116;辺境を覆う暗雲.10(須磨静山)

 システムからの刺客である十体の黒尽くめ達を切り抜けた後は、夜行性の獰猛な沼地の獣スワンプビーストの群れが襲い掛かって来たくらいで、オレたちは予定通り明け方に難なく辺境伯領に踏み入った。

 領内は流石に魔物を遠ざける仕掛けが働き、踏み固められた交易路に着くとやがて穏やかな街並みが見えてきて、午前9時には辺境伯のお屋敷の前に辿り着いた。


「お待ちしておりました」


 執事と思わしき初老の男性が出迎え、オレたちはレクシィを伴って降りる。御者は馬車を停められる場所を教えてもらい、そこで馬たちの世話や馬車の点検などをするらしい。


 レクシィは降り立った傍からセヴンの袖をきゅっと握り、離れようとしない。

 仲睦まじいもんだな――まぁ、それだけじゃない何かがあるんだろうけど。


 湿地帯で着いた泥や衣服の汚れを出来る限り落とし、それから通された客間でオレたちはソファに座り辺境伯を待った。

 レクシィは使用人に連れられて行ってしまった。そして入れ違うように現れたのがセルマ・ヴィルサリオ――この辺境の地を統治する辺境伯だ。


 懇切丁寧、って言葉通りに頭を下げられ、盛大にも程がある謝辞をもらう。無論それだけでなく、手厚くもてなしてくれるらしい――それもそうか、大事な娘さんを取り返したんだからな。


「どうぞ、我が家だと思って寛いで下さい。そうだ! 庭をご覧いただきましょう。ヴィンセント、冒険者様たちを庭へ」


 恭しく頭を下げた、オレ達を出迎えてくれた執事が「どうぞこちらへ」と先導する。

 正直、庭なんて見ても何が楽しいのかオレにはさっぱりだと思うんだけど……そんな顔をしていると後ろからセヴンに小突かれた。


「ヴィルサリオ家では四季毎の庭を用意しております。今の時期ですと、これからご案内する夏の庭の向日葵ひまわり畑が見頃かと」


 そして案内された夏の庭――見渡す限りの黄金が揺れ、オレの目を奪った。

 正直、ここまでのものかと――隣を見れば、セヴンやニコたちも同じだった。


「これは……凄いですね」


 ニコが感嘆の声を漏らす。執事はにこやかに笑み、湿地帯の栄養豊富な土を輸送してこうして砂漠のど真ん中にこれだけの庭園を作り上げたのだと自慢げに語った。


「すると、定期的に湿地帯へ踏み入れる冒険者を抱えている、ということですか?」

「その通りです。ですが彼らは――」


 レクシィの婚儀に向けて王都へと向かったまま、遂には帰って来なかった。

 ただ、その話を聞いて怪訝な顔をしたのはセヴンだ。しかしそこで口に出さないあたり、何か思うところでもあるのだろうか。

 庭を堪能し、昼食までの時間フリーとなったオレたちは許される範囲で邸宅の中をあちこちと見て回ることにした。そこでオレは、人気の無い廊下でセヴンに訊いてみる。


「セヴン、さっきの執事の話で変な顔してたよな?」

「え、お顔に出てしまってましたか?」


 セヴンが疑問を抱いたというのは、その帰って来なかったお抱えの冒険者のことだった。

 と言うのも、このヴァーサスリアルの世界において、NPCに冒険者を生業とする者はいないと言うのだ。全ての冒険者は悉く皆PCであり、つまり旅路の途中で死んだとしても拠点先に“死に戻る”――ってことは?


「じゃあ、何で帰って来ないんだ?」

「……もしかしたら、という程度の推測ですが」


 レクシィを襲撃した賊――その内通者として、あの冒険者たちは暗躍していたのかもしれない。

 そう吐き切ったセヴンの言葉を聞いて、オレは無性に腹が立って仕方が無かった。

 理由は定かじゃ無い、目的だって判らない。それでも、それが本当なら――


「レクシィに訊かなきゃな」

「あまり、問い詰めたく無いですけど……」

「気持ちは分かる。でも、残念なことに


 そう――レクシィをこの邸宅に届けるだけなら、すでにクエストの情報画面に“依頼完了”の文字が出ている筈。そもそも、それだけならこんな剣呑としたタイトル着いて無いって話だ。だから、寧ろここからなんだろう。

 だが、他のPCがしでかしたことをどうにか解決するようなクエストなんてのが在り得るのか――そう思った途端、アリデッドやアイナリィたちとの出遭いが脳裏に蘇った。


 ああ、そう言えばそうだった。

 アリデッドやアイナリィたちも、オレがしでかしたことを受けてそれを阻むためのクエストに巻き込まれたんだった。

 もしかして、巻き込まれ系のクエストって全部そうなのか? 他のPCの尻ぬぐいなのか? だからこのゲームは割と悪いことでも何でも出来るのか? ――疑問は尽きない。でも今はそれを問うタイミングじゃない。


「――レクシィ、いいか?」


 使用人に案内された先のドアをノックする。返事は無い。


「いないのか?」

「そうかも知れないですね」

「お客様方、アレクサンドリア様に御用でしたら、お昼にはお会いできますから」

「そうですね、ありがとうございます」


 使用人は頭を下げて廊下を去って行く。オレはその背中を見詰め、聞こえないよう小さく舌打ちした。


「セヴン……もしかしたら妄想に過ぎないかもしれないオレの話、聞いてくれるか?」

「えっと……何となくぼくも同じことを考えていると思いますけど……答え合わせ、しましょうか」


 クソ……アイナリィがここにいれば……だがいない奴には頼れない。

 同じ結論に至ったことを確認し終えたオレ達は急いでニコ達と合流し、人気の無い庭園でこれからのことを話し合う。

 ニコたちは信じられないと言った顔で逡巡していたが、しかしその可能性もあり得ると飲み込んでくれた。


 そして正午――オレ達は食堂へと招かれた。


「うわぁ……凄い」


 豪勢にも程がある、長いテーブルに並べられた食事の数々。とてもじゃ無いが食べられない程の数を用意するのは貴族の余裕を見せつけるためだと聞いたことがある。

 席に用意された食器も見事だ。何と銀じゃなく金。いや純金かどうかは目利きできないけど。でも料理を載せた皿も一目で値打ちものだって判る。

 セルマさんの隣に座るレクシィはとても涼しい顔をしている。髪も結わって貰い、着ているのもギルドが貸し与えた旅装じゃなくお嬢様然とした衣服だ。様になっていると思う。


「それでは、我が愛娘アレクサンドリアを連れ戻してくれた冒険者様達の勇姿に乾杯!」


 杯を掲げて音頭を取るセルマさん。そしてオレ達は並んだご馳走に舌鼓を打ち――やがて、倒れた。


「……おい、どうだ?」

「ああ、よく眠っているようだ」


 バリバリと変装を解く音が聞こえる。それと共に、案の定なことを言いふらす全く不愉快な声も。


「こいつらはどうするんだ?」

「ああ――冒険者だ。死に戻られたら堪らんからな、縛って適度に生かしながら監禁するに限る」

「だな」


 そして突っ伏した身体に近付き、腕を取り上げる――そこでオレはそいつの腕を逆に取り、テーブルに身体ごと押し付けてやった。


「なっ!?」

「何故起きてる!? 毒が効かなかったのか!?」

「いや、現在進行形で効いてるよ」


 料理に毒が盛られているだろうとは思っていた。だが食べなきゃ話が進まないだろう。

 でも、誰がどの料理を食べるかは判らない――おそらくは盛られていたのは食器だ。銀じゃ無かったのは毒を塗ることで変色しバレるのを防ぐためだろう。と言えば毒味役として絶大な信頼を得ていたらしいし。


「ただ、オレも結構な毒使いでさ。ちょうど切らしていたから出発前に仕入れたところだったんだよね」


 オレに続き、むくりむくりと起き上がるパーティメンバー。信じられないと言った様相でセルマさん男が狼狽する。


「ど、どういうことだ!?」

「あー、解説が必要か? 言ってやるよ――原料の違いで、同じ効用を持つ毒でも地域によって微妙に異なるんだよね。でもこの国に流通する一般的に入手できる弛緩毒は限られてる。冒険者だ、死に戻られたく無いから致死毒は使わないだろうし、弛緩毒なら魔獣の捕獲やらで一般的にも入手しやすいからな」

「つまり、君たちと彼が購入した毒は一緒だ、ってことだよ」


 オレが仕入れた毒を元に錬金術で解毒剤を作ってくれたアイザックが自慢げに結んだ。ぶっちゃけ時間はギリギリだったけど、相手が冒険者で助かった。何せ、そうじゃなかったらここまでの策は思い付かなかったからな。


「そこにいるのもレクシィじゃ無いんだよな? どこにやった?」

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