120;辺境を覆う暗雲.14(ユーリ・ニコラエヴィチ/須磨静山)

「そうか……分かった、ありがとう。こっちはもう直ぐ着くところだよ」


 辺境伯領の方はもぬけの殻だった。なら、やっぱり彼ら【漆黒の猟犬】は湿地帯の方に拠点を移していたか、或いは元々そこが拠点だったか。


「OK、馬車を停めたら連絡する。そこで合流と行こう」


 通話を終え、スクリーンチャット画面を僕は閉じた。

 いつもの様子でターシャが僕の顔を覗き込んで来る。


「何?」

「ううん? ただ、やけに入れ込んでるなぁ、って」

「入れ込んでる?」


 くすりと笑みながらターシャが続ける。


「兄さん、他人にあまり興味を持たないけど、その分好んだ人には尽くすタイプだもんね。スーマン? それともセヴン?」


 その二人のうちどちらだと問われれば、ぼくは彼だよと答える。セヴンのあのトリックには度肝を抜かれたけれど、スーマン君の狂気は目を見張るものがある。あのアリデッドが託すわけだ、中々に面白い。

 危うくて、脆いのに、強くて深い。

 彼のアニマのように、身を心を魂を焦がすほどに一層燃え上がる――命を焼べるような焔。


「……もしも彼が“死んでる勢”じゃ無かったら、あれ程の焔になっていたかな?」

「えっ?」

「ごめん、独り言――あ、今のうちに連絡しておこう」


 告げて僕はシステムメニューからメッセージの送受信を選択し、そしてもう何度もやり取りをしている彼女に返事をしたためた。



 ぴろん



◆]ミカ:後悔するわよ?[◆



「返信早いなぁ」

「先方は何て?」

「後悔するぞ、って。もうすぐ脅しの域だよね」

「蹴っちゃうの?」


 残念そうになんて素振りは一切見せずに、ターシャは僕の前でだけ見せる幼さを表情に湛える。


「いつも通りだよ。スポンサー契約はしても、あくまでするのは宣伝。企業へのそれ以上の協力はしないし、政治的宗教的個人的な思想には与さない」


 うんうんと頷くターシャ。


「縛られないままで繋がれる――僕はいつだって、しがらみじゃない絆が欲しいんだ。解るだろ?」


 ターシャはにこやかな顔で「そうね」と零した。


「【正義の鉄槌マレウス】のやりたいことは理解出来るよ。でも、僕がそっち側に立つことは無い――アリデッド、怒るだろうしね」

「あはは、きっと殺しに来るわ」

「うん、ここで殺した後で現実リアルでも、ね」

「ニコ、ターシャ、そろそろだ。馬車を停めるぞ、準備はどうだ?」


 御者役を代わりに務めていたアイザックから合図が来る。

 僕達は頷きを返して、そしてスーマン君にゴーサインを送る。

 スーマン君達三人が合流したのはその直後のことだった。




   ◆




 オレを包む紅蓮の炎は消えたって言うのに、煮えくり返ったはらわたは熱いままで冷めやがらない。

 《原型変異レネゲイドシフト》の使いどころを間違えた気もするが、ここからはニコたちと再び合流だ。下手に前に出ると足を引っ張りかねない。だからオレとセヴンは全力でレクシィを守る――そう考えての発言だってのに、ニコはあっさりとそれを一蹴した。


「前衛は僕とスーマンのツートップ。その後ろにターシャ、セヴン、レクシィ、後衛にアイザックとリアナの布陣で行こう」

「いやいやニコ、【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】の戦陣にオレが入ったら乱れるだろ。オレ、連携なんか出来ないぞ?」

「大丈夫だよ、スーマン君。急造のチームでもそれなりの形には出来るさ」

「それなりって……」

「それとも君は、ターシャよりも確実にレクシィを守れる自信でもあるのかな?」

「それは……無ぇ、けど……」


 そしてニコは誰しもを安心させるような笑みでオレの肩にぽんと手を置く。


「しゃっちょこばるなよ。期待はして無いさ――寧ろ特訓の続きだと思ってくれるくらいで丁度いい」


 後ろに控えるレクシィに聞こえないよう声を小さくしてくれたのはありがたい。でも、その言葉はオレの中の炎をさらに燃え上がらせた。


「――そんな風に悔しがるならさ、物語をちゃんと演じれるくらいには死に物狂いになってよね」

「それは、」

「僕と肩を並べて戦うにはまだまだだってこと。狂気に染まり切ったくらいで漸く、僕の足元かな」

「……ああ、分かってるよ」


 足りない。煽ってくれているのはよく判る、本当にこいつはいいヤツだ。心の底から足元にも及ばないなって思う。

 でも、足りない。まだまだ足りない――お姫様の目の前だってのに無様に醜態晒して足掻くくらいがいい。

 もっともっと熱くなって、燃え上がって――意地汚く生き延びてやる。


「レクシィ」

「……何?」


 振り返らないまま、前を見据えたままでオレは後方へと声を投げる。

 低みから黒く濁った視線が背中に突き刺さるのがよく判る。


「騎士としてあるまじき無様な姿を晒すけどよ、ちゃんとお前を届けてやる。だから――絶対に何処にも行くなよ」

「……うん、分かった」

「よし――行くか!」


 そしてオレたちは前進する。

 見据える先には程よくぬかるんだ土壌の上に建つ何とも粗末な小屋の数々。そして簡素な衣服に身を包んだエルステン族が彼らの日常を営んでいる。


 ざり――短く生えた草を踏んだ音が、そんな彼らの目をオレたちの方へと向けた。手前側にいた防人たちが槍を手に身構え、その中の一人が奥へと駆けていく。


「スーマン君。もう一度釘を刺すけど、あくまで先ずは対話だ」

「分ぁってるよ」

「戦わないに越したことは無い。問答無用で叩くのは、問答無用で叩いて来てからだ」

「分ぁってるって」


 そのまま前進を続けるオレたちはやがて、交戦距離にまで達した。


「止まれ。お前たちは誰だ」

「エルステン族の集落に何用だ」

「伺いたいことがあります。ここに、【漆黒の猟犬】という冒険者はいますか?」


 顔を見合わせず、目線だけで遣り取りをする防人たち。


「彼らに何用だ」

「我らの英雄からは冒険者を通すなと言われている」

「ちなみにあなた方はどこまで知っているのですか? 彼らがこの先の辺境伯領に侵略行為を働いたことは?」

「侵略?」

「待て!」


 大きく通る声がびりびりと大気を震わせた。ずしずしと、同じ部族の恰好をしているというのに一際逞しい巨漢が奥からやって来る。


「儂が話す」

「僕はニコ。あなたは?」

「この氏族を束ねる長のアルガイだ。お前たちは【漆黒の猟犬】を捕らえに来たのか?」

「そうなるな」

「スーマン君、交渉役は僕で君じゃない――彼の言葉の通りだ。僕たちの後ろにいるのは辺境伯令嬢。【漆黒の猟犬】はあなた方と手を組み、彼女の父親であるセルマ・ヴィルサリオ辺境伯とその家族、辺境伯に仕えていた者たちを皆殺しにし、そして大切な宝を奪った。相違ないか?」

「……宝とは、辰星封印か?」


 巨漢の目が鋭くぎらつく。


「相違ない、ということでいいですか?」

「待て。我らからすれば先に侵略を働いたのはヴィルサリオだ」

「それは?」

「封印されているのは我ら氏族の神。貴様らダーラカの民が我らから尊い神を奪ったのだ。それ以来、我々は神の声を聴くことも、託宣を賜ることも出来なくなった」

「それで【漆黒の猟犬】に手を貸したのか?」

「【漆黒の猟犬】に? 違うな。我ら氏族が手を組んだのは――ァッ!」


 ひゅん、と音がし、続いてどしゃりと巨漢が泥の上に膝を着いた。手も着いて支える身体の背中には矢が刺さっている。

 その遥か奥を見遣れば、部族の者たちとは違う、オレたち寄りの恰好をした――冒険者が弓を構えて立っていた。


 灰色の髪を後ろに流し、固めた香油が夕暮れ近い陽射しを照り返す――アイツだ。あの夜、洞窟で唯一取り逃した……


「族長!」

「族長! おい、祈祷師を呼べ!」

「ぐ、ぅ――」

「どうやら、部族も本質的には――踊らされていただけのようだね」

「ああ、それっぽいな……追うぞ!」


 灰色髪の男は木々の生い茂る向こう側へと走って行く。確実に何らかの罠がありそうだが、今はアイツしか手掛かりが無い。


「ターシャ、セヴン、レクシィ、アイザックは残留! 【漆黒の猟犬】の捜索と確保を頼む。リアナは僕たちと!」

「ラジャー!」

「気を付けろよ!」


 合流した直後だってのにまた分断……本当、忙しいクエストだよ。忙しい上にこの上なく腹が立つ。


「スーマン君、僕は空から先行する。君はリアナと一緒に〈魔動二輪マナバイク〉で」

「分かった」

「ちなみにスーマン君、バイクって運転できる? 大丈夫、現実リアルより超簡単だからっ」

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