121;辺境を覆う暗雲.15(須磨静山/綾城ミシェル)

「何だコレめっちゃ楽しいじゃんか!」

「でしょ!?」


 リアナが展開した〈魔動二輪マナバイク〉に跨ったオレは両側に伸びたハンドルを握りアクセルをぶん回す。

 泥を跳ね上げながら回転する太い車輪タイヤは二足歩行の疾走を遥かに凌駕する速度で、逃げる灰色髪との距離を詰めていく。


 バイクになんて乗ったことは無い。ただ、VRゲームなら話は別だ。

 それにリアナの言う通り、ヴァーサスリアルのバイクの操縦は簡単で――ハンドルの位置が低く、体重移動しやすい作りになっている。車体も車輪タイヤも太めで安定感もあり、重量感が風を切る疾走感を倍増させている。


 クエストが終わったら〔武侠の試練〕に挑む予定ではいるけど、これを知ってしまったら〔軍人の矜持〕もいいなぁ、なんて――ま、今はこんな風に目移りしている場合じゃないな。


「――っ!」


 逃げる灰色髪は木と木の隙間を巧みにジグザグと進み、距離は詰まっているもののそのせいでなかなか到達は出来ない。

 また、その最中で身を翻しながら矢を放って来るもんだから堪ったもんじゃない。ただその矢はすごい精度の銃撃で後ろのリアナが落としてくれてるんだけど。


「あんたも大概凄いんだな」

「これくらいならスーマン君も直ぐに出来るようになるよ」


 うへぇ――何て言うか、ニコを筆頭に【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】の四人は何でもかんでも努力すれば出来ると思っているのがちょっと苦手だ。個々人の向き不向きは関係なく、修錬を積めばその分だけ必ず結果が訪れるってのを信じてる感じ。

 ただ、本当にいい奴らだって思う。

 病室のテレビとかニュースとか筐体の中の動画配信とかで見たことはあったけど……こんな風に一緒にやれてんのが凄ぇな、って……


「――っ!?」


 そして唐突にバイクチェイスは終わりを迎える。空から墜落するかって速度スピードで《イサリッククロス》を放ったニコが行く手を阻んだからだ。

 ちょうど開けた場所で、オレたちも〈魔動二輪マナバイク〉を急停止させて泥濘ぬかるみの上に降り立ち身構える。


「ふ、はは、ははははは……」


 灰色髪の男は笑った。挟撃の形で詰め寄るオレ達、観念したのかそれとも策があるのか。


「何笑ってんだよ」

「誰かと思えば、か――辺境伯の令嬢の?」

「あ?」

「とぼけるなよ。命を救った英雄様だ、大層おたのしみになったんじゃないか?」

「てめぇ――」

「スーマン君」


 ニコが制止の声を投げかける。いつもと変わらない、飄々とした声音だって言うのに、その奥に潜む凄みがヒリつくようだ。

 オレみたいに轟々と燃え盛るんじゃなく、内に内に込めて一気に爆発させるような裂帛。


「僕はニコ、【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】という冒険者パーティのリーダーをやらせてもらっている」

「そりゃあご丁寧にどうも……自分が名乗ればこちらも素性を明かすと思ったか? ご苦労様だな」

「いえ。それに、苦労をするのはここからで、そしてそれはあなたのことですから」

「ほぅ?」


 ぴろん――ニコの方から、メッセージを着信した通知音が鳴り響く。あの音、NPCにも聞こえているみたいだな。メッセージ画面も見えているらしい。


「――なるほど。封印を欲しているのはイスティラス侯爵か」

「!?」




   ◆




「全く――」


 吸い尽くした煙草を足元に放って踏み消した私は、今しがた全てを白状したウーリス・イスティラスに向けていた切っ先を下ろした。


『ミカァ? 制圧は無事完了よぉん♡』


 勝手に立ち上がるスクリーンチャット画面には、満面の笑みで今日もぴんと決まっている髭達磨ことダルクの姿。頼りにはなるが、はっきり言って鬱陶しい。


「そうか。こっちもあらかたの情報は聞き終えたところだ」

『おっけぇい♪ クラン【正義の鉄槌マレウス】の初仕事としては上出来じゃなぁい?』

「そうだな。しかもこれで、を一つ作れもした」

『貸しぃ? 誰にぃ?』

「後で話す」


 スクリーンチャット画面を閉じ、私は再び腰を抜かして大理石の床の上に醜態を晒すウーリスの恰幅の良い身体を見下ろした。


「イスティラス卿。我々もまた教皇からのお達しの通り、九曜封印を欲している。そのうちの一つ、貴方が愚かにも辺境から奪おうと目論んだ辰星封印の在処、教えてもらえるな?」

「ひ、ひぃっ! おし、おし、教えます! だかだかだからぁっ、命、いのちゅ、命だけはっ……」


 外套コートの内ポケットから煙草を取り出し咥えて火を点ける。現実とは全く違うが、この世界の煙草も味わい深い。何より魔力MPを回復できるのがいい。


「お待たせ~」

「ああ、来たか」

「うわぁミカちゃん、いくらゲームの中だからって仕事中に煙草は良くないんじゃない?」


 現れたチャラそうな優男――私たちがクランを立ち上げるより先に協力関係にある同士、ルメリオだ。

 レベルは58、アニマは確か《王冠ステマ》だったかな……アルマは呪術士ソーサラー系の二次職セグンダ、《幻術士イリュージョニスト》。巷では不遇と言われるこのアルマも、勿論使い方次第で何にでも化ける。特にルメリオの幻術を交えた尋問は最早拷問と言って差し支えないものの、対象に身体的な損傷ダメージを与えないのだから有用極まりない。


「しかし本当に、侯爵ともあろうお方がともすれば国家転覆の主犯とはねぇ」

「いいからさっさとしてくれ」

「はいは~い。じゃあウーリス卿、お手柔らかにお願いしますね?」


 尻を床に着けるウーリスに対ししゃがみ込んだルメリオは懐からいくつかの紙とペンを取り出した。呪符は詰問しながら作り上げるらしい。


「それでは先ずは宣誓してください。これから僕ちゃんのする質問に対し、嘘は吐かないこと。よろしいですか?」

「はひ、はい、嘘はちゅきません!」

「はい――さらさらさら、っと……それでは嘘を吐いたらこの呪符が卿の身体を焼き尽くしますからね? 痛いのが好きだったらどうぞご自由に詐欺って下さいね~」

「ひひ、ひぃぃいいっ!」


 ぺたり――ウーリスの額に呪符が貼り付けられる。


「質問その一――貴方、ウーリス・イスティラスは、辺境の地を手中に入れるためセルマ・ヴィルサリオ辺境伯の令嬢であるアレクサンドリア・ヴィルサリオとリューズナック・サルマン伯爵の婚儀を破談させる計画を企てた。いえす、おあ、のー?」

「そ、そそそそその通りでしゅっ!」


 呪符は反応しない――彼が口にした言葉は真実だと言うことだ。


「いいよいいよー、では次の質問。――貴方、ウーリス・イスティラスが企てた計画とは、婚儀のために辺境の地から王都へと向かうアレクサンドリア一行を襲撃し、その命を奪うことだった。いえす、おあ、のー?」

「はひぃぃぃいいいっ!」


 呪符は反応しない――どうやら今の叫びは肯定と認識されたらしい。


「はい次ー。――貴方、ウーリス・イスティラスはその襲撃のために、かねてより繋がりのあった暗殺ギルド【砂の翁】を使った。いえす、おあ、のー?」

「いえす! いえすいえすいえすいえすっ!」

「次ー。――貴方、ウーリス・イスティラスはしかし、辺境の地に九曜封印の一つが眠っていることを知り、そしてそれをどうにか手に入れたい冒険者集団をかどわかし、辺境伯邸襲撃までを計画して実行させた」

「そうでしゅ! ワタシでしゅ!」

「最終的には全ての罪を冒険者たちと、そして湿地帯に住まうエルステン族に被せるために諸々を動かし――辺境の地と九曜封印の一つを丸っと手に入れるつもりでいた」

「いええええす! いえええええええええす!!」

「……他に、隠していることは? ありますか?」


 ぶるぶると首を振る豚侯爵。しかしその瞬間、呪符に刻まれた呪印が激しく明滅し、豚が金切声を上げて転げ回った。


「いぎっ! あっ、あづっ、あづいぃっ!」

「ですから、最初に述べた通り――痛いのがお好きなようであればご自由に、と。隠していること、吐いてくれますよね?」

「吐きましゅ、吐きましゅ吐きましゅ吐きましゅ! 吐きましゅからぁ、この痛いの、痛くて熱いの止めて! 止めて止めて!」

「言えば、止まりますよー?」

「言います言います言います! かかか隠していたのは、しゅしゅしゅ襲撃の、熱いっ!」

「襲撃の、何ですかー?」

「しゅ襲撃の時にめめめ命じた! 万が一逃げられても破談になるように、はぶち破っておけと!」


 ダヅン


「びゅぼっ」


 呪符ごと額に風穴を空け、後頭部から血と脳漿とを床の大理石に盛大にぶちまけた豚がどさりと寝た。


「ミカさぁん? まだ尋問の途中だったんですけどぉ?」

「何、痛いだの熱いだの煩かったからな……止めてやろうと思ったんだ。優しいだろ?」

「あーもう……この手の後始末って割と面倒なんですけどー?」


 さて――後は【漆黒の猟犬】だ。ハズレかと思ったらとんだアタリを引かされた侯爵邸だが、侯爵は直接的には冒険者とは遣り取りしていない。

 巷で噂になりつつある“死んでる勢”と呼ばれる死者達――その筆頭であるロアが先日作り上げたクラン【七刀ナナツガタナ】……そこに【漆黒の猟犬】の名も連なっていると聞いたが、どうだろうな。


 まぁいい。手を結ぶこと自体は拒否されたが、これでニコたち【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】に貸しは作れた。

 このゲームがひた隠しにしている真相を突き止めるのは私たち【正義の鉄槌マレウス】だ。

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