115;辺境を覆う暗雲.09(姫七夕)
「“
「おいおい、ゴツ過ぎるだろ。“
「いやいやセヴンは台湾人だぞ? 何で日本神話雑じって来るんだよ」
レクシィちゃんが眠りに就き、休憩時間となったニコさんも
ぼくはどう入って行けばいいのか判らず、取り敢えず事態を静観して苦笑いするばかりです。
『会敵、交戦準備!』
「おっと――ターシャ、セヴンちゃん、出番だぜ」
リアナさんからの報告を受けて馬車が速度を緩めます。ぼくとターシャさんも立ち上がり、停車した馬車から湿り気を帯びた土の上に降り立ちました。
「気を付けて。今度は闇堕ちした冒険者か賊か……人間型よ」
前方のリアナさんと合流したぼくたちは頷いて散開します。
しかしぼくの肩をぽんと叩いたスーマンさんが、ぼくを追い越して前に出ます。
「あれ、多分オレ目当てだな」
リアナさんが発見した敵の数は十体。夜の闇に溶け込む様な黒尽くめの衣装で、それぞれ手に持つ得物が異なっています。
スーマンさんは“死んでる勢”となった後から、あんな風に毎晩システムの刺客と思わしき襲撃を受けているのだとか。
「でも、スーマンさんは今の時間は休憩ですよ?」
「オレはログアウト出来ないからな。それに最近、あいつらのせいでどうも夜型になっちまった。目が冴えて眠れねぇんだよ」
加えて、ニコさんから言い渡された宿題を消化しておきたいという意向もあるようで、結局ターシャさんが馬車の付近で警戒し、前線にはぼくとスーマンさんの二人が立つことになりました。リアナさんは後方からの支援です。
「さぁて――行きますか!」
吼えたと同時に、スーマンさんの頭上に《バーサーク》の文字列と、次いで[狂化]というステータスの文字列が
「がぁぁぁぁああああああああ!!」
迎え撃つつもりは全くありません――寧ろ飛び込んで滅多切りにする勢いです。ですが、その動きはこれまでのスーマンさんから一新されて、ぶっちゃけて言うとよく解りません。ただ、何かが違うのです、でも何が違うのかまでは――
「面白いね」
「ニコさん」
「獣じみた動きの中に、ちゃんと考えられて練られた動きが見える。変わりつつあるものは何でもそうだけど、その過程を見るのは楽しいね」
「その……ぼくにはよく判らないんですけど……何処が違うんでしょうか?」
「まだ発展途上だから巧くは無いけど……」
腕を組み眺めるニコさんが解説を始めます。
「先ず――二刀流の運用が変わった。これまでの彼は両手を使っていかに攻撃の手を休めないか、を根幹に剣を振るっていた。でもそれって言ってしまえば単純にただ速く動けばいいことなんだよ。それを覚えた彼は今、どうすれば確実に攻撃を入れられるかを念頭に置いてる。だからほら――」
見ると、ちょうど黒尽くめの一人に対してスーマンさんが交差させて振り上げた双剣を振り下ろそうとして――それを防御するために槍を縦に構えた黒尽くめに対し、思い切り前蹴りを喰らわせたところでした。
「そう――両手に剣を構えているからって、別にそれを使わなくてもいい。人は武器を構えると、何故かそれを使わなければいけないと思いがちなんだよ、そして対峙した人間はその構えた武器で攻撃されると思ってしまう。あんな風に振り被られた剣が来ると思ってそれを防ぐ形を取ったところに、意識の死角を衝いた蹴りが来たら普通は避けられない。そして避けられずに喰らったら体勢が崩れるから、そこに――」
たたらを踏んで後退した黒尽くめの
雄牛の角のように双剣を前に突き進むスーマンさんの突撃は
「スキルのいいところは、使用した瞬間に体勢を無視してスキルの形になるところ。強撃を入れてこちらも体勢が崩れていても、あんな風に無理矢理体勢を整えられるってことだよ」
「おお……」
「ただ、まだまだ繋ぎが甘いね、ぎこちない。まぁさっきの今だからしょうがないけど……」
「わわっ!」
気が付けば三体の敵に囲まれてしまったスーマンさん。ですが軽やかにステップを刻んで敵を翻弄し、その囲いの中から無傷で抜け出します。
「今のは巧いね。ステップと身体の向きでフェイントを入れたんだよ。確か彼はバスケットボールをやってたんだっけ?」
「確か、そうだったと思います」
「今の斬り付けも虚を衝けている。普通斬り下ろしって言うのは身体が沈む時にやるだろ? 逆に身体が浮かび上がる時には斬り上げるもんだ。でも今の彼は全く逆の動きをしていたよね? ああやってリズムをずらされると受ける方は堪ったもんじゃない。何せ受ける身体の用意が出来ていないからね」
「へぇ……」
「《バーサーク》ってのは思ったほど狂暴化するわけじゃない。ちょっと視野は狭くなるけど……でも[狂化]を得ていながらあれだけの試行錯誤が出来るのは才能かな?」
そして、五体目の黒尽くめをスーマンさんが斬り屠りました。
「ただやっぱり、貰い過ぎだな。それは《バーサーク》の弊害だからしょうがないとして……セヴン、そろそろ加勢してあげて」
「あ、はい、分かりました」
ぼくは頷き、そして腰の〈ブックホルダー〉から魔導書を取り出し、《ブックガード》で目の前に浮かべます。
《ブックガード》はその名の通り、魔導書そのものを盾として運用する
でも、このスキルの真骨頂はそこじゃないんです。
魔導書という武器は、手に持っている状態じゃないとステータス上昇の恩恵を受けることが出来ません。
腰の〈ブックホルダー〉に入れて携帯している状態だと補正がかからないんです。
でも《ブックガード》は違います。宙に浮いて固定された状態ではありますが、あくまでこれは装備状態――手に持っている状態として見做されるのです。
それはつまり、魔導書のステータス上昇の恩恵を受けながら、同時に両手が空くということを指します。
ですがこの状態で異なる魔導書を持っても、魔導書のステータス上昇は重複しないので意味はありません。
ですから、ぼくはここで両手それぞれに術具の一つである“ペン”を握るのです。右手にはジュライと一緒に手に入れた〈
《ブックガード》を適用した魔導書は閉じた状態でしか浮かせられないのですが、殆どの
そしてぼくが覚えているのは
「行きます――」
すぅ、と息を吸い込み、詠唱を始めます。
それと同時に、右手と左手のそれぞれのペンを空中に奔らせ、ペン先から溢れたマナが左右で異なる図形を描いていきます。
まる、さんかく、しかく。
まる、さんかく、しかく。
ばってん、ばってん、ちょんちょんばってん。
なみなみ、しかく、さんかく、ばってん。
そしてペンを奔らせて図形を描くことで行使する
「えっと……え? セヴンちゃん、何をしてるの?」
「え、ニコさっきの見て無かったの?」
「いや……スーマン君に集中してて……」
「おいおい、じゃあ目ぇかっ開いて見ろよ? ヤベぇもん見れるぜ?」
何やら後方からそんな声が聞こえてきますが、気にしません。
そして描かれた左右で異なる
「昏迷に轟け霹靂の鐘――《
スーマンさんがそれを聞いて大きく真横に跳び退きました。黒尽くめの人達も散開しようとします。
しかしそれを、同時発動させた二つの
《
《
そして頭上に浮かび上がる放電膜がびりびりと大気を揺らしながら、その真下に逃げ場を失った五人の黒尽くめたちがあわあわと右往左往し始め――
直後、激しい雷鳴とともに放電膜が弾け、戦場を眩い光が覆い尽くしました。
その光の奔流は直ぐに去りましたが、爆ぜた土の上に立ち尽くす黒尽くめの人達はぶすぶすと白い煙を全身から立ち昇らせ――直ぐに、光の粒子に変換されて消えて行きます。
「これは……本当にヤバいねぇ……」
えー、ニコさんまでそんなこと言うんですか?
詠唱しながら左右で違う呪印刻むって……だって、ピアノの弾き語りとか似たようなことやってるじゃないですか。むぅーっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます