126;辺境を覆う暗雲.20(姫七夕)
「終わら無ぇよ――終わるわけ無いだろ。お前の初めてを奪った【砂の翁】の構成員はごまんといる、こいつだけじゃない。お前の家族を奪ったエルステン族だってここにいる奴らで全員ってわけじゃないだろ。お前の未来を奪ったイスティラス侯爵はそこのパツキン銃剣士がぶっ殺したらしいけどよ……でもそうじゃない、復讐ってのはそうじゃなくていいんじゃないか?」
スーマンさんは説きます。レクシィちゃんの身体の震えは、寒いような凍えたようながちがちとした疼きはいつの間にか止み、必死にその声を、言葉を聞いています。
「全てを奪われたお前が、全てを喪ったお前が、――もう一度それを取り戻して幸せに笑う未来に生きるのが本当の復讐ってのはどうだ? 取り戻せる筈なんて無いけど、奪われたものも失くしたものも何もかも戻って来るわけなんか無いけど……本当に心の底から好きだと思える奴と出会って恋をして愛し合って結婚して子供作って家族になって、そうやって全部喪ったけど全部取り戻したぜって――奪った奴らに、奪われたままのお前がそうやって笑い飛ばしてその面見せつけるのが本当の復讐だって……何でだろうな……今のお前見てると、何でかそう考えちまった」
レクシィちゃんの身体が再び震え出しました。でもその振動係数は先程迄の混濁した逡巡とは大きく違います――その証拠に、その大きな目からは大粒の涙をぽろぽろと零し、がちがちと噛み合うたびに音を立てる口からは小さな、それでいて大きくなりゆく嗚咽が聞こえてきているのですから。
「だからさ、お前の復讐はこの先もずっとずっと続いてくんだよ。それこそお前が死ぬまでずっと……その未来の邪魔になりそうだってんなら、油断なく容赦なくそいつをぶっ殺した方がいい、邪魔者は根絶やしにするべきだ――オレが領内の部族の奴らをそうしたように、その方がお前が笑えるってんなら絶対にそうするべきだ。何度だって言うけど、誰が何と言おうとオレは絶対にお前の味方で在り続ける。奪われたものは取り戻せない、喪ったものもそうだ、お前が手を汚して奪ったものも元に戻ることは決して無いけど! でもオレは絶対にお前の味方だ、お前の騎士として誓う」
がらん、と音を立てて。〈フランベルジュ〉が落ちて跳ねました。
ぐしゃぐしゃになった顔を両手で覆うレクシィちゃん。でもスーマンさんはその姿をただじっと見詰めています。わんわんと泣きじゃくる彼女がどうするのかを、じっとじっと、待っているのです。
その間、ぼくたちは身動ぎ一つ出来ずに、いや、せずにそれを眺めていました。見詰めていました。
そして、やがて決断の時は訪れます。
いえ、もう答えなんて出ていたのです。
「――嫌、だ」
「オレは代わりになんて御免だ。それでもか?」
「嫌、だ――っ」
「……分かった」
彼女は――レクシィちゃんは。殺さない事を選びました。
それが彼女の強さからなのか、それとも弱さからなのか。それは判りません。誰にも判らないと思います。
でも、彼女はちゃんと答えを出したのです。その決断を、自分でしたのです。
彼女はまだ15歳です。この世界で大人として認められる、ですが精神的にもまだまだ未熟な筈の、そんな年齢に達したばかりの子なのです。ぼくたちの
それでも彼女は自分で決断をし、そしてスーマンさんは彼女にそうすることを望みました。……ぼくなら、そのどちらも出来なかったかも知れません。
そして決断したことで再び泣き崩れたレクシィちゃんを、スーマンさんが抱き留めます。優しく遠慮するような抱擁ですが、でもレクシィちゃんはちゃんと、スーマンさんの胸の中に飛び込みました。
それを見て、我慢していたぼくももう限界で――目尻を拭いながら情けなく鼻水を啜り上げました。
「……もう、時間かな」
「そうだな」
ニコさんとミカさんが大きく嘆息し、そしてベッドを振り返ります。タイミング良く起き上がった【漆黒の猟犬】たち――ビリーさんは未だ眠っていますが。
「封印は? どうする?」
「【
「私たちの目的はあくまで【
「はは、そうですね――王国に嫌われるかもですしね……なら、僕たちが責任を持って然るべき場所へ届けます」
「どうするつもりだ?」
「そうですね、事が事ですから、王国に預けざるを得ないと思っています」
「……まぁそれが一番妥当だろうな」
「ええ。トップレベルの冒険者と言えど、流石に国一つ、ともすれば四大国全てを敵に回しかねない動きは出来ないでしょうから」
「そうだといいがな……じゃあ、私たちは帰るとするよ」
「ええ、ありがとうございました」
「ふっ――貸し、だからな?」
「はい。覚えておきます」
【漆黒の猟犬】から取り返した三角錐の形をした青い水晶体――中心に金色の五芒星模様を擁した――こそ、シリーズクエストの肝となる重要アイテム〈辰星封印の核〉です。それはミカさんたち三人が去った後でニコさんからレクシィちゃんの手に渡されました。
「レクシィさん、これは君の手で王様に届けて欲しい。勿論、その瞬間まで僕たちも君の傍にいるつもりです」
こくりと頷き受け取るレクシィちゃん。ですが話し合った結果、結局それはゴーメンの毛皮の中に入れることになりました。
そしてぼくたちは停めてあった馬車に乗り込み、今一度辺境伯領へと戻ります。
辺境伯邸から衛視局に連絡し、飛び込んで来た衛視たちに事情聴取を受け、そして瓦礫や破片や血糊の諸々を片付けて――綺麗になる筈は無いんですけど――その日の夜に出発し、ダーラカ王国の王城を目指しました。
◆
翌朝になり王城へと辿り着いたぼくたちは王都で合流した衛視に伴われて入城し、謁見の間で小一時間ほど待たされました。緊急事態ではあるものの急な訪問には変わらず、そしてやはり国王ともなれば分単位でスケジュールを刻んでいるのです。
「待たせたな。余がダーラカ王国第十八代国王――」
バン、と小気味よく扉を開いて現れた若い半裸の美男――砂漠に見合う焦げた肌と艶やかな黒髪を持ち、現役の戦士顔負けの鍛え抜かれた肉体美をアラビアンな衣装で見せつける。そんな奇抜な出で立ちでありながら、王位継承より前から賢君として名高いこの人こそ――
「――ガラノキア・キーニス・バンデロシュオ・アルサハーメン・レニシュ・ヴァンダーイン・サロム・エゼクエバ・ロシュタット・ハナート・デュメエス・ゴニアロ・バンデリジット・ソムクネア・クローニオス・ハシュヴァル・ユルザレン・イズニア=ダラハンだ」
やたら長い名前で有名な国王様です!
一応何でこんなに長いのかにはちゃんと理由があり、と言うのもこのダーラカ王国は初代国王イズニア=ダラハン以降、歴代の王の名を重ねるという風習があり。
十八代目のガラノキア陛下は個人名から王家のダラハンと言う家名に至るまでにそれまでの十七人の国王の名を名乗らなければならないのです。
ちなみに十年前のオリジナル版の一周年アニバーサリークエストの中にはクイズ形式のものがあり、最終問題でこの国王の名前の正しいものを選べ、という見事に正解者数ゼロという偉業を成し遂げたのです。
ぼくも勿論挑戦はし、ちゃんと覚えていたつもりではあったものの……土壇場で十五代目と十四代目の順番をド忘れしてしまい、惜しくも全問正解を逃してしまったのでした……
「して、それが件の“辰星封印”か」
レクシィちゃんがゴーメンから取り出した三角錐の水晶体を見せ、そして渡します。
ガラノキア陛下はそれをまじまじと見詰め、表情に影を落としました。
「こんなもののために、尊い民の命が奪われようとは……此度の事変、誠に遺憾であった」
「そのお言葉をいただけただけで、亡き父も救われた想いでしょう」
「そして余の元にこの封印核を持って来たこと、誠に大儀であった」
「身に余る光栄です」
「冒険者一同よ。其方らもまた、大儀であった」
辺境伯領については後日の会議にて取り上げられるとのことで、現時点では国王の使いが一時的に代理を務めるということです。
王国は文化や風習こそ雑多に入り乱れていますが、男性上位の社会である歴史が根強く、レクシィちゃんのように貴族であるにも関わらず女性というだけで主権を握ることは出来ないのです。
ですから、あの辺境の歴史を紡いできたヴィルサリオ家の名は今代で途切れるのでしょう。全く新しい何処かの家が、貴族が、あの辺境の地を治めるのでしょう。
レクシィちゃんも、もう貴族では無くなるかもしれません。孤児となった貴族の娘は大体が孤児院か修道院に行くと相場は決まっていて、ですがレクシィちゃんは年齢だけで言えば大人なのですから、その辺りがどう作用してどうなるか、歴史に聡いわけでは無いぼくにはさっぱりです。
一応、その先が決まるまでは一時的に王城で保護してもらえるということで……謁見を終えたぼくたちは後日また呼ばれるようですが、取り敢えずこの場はここでお開き、レクシィちゃんとも今しばらくお別れです。
門番さんに頭を下げ、王城から出たぼくたち。その背中に、かかる声が一つ。
ぱたぱたと平たく薄い靴音を響かせて駆け出して来た幼い影が叫んだのです。
「スーマン!」
振り返ったぼくたちは、息を切らして今にも張り裂けそうに泣き出しそうな彼女を見詰めました。
「――わたしを、連れて行って!」
「嫌だね、連れては行かない」
即答でした。流石は人の気持ちを無視する小悪党――でもその奥に秘められた想いがあることをぼくは知っています。ニコさんもリアナさんもアイザックさんも――ターシャさんは絶賛死に戻り中なのでいませんが――判っているのです。
「……何で? だって、スーマンはわたしの騎士じゃないの?」
「お前の行く道はお前が決めるんだ、オレが手を引っ張るのは違う――時には、そうすることもあるかも知れないけどな」
「え……?」
レクシィちゃんはまだ解っていないみたいです。スーマンさんの言葉が、拒絶ではない事を。
「お前がその方が幸せになれるって、自分でそうやって考えて決めたんだったらそれはいい、絶対にそうするべきだ。言ったろ? お前の復讐はまだ終わっちゃいない、そして復讐が終わるまでの間、オレはお前の騎士で在り続けるって――」
「――あ」
漸くその言葉の真意を飲み込んだレクシィちゃんが、だと言うのにおずおずとなかなかに近寄れず、本当にそうしていいのか決めかねてしまっています。
そうしたいのに、そうしてしまえばもっと迷惑をかけるんじゃないかって、きっとそんな心配をしてしまったんだと思います。
そして、そんな時にこそスーマンさんは、ほら――
「行くぞ」
「え?」
歩み寄り、がしりと手を掴んで――勝手に、引っ張っていくのです。
「王様にはお前から言っておけよ? しばらく冒険者ギルドで働く、ってさ」
「え? え?」
「――ふふっ」
「何が可笑しいんだよ、セヴン」
「いえ。変な騎士もいたものですねっ」
こうして――辺境の一つの物語が終わりました。まだ解決すべきことは山積みで、レクシィちゃんの未来も不安しかありませんが……でも、絶望にはほど遠いのだと、ぼくもまたそう思います。
◆]パーティから
レクシィ が離脱しました[◆
◆]クエスト
〔辺境を覆う暗雲〕を完了しました[◆
◆]シリーズクエスト
〔辰星封印の入手〕を完了しました[◆
◆]ユニーククエスト
〔武侠の試練〕が解放されました[◆
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