123;辺境を覆う暗雲.17(姫七夕)

 アルガイ族長は逞しく大きな身体に見合った生命力を持っており、やじりに毒の塗られた矢を背中に受けたもののどうにか無事でした。

 エルステン族の祈祷師が来るより先にぼくが《リトルワード》と連結させた《傷塞ぐ風キュアストリーム》を施したことと、そして採取した毒を分析して作り上げたアイザックさんの即席の解毒剤により回復したアルガイ族長は、そして手を組んだ筈が裏切られたことを知り、匿っていた冒険者【漆黒の猟犬】の居場所へと案内してくれました。


 族長が住まう大きな建物の奥の部屋に並んだベッドの上に、今も未だ再構築を続けている肉体が五つ――そして今しがた起き上がったばかりのビリーさん。


「なっ!?」

「大人しくしろ」


 籠手ガントレットに包まれた屈強なターシャさんの腕が【漆黒の猟犬】のリーダー、ビリーさんの胸倉を掴み上げます。

 他の五人は自死したために再構築までの時間が長く、レクシィちゃんが目を突き刺したために殺されたビリーさんはいち早く復活できたようですが、ギリギリのタイミングでぼくたちが間に合ったことに驚きを隠し切れていない様子です。


「死に戻り直後の再度の死に戻り、特にその原因が自死となると――下手すれば三日から五日はログイン出来なくなるよね?」


 冷静な笑みを浮かべながらアイザックさんが追い詰めます。すでにその身体の自由は能力値ステータスでもパワーの指標である“強靭ボディ”に全振りしているターシャさんが抑え込むことで奪っています。


「いいかい? 冷静になって考えるんだ――どっちみち君はいる。ここで舌を嚙み切ったところで、君がログアウトしている間に辰星封印は俺たちが手に入れる」

「そういうことだ。あまり手間はかけたくない、さっさとその在処を吐いてもらおうか?」


 ぼくの隣で、まだ幼い手がぼくの手をぎゅぅっと握りました。レクシィちゃんは混濁した闇色の瞳でビリーさんを睨み付けています。

 堪らずぼくは彼女の小さい身体を抱き締めました。本当はもう一度、その手で彼の息の根を止めたいのだと思います。でもそうすればぼくたちに迷惑がかかることを知っていて、必死に抑えているんです。

 何と健気けなげで、何と悔しいのでしょうか。

 だからぼくも、抱き締めることで彼女が飛び出さないように必死で抑えます。力ではなく献身で――この行為を、そう受け取ってくれるかは判りませんが。


「……封印なら、アドニーが持っている」

「アドニー?」

「俺たちの仲間だ。今再構築中の……」

「封印とは持ち運べるものなのか? 適当なことを言って胡麻化そうとしてないか?」

「ほ、本当だっ! だがあと二時間はかかる……アドニーが復活したら封印はお前らに渡すっ」


「いヤそれじゃ困るんだよナ」


 誰もが振り返り――ベッドの傍に佇むその影に漸く気付きました。

 並ぶベッドの、ビリーさんを抑えつけているのとその隣との狭間で腕を組みちょびりと生え揃えた顎髭を撫でる、フードを被りあまつさえ目元を上半面マスクで隠す長身痩躯の冒険者――黒い外套の左肩には自らの所属を名乗り上げるように、肩当てに刻まれた“切”の一文字。


 入口にはエルステン族の戦士が二人立っていました。この部屋の中には族長のアルガイさんとぼくたち四人、そしてビリーさん――これだけの目と耳と意識が揃っているのに、その瞬間までぼくたちは彼の侵入に誰一人として気付かなかったのです。


「封印が持ち運べるもノだということは聞いていタ。でもそレが他の集団グループに渡っては困るんだよネ」

「あんたは誰だ――どうやってここまで来た?」


 ビリーさんを抑える手を緩めないままでターシャさんがドスを利かせます。ですが現れた黒い冒険者は全く動じないどころか、ターシャさんを一瞥すらせずに無視を決め込みます。


「【漆黒の猟犬】リーダー、ビリー。プレイヤー名、ウィリアム・ヘンダーソン――生者が我らクランの名を語ルとは何たル不届キ。クランの名誉と秩序に従イここに制裁を下ス」


 ちり、と大気の焦げる匂いがしました。直後アルガイさんが「逃げろ!」と叫び、それよりワンテンポ速くターシャさんがスキルを――


 どぁあん、と音。


 激しい衝撃にぼくはレクシィちゃんを抱えたまま吹き飛び、壁の木板と共にごろごろと土の上を転がります。

 その乱回転する視界の中で見たのは、焼けた空へと伸びる、その空をも激しく燃やし尽くすような業火の柱。


 ターシャさんが指定した領域からの離脱のみを封じるスキル《オフェンシブサークル》を咄嗟に使いフードの方の火の魔術を防ごうとしましたが、ほんの僅かに遅れ、爆発めいた衝撃に建物は破壊されてぼくたちは吹き飛ばされたのです。

 そして今なお立ち昇る火柱の標的はビリーさんでした。倒壊した建物の中心でその体は白く焼べられ、その炎は建材に移って炎上のフィールドを作っています。


「ターシャ、さん……」


 《オフェンシブサークル》は決闘のためのスキルです。使用者は領域の中にいなければいけません。

 ぼくとレクシィちゃん、そしてアイザックさんはギリギリその外側にいたお陰で爆風に吹き飛ばされただけで済みましたが、ターシャさんは……


「――全ク、流石はトップランカー、たダでは離脱しテくれないネ」


 全身から白い煙を浴びたフードの方が、ターシャさんが死に戻ったことで解除された領域から外に出ます。

 その煙の正体は恐らくですが、今際の際に《カレッジブラスト》を見舞ったものでは無いかと思います。

 ですがターシャさんの決死のカウンターも彼には決定的なダメージを与えることは出来ず――立ち上がったアイザックさんの表情がその悔しさを代弁しているようでした。


「待てよ、不審者」

「待ツも何も、何処にモ行きはしないヨ。あと二時間待タなきャならないからネ」

「俺たちがその間、何もしないとでも思っているのか?」

「そんナわけ無いダろう、勿論交戦になルとは思っているサ。でもアイザック、逆に訊クが俺が独リでここに来ていルと本気で思っテいるのカ?」

「何?」


 ざりざりと、建物跡を取り囲むように現れる、フード男同様に上半面マスクで目元を隠した五人の冒険者――その誰もが黒い外套の左肩に、“切”の文字を冠した肩当てを着けています。


「改めマして――クラン【七刀ナナツガタナ】傘下、【幽世の兵団ガイスターコープス】でス。辰星封印はいただキまス」


 告げ、すらりと腰の鞘から曲刀を抜きました。

 美麗な鍔に施された装飾やその中央に冠された赤い宝石は、その曲刀が魔術具であることも示唆しています。

 先程の火柱と言い、恐らくは魔術を中心に戦う剣士系アルマ――《宝剣士ラピスセイバー》だと思われます。


 ぼくたちの外側で円形の陣を敷いて取り囲む五人もまたそれぞれの得物を抜き放ち身構えます。

 戦斧を構える小柄な女の子は戦士系の《魔戦士ウォーザード》。

 槍を構える細身の男性はアリデッドさんと同じ槍兵系の《魔槍使いスティンガー》。

 片手剣に盾を構える男性はターシャさんと同じ騎士系の《聖騎士パラディン》。

 籠手とジャマダハルが合体したような剣籠手を両手に装備する女性は闘士系の《僧兵モンク》。

 両手にじゃらじゃらと宝石細工の腕輪を通し手には円月輪チャクラムで武装する男の子のアルマはよく判りません。

 恐らく、という推測の領域を出ませんが……ですがその装備している武器に施された魔力を底上げする魔術具加工やちらりと外套の下に見える装身具アクセサリーは魔術を絡めた戦闘を仄めかしています。つまり全員が近接戦闘と魔術とを併用する二次職セグンダで揃えた物魔パーティ、強敵必至です! 


 しかしそのパーティに取り囲まれたこちらの陣営は、防御の要である《聖騎士パラディン》のターシャさんを失い、残るは魔術専門で行使間隔の長い《呪言士インカンテイター》のぼくと、マジックアイテムの製作が専門の《錬金術士アルケミスト》であるアイザックさん、そしてこう言いたくは無いですが足手纏いにしかならないNPCのレクシィちゃん。

 一応、族長のアルガイさんやエルステン族の防人たちもいますが……NPCに任せっきりで切り抜けられるほど甘い相手では無いでしょう。エルステン族も辰星封印は欲しいでしょうからこの場に限っては共闘していただけるでしょうが……


 しかしそこに駆け付けたのは――ニコさんとリアナさん、そして。


「――【漆黒の猟犬】が【七刀ナナツガタナ】の参加だと言うのはガセか。だが

「どうして……?」


 ふー、と煙を吐き出して。煙草を足元に放り棄てて火を踏み消した金髪の美女銃剣士。

 その傍らには、その仲間と思われる三人の冒険者の姿。


「どうして? ――それが私たち【正義の鉄槌マレウス】の活動意義だからさ」

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