125;辺境を覆う暗雲.19(姫七夕)
「おいおい、オレ抜きで楽しんでんじゃ無ぇよ」
現れるなり、フード男の背中を《バックスタッブ》による補正を追加した《クリティカルエッジ》で斬り裂いたスーマンさんは不敵に笑みながら、ですがフード男と対峙していた美人銃剣士さんと目が合うと、途端に怖い顔になりました。
「――って、何でお前がいんだよ!?」
返す刀とばかりに矢継ぎ早に剣戟を繰り出すスーマンさんですが、美人銃剣士さんは苦悶の表情を浮かべながらその連撃を悉く打ち弾きます。
「スーマン君! セヴンとレクシィを連れて離れてくれ! それだけで戦況は変わる!」
「スーマンさん! 今この時だけはその方は味方です!」
「ニコ、セヴン――」
「そういうことだからさっさと離れてくれないか? 須磨静山君」
「……ちっ」
舌打ちをして後退したスーマンさんですが、その背後には再三の《残像回避》により強襲を逃れたフード男が曲刀を振り上げていました。
《残像回避》というスキルは修得しているキャラクターのレベルにも依りますが、概ね3~8回の連続行使が出来、それを使い切ると十秒間の
ですから素早く身を翻して双剣を薙ぐスーマンさんの迎撃も空を切り――しかしスーマンさんも繰り出された
《魔術回避》はパッシブスキルですから身体性能頼みではありますが、本来躱しきれるものでは無い筈の起点発生系の魔術すらスーマンさんは獣じみた低い機動で搔い潜ります。
「漸く隙を見せたな――《
そしてスーマンさんの《スラッシュダンス》からの《デッドリーアサルト》のコンボの最後に曲刀での防御を見せたフード男に、美人銃剣士さんが銃へと切り替えた変形銃剣で六発の弾丸を撃ち出しました!
「が、ァ――――っ」
「じゃあな、誰だか知らないけど」
胴体の左側面に実弾と見紛う程の銃撃を浴び、堪らず膝を着いたフード男さん。その首筋を、ずぱりと紫色に照り返るスーマンさんの《クリティカルエッジ》が切り開きます。
音が迸るほどの赤い噴出――それごと光が包み、そしてフード男さんは分解されて消滅しました。死に戻ったのです。
「で? 誰を連れてどうするって? ――ってか、セヴンもしかして足痛めてんのか?」
「あ、その……」
ぼくは小さく頷きました。実は建物が倒壊した最初の爆撃の折、レクシィちゃんを抱えて庇いながら転がったことで左足首を捻挫してしまったようなのです。
ただの
無論、アイザックさんならば例え骨折や内臓破裂であっても治療出来るほどの回復アイテムを製作することも出来る筈ですが……こんな乱戦の中、そんなことを頼めるわけも無く。
ですからこの場から動くことも出来なかったのです。
「でも、この様子じゃもうそれも要らないみたいだな」
「はい……」
スーマンさんが美人銃剣士さんとの急造の連携でフード男さんを倒したおかげで、その美人銃剣士さんが連れてきた仲間たちに加勢したこと、そしてニコさんとリアナさんがぼくを庇わなくて良くなったこと、その二つの戦果を生み出したのです。
一気に傾いた戦況は覆ることなく――ぼくたちは勝利し、襲撃者である【
倒壊した家屋の跡――しかしそこに未だギリギリ形を残す、並ぶベッドの上には相変わらず再構築真っ最中の六人の肉体があります。そうです、【漆黒の猟犬】リーダーのビリーさんもまた、あのフード男の魔術によって焼死し、他の五人同様に拠点であるこのベッドの上に戻って来たのです。ビリーさんのベッドだけ、黒焦げた残骸ですけど。
「彼らの言葉が真実なら、あと一時間半は眠ったままだ。でも再構築が終われば封印を取り上げることが出来る」
「ログインしなけりゃ手ぇ出せ無いんじゃないか?」
「非ログイン状態にあるPCはそのプレイヤーの特徴を模倣したAIが自律して動かす。話しかけられないNPCみたいなものだけど、思い切り殴れば吹き飛ぶし、干渉自体は出来るんだよ」
「へぇ……」
そうです。ですから、再構築が完了して肉体が復活したなら、追剥チックではありますが懐から辰星封印を奪い取ってしまえばいいのです。
そしてそれまで事態を静観していたエルステン族の長、アルガイさんが漸くそこで前に出ました。
彼らにしてみても、【漆黒の猟犬】を抑えられた上に首謀者にも裏切られ、そして次々と新たに冒険者が現れる中でどうすれば良かったのか判らなかったのでしょう。ぼくがその立場でも、きっちりと判断して動けたかと問われれば首を横に振ります。
「封印を、返してくれるか」
「それは待ってください。そもそもまだ取り返したわけじゃありませんし」
ニコさんが強く返しました。ぼくも、確かにそれは都合が良過ぎると断じたでしょう。
アルガイ族長は納得しないものの、力押しでは勝てない相手を前に歯噛みしています。おそらく今ここにいる面々なら、この集落の部族全員を相手にしてもきっと勝ってしまう、そんな気がします。
「辺境伯は死んだ。事をここまで大きくしたんだ、封印を取り返すことより自分たちの身の振り方を考えた方がいいと思うが?」
そして美人銃剣士さんは再構築を待つ間、この辺境の地に降りかかった災厄とも言えるこの事件の顛末を語りました。
その最中、自動帰還機能によりリアナさんを追いかけて低速運転で戻って来た〈
この方はダーラカ王国に暗躍する暗殺者ギルド【砂の翁】の構成員の一人であり、イスティラス侯爵から依頼を受けるより前に諜報活動を行い、辺境伯が辰星封印を保有していることを突き止めて侯爵を
そもそも美人銃剣士さん――ミカさん、と名乗ってくれました――は【
「ってことはお前、やっぱオレの敵かよ」
「そういうことになるな」
一触即発の雰囲気を醸し出すスーマンさんとミカさん――ですがその間に割り込んだのはレクシィちゃんでした。
両手を広げてスーマンさんを庇うように、奥歯を指先を震わせながらも立ちはだかる彼女の姿に、ミカさんは呆れたような溜息を吐きました。
「……辺境伯令嬢に免じて、この場は鉾を収めよう」
「そうかよ。お前アレか? 権力には屈するタイプか?」
「煽っているのか? 大陸を駆け巡る立場上、国と揉め事を起こしたくないだけだ」
「だっせ」
「お前には判らんさ」
まるで水と油です――でも激しく振り乱れる時は乳化するように手を取り合う事の出来る、敵以上味方未満、というところでしょうか。
「――レクシィ」
バイクに未だ繋がれて身動きの取れない灰色髪の男の前でスーマンさんは、ゴーメンから取り出した刃がぼろぼろの〈フランベルジュ〉を取り出し、レクシィちゃんに柄を差し出します。
「時は来た」
「――っ」
レクシィちゃんの目が見開かれ、恐る恐る差し出した震える両手で〈フランベルジュ〉を受け取りました。
そして見開いたままの濁った双眸で、首を僅かに動かして灰色髪の男を見遣ります。
「レクシィ」
ですが激しくそして浅く繰り返される呼吸とは裏腹に少女の小さな身体は動きません。そんな彼女に投げられた言葉に振り向く彼女は、片膝を着くスーマンさんの真摯な表情を見詰めました。
「どうするかはお前が決めればいい。お前が決断した結果を誰が悪く言おうと、オレだけは絶対にそれを賞賛するし、世界に一人になろうともオレは絶対にお前の味方だ。何たってオレは、お前の復讐が終わるその時まではお前だけの騎士なんだからな」
「スー、マン……」
まるで、物語の中に彼と彼女の二人だけしかいないようでした。
ニコさんもリアナさんもアイザックさんも。
ミカさんもアニスさんもロレントさんも。
アルガイさんも、他の部族の方々も。
灰色の髪の男も。そして勿論、ぼくも。
誰もがその二人の遣り取りを見ていました。呼吸をする音、衣擦れの音すら立てるのを
でもそれは切り取られた絵画のように夕焼け空の下に映え、刃が毀れてガタガタな剣身が鋭い西日を強く照り返しています。
「……終わ、っちゃうの?」
「……」
「もし、わた、……わたしが……この人を殺したら、復讐、終わるの?」
「終わら無ぇよ」
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