130;武侠の試練-導入.04(姫七夕)
「……お前、何でここにいる?」
「随分不躾な物言いじゃないか。私だってかつてはここのギルドメンバーだったんだ――退会の挨拶がまだでね」
アリデッドさんの突き刺すような言葉をさらりと躱し、ぼくたちの喧騒を聞きつけて現れたジーナちゃんに軽く手を上げるミカさん。ジーナちゃんは目を見開いて驚愕の表情を顕わにしながらも、嬉しさも合わさった足取りでミカさんに駆け寄ります。
「ミカさん! どうしたんですか!?」
「ジーナ、久しぶり――ほら、ろくに挨拶もしないままクラン立ち上げたからさ」
クラン自体の立ち上げの申請は拠点を置く国に直接行う為、ギルドには国から通達がありそれを以て退会完了となってしまうのです。確かに、立ち上げた後にギルドを訪れてお別れの挨拶をする方は多いですが……え、ミカさんって【砂海の人魚亭】に所属していた、ってことですか???
「実を言うと、このギルドに所属したのはジュライを追うためだった。
「そう、なんですね……」
ジーナちゃんがぱたぱたと走って奥の方へと駆け込んでいきます。きっとエンツィオさんを呼びに行ったのでしょう。エンツィオさんはアイナリィちゃんとの話し合いの後でふらりと奥の方へと消えていきましたから。
その背中を見送ったミカさんは手近な樽を引き寄せて腰かけ、ぼくたち――いえ、正確にはアイナリィちゃんに向きます。
アリデッドさんとアイナリィちゃんは恐らくあの夜以来の遭遇ですからそれはもう当然警戒しまくりで立ち上がっています。そんな様子を不敵に笑みながら眺めるミカさんはふぅと煙を吐き出して煙草の火を灰皿ににじり消しては、揚々と言葉を紡ぐのです。
「辺境伯殺害の件でこの国の暗殺者ギルド【砂の翁】が関わっていたのは知っての通りだ。うちのクランで抱えていたイスティラス侯爵の周辺調査の結果、黒い繋がりがあることが判ってね……国を通して、【砂の翁】とやり合う予定なんだ」
「……それが、うちの【森の翁】と何の関係があんねん」
「大アリだよ――各国それぞれの暗殺者ギルド、王国の【砂の翁】、帝国の【雪の翁】、皇国の【森の翁】、連邦の【風の翁】は互いに連結し合っている。今回の一件で連中の動きを牽制できるとなれば、例えばそれに便乗していくつかの約束を取り付けることも出来るだろう」
「それがアイナリィの自由か?」
「いや? そんないち個人の問題は却って通らないさ。でも例えば、九曜封印に関わるななんて言う取り決めを持ち込めたとして、そのために抱えている冒険者を全て解放しろって言えたとしたら、結果的にはそこのお嬢さんの自由には繋がるだろ?」
「そんなことが可能なのか?」
「どうだか……暗殺者ギルドっていうのは国が黙認している必要悪だ。表向きには無いことになっているが、その実、国家も必要とあれば遣いを送るし、貴族だって繋がりを持っている者は多い。良くも悪くも政治に深く関わっている存在なんだよ。ただ、あくまでそれは裏の話しだ。表向きは存在しない――つまり暗殺者ギルドが何をしようが、本来は国は知ったこっちゃ無いってのが本音。そんなギルドなもんだから、それ自体が九曜封印を集め出したら堪ったものじゃ無いのさ」
「ああ、確かに……表向きは口出し出来ませんもんね」
「そう――だから逆に今回の事件で王国は【砂の翁】に対して秘密裏に交渉を持ちかけるつもりでいる。現国王がそもそも暗殺者ギルドに対して良く思っていないってこともあるんだが……九曜封印の確保についても牽制しておきたいのさ」
「で? オタクらもそれに噛んでるって見ていいのか?」
「噛もうとしている、ってところだよ、蜥蜴男君。うちの仲間には法に詳しい奴もいれば口達者な奴もいる……そこのセヴンとスーマンには話したかもしれないが、とにかくうちのクランは国に対してはいい関係性を持っておきたい。まぁ、向こうからすれば断罪されていい状況だ。どんな交渉だろうと、余程頭の悪い内容で無い限り飲むしか無いんだろうが……」
そこでミカさんはレクシィちゃんに視線を投げました。レクシィちゃんの手はまだスーマンさんの手の内にあり、一度自らの手を包むその手を見詰めた後で、レクシィちゃんは再びミカさんと視線を交わします。
スーマンさんはきっと怖い顔をしているんだろうなと思っていたぼくでしたが、そんなことはありませんでした。難しくも穏やかでも無い微妙に気の抜けた表情で、レクシィちゃんを見詰めるミカさんの顔をただただ眺めていました。
「……もう、辺境伯令嬢では無いんだってな。聞いたよ」
「あ……はい」
「ここはいいギルドだ。私も、少しの間だが所属していたんだ。だから、新たな人生のスタートを、ここなら気持ちよく切れると思う。いや……もう切っているのかも知れないが」
「はい……あの、……ありがとうございます」
「少しでも君の気持ちが晴れるよう、【砂の翁】に対しては強く出るつもりでいる。私たちが王国に口添え出来るかはまだ判らないけどな。ただ、出来ることならそうしたいと思っているよ。だから……君にも、祈っててもらえるとありがたい」
「……はい、分かりました」
柔和な笑みで顔を綻ばせたミカさんは、緊張しつつも真摯な表情で言葉を受け止め飲み込んだレクシィちゃんから目線を外し、その隣のスーマンさんに照準を合わせます。
交差する視線は互いに敵意など無く、ただただ次の機を展開を待っているだけの、不思議な色合いです。
「……〔武侠の試練〕は受けるのか?」
どうしてでしょうか――ミカさんはそれを、スーマンさんに訊ねました。そして彼が短く「そのつもりだよ」とだけ答えたのを受け取ると、短く嘆息し一度目を伏せてから更に続けます。
「だろうな。君たちが
「ダルク?」
「筋肉髭達磨、と言った方が早いか?」
「あ――っ!!」
見れば、アリデッドさんやアイナリィちゃんも戦々恐々とした表情になっています。
ぼくも覚えています――あの、不思議な格好をしたとてつもなく強い
「〔武侠の試練〕の最中にオレを排除しようって魂胆か?」
流石にこればかりはスーマンさんも怖い顔にならざるを得ません。そしてそんなスーマンさんの隣で、レクシィちゃんは彼の服の裾をきゅっと握っています。きっと不安なんだと思います。
「君は本当に、手を出しづらい存在になった。我々の理念上、君という存在はやはり看過できない。だが君に今手を出すと色々と厄介なことになる……だから時が来るまで大人しくしておけ」
「はぁ?」
「君の処断は当面後回しだ」
きょとんとするスーマンさん。アリデッドさんやアイナリィさん同様に、そうしながらも裏に何かあるんじゃないかと疑る表情です。
「でもそれって結局、最終的にはずんばらりんなんだろ?」
「どうだろうな……君は巷で話題になりつつある“死んでる勢”の中でも、唯一ゲーム中にそうなったプレイヤーだ」
「え、そうなの?」
「ああ。我々が把握している勢力の中に、君以外にそうだと言うプレイヤーはまだ確認されていない」
「へぇ……え、でも何? それがそうだとしたら何か変わるのか?」
「変わるかもしれない、という話だ。上も色々と頭を捻っている。期待はしないで貰いたいが、そもそも君は我々の討伐対象から外れる可能性だってある」
「……マジ?」
「大真面目な話だよ」
ミカさんの言葉を聞いて、レクシィちゃんがスーマンさんの裾を握る手の様子が“きゅ”から“ぎゅ”へと変わったのを、ぼくは見逃しませんでした。と言うかそもそも、レクシィちゃんはスーマンさんのことを知らないんじゃないでしょうか?
「あー、そうしてくれると大変ありがたいんだけどな」
「私が決めることじゃないからな。私に言わないでくれ」
「え、あんたがクランのリーダーじゃねぇの?」
「表向き、現場の統率という意味ではそうだ。だが結局私も雇われ――言ってしまえば我々クランの面々は全員そうだよ」
「はぁ? え、じゃあ何か? あの筋肉髭野郎を雇った奴がいるってことか?」
「おいおい、そんな奇特な奴がいるってのかよ」
「あかんわ、頭痛くなって来た……」
間髪入れず、スーマンさんに続いてアリデッドさんとアイナリィちゃんが言及します。その様子に顔を顰めながらミカさんは、大きな大きな溜息を吐きました。
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