127;鋼の意思.14(姫七夕/シーン・クロード)
「レ、レクシィ、です……よろしく、お願いします……」
少しだけ、後日談をお話すると……一度連れて行くということになったものの、王城にて保護すると決まったその日に連れ出すのは流石に
今度こそレクシィちゃんはぼくたちと一緒に【砂海の人魚亭】に連れられて、そこで新たな人生の一歩目を踏み出したのです。
もう、アレクサンドリアという名前は家名と共に捨てるのだそうです。お家自体がほぼ無くなってしまったようなもので、ずっと持ち続けているのは辛い、と小さく教えてくれました。
そうやって真っ新に歩き出した彼女は、【砂海の人魚亭】のいちスタッフとしてギルドの切り盛りを手伝うことになりました。
本当は彼女は、“冒険者”になってぼくたちと一緒に色んな旅をしたいと何度も豪語していたのですが……PCと違ってNPCは冒険者にはなれません。いえ、なれはするのですが、NPCの冒険者には
なので、一先ず【砂海の人魚亭】のスタッフとしてギルドの経営に携わることで色んな冒険者と触れ合い関わり合い――色んな危険を知識として覚えたのちに、それでも冒険者になりたいのならなればいい、という結論に落ち着きました。
多少不安はありますが……でも、彼女には立派な立派な――口が悪くて人の気持ちを無視する小悪党ぶった――騎士様がいますから。何せ、彼女の一生が終わるまで騎士で居続けていただけると言うのですから、大したものです。
その騎士様は毎夜毎夜現れるシステムの刺客を相手にするため朝は大体眠りこけています。ジーナちゃんはそれが気に入らないらしく、レクシィちゃんがスタッフデビューを果たす今日この日だけは叩き起こし、おかげでスーマンさんは寝ぼけ眼で一生懸命タダ働きをしています――自業自得です。
「セヴンちゃん、ごめん、ギルドの案内お願いして良い?」
「うん、大丈夫――レクシィちゃん、来て」
「は、はいっ」
リメイクされたことでマップは縮尺から色々と変わりましたが、このギルドの構造は殆ど変わっていません。ですからぼくはギルドマスターのエンツィオさんやその娘のジーナちゃんと同じくらい、ここの構造を知り尽くしているんです。
なので色々と忙しいエンツィオさんやジーナさんに代わり、ぼくがレクシィちゃんを案内します。
「ほら、スーマン! あんたもちゃちゃっと行く!」
「え、オレ!?」
「うちで働いて借金返すんだったらスタッフも同然! ギルドの構造覚えて貰わないとお仕事出来ないでしょ!」
「え、え~……」
どうやら、その案内の旅には彼女の騎士様も着いて来るようです。まぁ、騎士ですから。当然ですね。
「スーマン、大丈夫?」
「大丈夫に見えるならその可愛らしい目は節穴だよ」
「……っ」
そしてお姫様も当然のように騎士様を案じるわけですが、こんな風に嫌味なくさらりと可愛いとか言っちゃうものですから、お姫様は絶句してほんのりと頬を染めてしまうのです。ふふ、本当に可愛らしいです。
そう言えば――割と昔からMMORPGにはPC同士の“結婚”というシステムが組み込まれています。勿論このヴァスリも例に漏れず、PC同士で結婚することは出来るのですが……PCとNPCではどうなんでしょうか。後で調べておきますかね。
ぴこん
「あ」
「ん、どうした?」
「ああ、いえ……アリデッドさんからメッセージです。……わぁ」
ぼくがメッセージ画面を開いて視線を投じると、視界の隅でスーマンさんも同様にメッセージ画面を開きました。アリデッドさんはフレンド登録済みのぼくとスーマンさんに一斉送信したみたいです。
◆]アリデッド:
アイナリィとユーリカを連れてそっちに行く。
合流出来次第、次のステップだな。[◆
「セヴン、ユーリカって誰だ?」
「えっと、ジュライの
でもユーリカさんが来てくれるのなら、もしかしたらスーマンさんの
後は解放された〔武侠の試練〕がすんなり行くことを願うばかりですが……
「あ、いけません。レクシィちゃんごめんなさい、立ち止まってしまいましたね。案内、再開しますね」
ううんと首を横に振るレクシィちゃん。すっかり元気、というわけでは勿論ありません。何せあれだけのことがあり、あれだけのものを喪ったのです、奪われたのです。その心の傷は深いでしょうし、癒されたとしても消えないことだってあるのかもしれません。
でも彼女はちゃんと自分の意思で立ち上がって、自分の足で歩き出しています。本当に強くて健気で……そして、時折隣の騎士様をちらりと盗み見てしどろもどろと頬を染める姿は本当に愛らしい、お姫様です。
ええ――お姫様はね? 本っ当に
「レクシィ、オレ多分覚えきれないからさぁ、後でこっそり教えてな?」
「え、……う、うん。いい、けど……」
「スーマンさん? 自分でも覚える努力はしてくださいね?」
「うぇ、聞こえてた? あはははは……」
こういうところがなぁ……レクシィちゃん、大丈夫でしょうかね?
◆
「……出来上がりまで付き合ったのはあんたが初めてだよ」
「それは光栄だな」
「褒めてねぇし」
研ぎ上がった刃は天井から漏れる陽の光を受けてぎゃらりと輝く。
すらりと伸びた長めで太めの穂先は、根元で小さく三又に分かれている。その両の小さな刃にはまだ何の意匠も施されてはいないが、ゆくゆくはこの刃は白鳥の翼を模した羽模様を刻むつもりだ。
「……柄の内部は空洞になっているのか?」
「ああ、半分は空洞になっている。残り半分には追加で発注した〈霊樹の蜜蝋〉を
「そんなもん注文した覚えは無いんだがな」
「ああ、注文された覚えも勿論無いさ――ただ、扱いは難しくなるけど、穂先を使おうが石突を使おうが、また振ろうが突こうが、どんな扱い方でも最終的には攻撃に最適な重心の位置を取れるようになっている筈さ」
「……本当か?」
「嘘だと思ってるんなら受け取らなければいい。それなら代金は全部返すし、素材を買い取った分の金も支払うよ」
俺を睨み返すこのユーリカという
そして確かに、軽く振ってみると柄の中で液がのたりと流れることによって重心が変わる面白い感触を俺は得た。これは――扱いに慣れるまでに時間を要する上に、恐らくこの機構自体にはこの更に上がある。伸び代――ユーリカの今の技術ではここまでが限界、ってことだ。
「はぁ――」
「その溜息の意味は何なんだよっ」
「別に? お前とは長い付き合いになりそうだな、ってのがひとつ。もう一つは――ジュライの目に狂いは無かったな、ってさ」
「はぁ? 何だって? もう一回言ってみろ」
どうやら、素直に誉め言葉として受け取ってくれたらしい。
「で? 銘はもう決まってるのか?」
「ああ――と言うか、発注した時点でもう決まっていた」
改めて空に翳し、陽の光を受けて白く煌めく俺の
形状としては
こいつは、
だから今はまだ飾りのような名前でも、きっと最終的には銘を超える槍になる。
「――Northern Cross」
「何て?」
「この槍の
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます