117;辺境を覆う暗雲.11(姫七夕)
「そこにいるのもレクシィじゃ無いんだよな? どこにやった?」
スーマンさんがドスを利かせた声で問い詰めます。執事の振りをしていた賊の一人はそのスーマンさんに押さえ付けられ、テーブルに苦悶の声を漏らしています。
このヴァスリに存在する冒険者はPCしかいません。NPCは冒険者になることが出来ず、そして“死に戻り”が許されるのは冒険者であるPCだけなのです。
もしかしたら賊の皆さんはこの事実を知らなかったのかも知れませんが、庭園を案内してくれた時に執事さんがうっかり口走った言葉がヒントとなり、ぼくたちはこの事件のおおまかなあらましに気付くことが出来たのです。
勿論、レクシィちゃんがそこにいないことも百も承知です。使用人さんやセルマさんが彼女の愛称ではなく本名を告げたからです。
レクシィちゃんは、親しい人からは愛称で呼ばれていることを話してくれました。流石に家族や自宅の使用人と親しくないわけがありません。
「……ふっ、言うわけが無いだろ」
セルマさんの振りをしていた男が嘲る顔で笑みました。おそらくレクシィちゃんという人質がいる以上、ぼくたちが攻勢には出られないと踏んでいるのだと思います。
加えて、多勢に無勢――何せこの邸宅に存在する人達は皆、彼らの手の者だと考えると、その余裕も頷けます。でも直ぐに吠え面掻くことになると思いますけど。
ぴろん――ほら、来ました。
◆]Riana:I found her.[◆
「……セヴン、何て?」
「レクシィちゃん、見つかったようです」
賊の男が目を見開きました。ほらね、吠え面掻いたでしょ?
「ななな、何で――」
ふふん、とまたしてもアイザックさんが自慢げに長い髪を掻き上げました。
「おいおい、よく目を凝らして見てみろよ。本当にここに、俺たち全員が揃っているように見えるのか?」
賊達が身動ぎしますがアイザックさんの言葉の意味が判らないようです。なのでアイザックさんは指をぱちんと鳴らしました。するとその隣に立っていたリアナさんの姿がぶわんと消えます。
「な――っ!?」
「魔動装置、超高精巧幻覚発生機――現代で言う
アイザックさんの手にふよふよと浮かぶ銀色の球体が舞い戻りました。リアナさんの幻影はあの魔動装置によって投影されていたのです。魔動機械、恐るべし――です。
「あと他に種明かしが必要なことは? もう無いかな? 無ければ反撃と行きたいんだけど……」
「――クソがっ!」
セルマさんに扮していた賊は剣を抜き――彼も一応は冒険者なのですから、ニコさん達がどういう人達かは判っている筈ですが……――それを合図に、ぼくたちを取り囲んでいた使用人たちも変装を解いてそれぞれ得物を抜きました。
「ああー、こいつらが噂の敵性部族か?」
「そうみたいですね」
賊である冒険者はスーマンさんに取り押さえられている男も含めて四人。それ以外は皆、見慣れない独特な衣服と仮面で身体を覆っています。聞いていた湿地帯に住まう敵性部族の特徴と合致します。
「んで? どっちが黒幕だ?」
「スーマン君、関係ないよ。ただ冒険者は殺さないように気を付けないと……死に戻られたら厄介だ」
「ああ、解ってる――行くぜ!」
戦いの火蓋が切って落とされました。敵性部族のレベル帯は50~60と格上です。それを束ねる冒険者たちはそれより上なのでしょう。しかし一人足りないとは言え【
いくら多勢に無勢でも、ぼくたち五人の敵にはなり得ませんでした。
「ぐぅっ!?」
「どうよ、お前たちがオレたちに使おうとした毒の味は?」
スーマンさんは刃に塗りたくった毒で次々と冒険者たちを無力化して行きます。あの弛緩毒にやられると全身の筋肉から力が抜けて動けなくなりますから、舌を噛み切って自害することも出来ません。
「《イサリッククロス》!」
「《カレッジブラスト》!」
「《ダークマター》!」
トッププレイヤーたちも容赦しません。冒険者たちはぼくたちに任せ、敵性部族たちを次々と屠って行きます。彼らはどうやら潜伏していたようで、やられた傍から新たにこの食堂に馳せ参じますが、それにしても【
「《リトルワード》――《
部屋にしては広い程度の食堂です。やはりぼくの
足元から湧き上がった水流が冒険者の一人を天井へと激突させ、そして大理石の床に墜落したことで気絶しました。
「うらぁっ!」
「ぎひぃっ!」
そして最後の一人をスーマンさんが毒の刃で斬り付け――ヴィルサリオ辺境伯の邸宅での交戦は幕を閉じました。
◆
「よし、と――これで全員か?」
五人の冒険者を縛り上げ、また敵性部族の生き残っている方々も縛り上げて拘束します。
念のため、補充した弛緩毒でスーマンさんが小さな切創をこさえながら作業を進めたので、実はピンピンしてて反撃に遭う、なんてことも無く全員を無力化させました。
「お待たせ」
そして二階からレクシィちゃんを保護したリアナさんが降りてきました。良かった、レクシィちゃんは無事みたいです。
「首謀者である冒険者の一人が人質に取ってた。上で縛って寝かせてる」
「リアナ、ありがとう」
そう言えばニコさんとリアナさんは兄妹なんですよね。――あ、違う違う。妹はターシャさんでした。でもリアナさんの方がニコさんの妹みたいに見えます。お二人はとても似ているんですよね、お顔の造形が。
そう言えば、台湾にいるぼくの妹は元気でしょうか?
「ねぇ……お父さんは?」
レクシィちゃんはとても不安げな表情です。
それもその筈――彼女の家族にまで、冒険者は変装していたのでした。執事も使用人も、湿地帯の敵性部族がその役を替わっていたのです。
そして彼らはまだ見つかっていません。とても嫌な予感しかしませんが、幸い首謀者である冒険者たちは無力化しただけです。情報はこれから聞き出します。
「しかし……セヴンちゃんやスーマン君が気付かなかったら僕たちも危なかった」
「そうだな。よく気付いたよ、でもどうして気付けたんだ?」
「はい――」
種明かしをすれば、死に戻りで復活できる冒険者が帰って来ていない、というのが変だと思ったのが一番なのですが、加えてぼくとスーマンさんをレクシィちゃんの部屋へと案内してくれた使用人さんはレクシィちゃんのことを“アレクサンドリア様”と言っていたから、というだけのことでした。
レクシィちゃんは出発前夜、自分のことを愛称で呼んで欲しい旨と、そして親しい人は皆そう呼ぶという情報を言ってくれていました。
流石に客人の前では本名で呼ぶという可能性はあったのですが、しかし不穏な空気は漂っていましたし、杞憂で終わっていてくれれば良かったのですが……真相は、ぼくたちの予想した残酷なものでした。
そして解毒して再び話せるようになった冒険者にぼくたちは尋問を開始します。
正直、舌を噛み切られるとそこで
結論から言えば――レクシィちゃんは、孤児になりました。
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