもそれを身体を回転させながら放つ打撃で打ち払います。弾かれた双剣は尚も回転しながら弧を描いて空中を舞い――それが手に戻るのを待たず、嗤いながら突進するスーマンさんは既に拳を振り上げています。

 ユーリカさんもまさか得物を手にしないままで向かってくるとは思っていなかったのでしょう――その吃驚は一瞬の判断の遅れを生み、剰え殴ると見せかけるフェイントからの下段回し蹴りで軸足を刈ったスーマンさん。ユーリカさんは戦鎚の柄を杖代わりに地面に突いて倒れることを拒みますが、その時にはもうスーマンさんの両手に双剣が戻って来ていました。


「相性は悪くない筈なんだがな」

「えっ?」


 隣でぼくと同じく観戦するアリデッドさんが呟きます。


「スーマンみたいに真っ直線に飛び込んで来る奴に対して、ユーリカのようにどっしりと構えて迎え撃つタイプは相性がいいんだよ、本当は。ただ、」

「ただ?」

「流石にレベルの差、だろうな。PC同士でレベル10以上の差はなかなか覆しがたい……」


 クエスト〔辺境を覆う暗雲〕を攻略クリアしたことで、ぼくのレベルは53に、そしてスーマンさんは60になっています。ユーリカさんのレベルは49ですから、スーマンさんとの差は11――確かにこのゲーム、対魔物なら結構なレベル差でも何とかなりますが、余程の開きが無いとPC同士で10以上のレベル差というのはなかなかどうして届かないものなのです。


「おまけに……ニコに何をどう叩き込まれたのか知らんが、スーマンの動きが微妙に気持ち悪くなってる」


 何という言い草!


「踏み込みや身体の浮き沈みと斬撃がチグハグだ――かと言って手打ちテレフォンじゃ無い。逆に一挙手一投足がナチュラルにフェイントになっているから対峙した相手は相当にやりづらいだろうな……特にトリックスター――武道や格闘技なんかのリアルチート持ちは」

「へぇ……そうなんですね、ぼくにはさっぱり判りません」

「齧ったことの無い奴には判らんよ。俺も外から見ているから漸く気付けたくらいだ、なかなか小癪じゃないかスーマン……ニコに頼んだ甲斐があったって奴だ」


 ですがユーリカさんも慣れて来たのか、段々とスーマンさんの無茶苦茶なようで鋭く速い剣閃に対応していきます。


「くっ、ほっ、たぁっ!」

「おいおいマジかよっ!」


 《スラッシュダンス》の連撃を巧みな戦鎚の操作と体捌きで受け止め躱し切り、隙が出来た所に戦況をひっくり返すほどの強力な一撃を見舞うユーリカさん。

 鍛冶士ブラックスミスは自分や味方の武器・防具を強化するスキルを得られますが、そもそも戦士ウォーリアーとは別名“壊し屋ブレイカー”――打撃を与えた相手の能力値や武器・防具の性能を弱体化させる“ブレイク系”のスキルを多く修得します。


 敏捷性を下降させる《スピードブレイク》を命中させた所からユーリカさんの逆転劇が始まり、僅かに機敏さを封じられたスーマンさんが今度は防戦に徹します。

 ユーリカさんは小刻みに自らの武器や防具の性能を引き上げながら、逆に《ガードブレイク》や《パワーブレイク》などのブレイク系スキルを多く繰り出してスーマンさんの性能をどんどん下げていきます。

 極めつけは《ランドブレイク》――石畳で舗装された地面をばぎゃりと捲り上げるような強烈な一撃で体勢を崩したところに、得意技の《スピンストライク》の一撃がスーマンさんの胸にどぎゃりと命中します。


 堪らず後ろへと大きく吹き飛んだスーマンさんですが――空中で体勢を整えてぐるりと回転ししゃがみ込んだ状態で着地すると同時に、その頭上にスキル名が浮上ポップアップしました。


 そう、それはこれまで見せていなかった彼の本気の印――《バーサーク》。

 ユーリカさんもそれには目を見開き、身体を沈めながら大きく一歩を踏み出すと、剥げた舗装路を蹴ってスーマンさんへと突撃の姿勢を見せます。


「うああああああああああ!!」


 そこに《ウォークライ》の追撃です――びくりと身体を震わせたユーリカさん。その頭上に、[恐怖]の二文字が……


「駄目、スーマン!」


 でもその雄叫びを斬り裂くように放たれた怒号が、ぼくたちも含めて全員の動きを一瞬止めました――レクシィです。


「スーマン……女の子は、……傷つけちゃ、駄目……」


 ぎゅ、とエプロンの裾を握り締めながら、まなじりを涙で滲ませながら。頬を紅潮させながら。

 スキル名の表示が消えたスーマンさんはその様子から視線を外して、地面に片膝を着けたユーリカさんを気怠く眺めました。そして――


「だ、と、よ。……お前、女の子って歳か?」

「《リトルワード》《戦ぐ衝撃ルインバースト》」

「はぼぁっ!!」


 ちゅどーん、と轟音が響き、範囲を一体に限定されたぼくの詠唱魔術チャントマギアがスーマンさんの身体を爆ぜさせました。

 ……そういうデリカシーの無いところがぼくには心配で堪りません。レクシィちゃん、本当にこの人でいいんですか???

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