110;辺境を覆う暗雲.05(姫七夕)
「それ、悪人じゃないですよ」
「「えっ?」」
「スーマンさんが求めているのは自由であって、悪じゃないと思います。言わば――
スーマンさんは何とも言えない腑に落ちない顔をしながらも、うんうんと頷いてぼくの話を聞いていました。エンツィオさんは表情こそ違うものの、やはりうんうんと頷いています。
「成程。それなら一安心だ」
「いや、オレ的にはまだ納得行って無ぇんすけど?」
「君が改心してセヴンちゃんとともにいるってことがよぉく解ったよ」
「いやいや改心して無いですって。根っこの部分はそう簡単に変わらんでしょ?」
「まぁそうかもな。だから君が改心できずに再び悪事を働くようだったら――」
「解ってますよ。登録解除、つまり追放でしょ?」
「いや?」
「え?」
エンツィオさんがにやりと不敵に笑みます。ぼくは何となく、この後に続く言葉を察して、そして嬉しくなりました。
「我がギルド【砂海の人魚亭】の総力を上げて、君を叩き直す。いや本当、登録者が減るのは避けたいんだ。それに、罪を働くか改心するかは環境次第だと僕は思っているからね」
そうです――この人情家なマスターだからこそ、ぼくはこのギルドが好きなんです。
あんぐりと口を開けて呆けるスーマンさん。その肩をぽんと叩いて、ぼくは耳打ちします。
「総力を上げて、ですから――ぼくやアリデッドさん、それにアイナリィちゃんも、ですよ?」
「うへぇ……負けイベントじゃん……きっつ……」
口を開けた表情のあんぐりは、げんなりへと変じました。でも、スーマンさん、そこまで嫌そうじゃなさそうです。
「さて。九曜封印の話はまたおいおいするとして……あの子のことだ」
すっぱりと意識を切り替え佇まいを直します。スーマンさんも“あの子”と聞いて真剣な顔付きを取り戻しています。
「衛視局から先程連絡があってね。本人にも確認した結果、身元が判明したよ」
ごくりと思わず唾を飲みました。
「セルマ・ヴィルサリオ辺境伯のご息女、アレクサンドリア・ヴィルサリオ――伯爵令嬢だ」
「「伯爵令嬢!?」」
何処となく身分の高そうな雰囲気を醸し出してはいましたが、まさかまさか伯爵の娘さんだったなんて……
隣を見ると、意外にもスーマンさんは動じていない様子です。いや、これ、多分……辺境伯とか伯爵とか解ってない感じですか?
「辺境伯からは衛視局の方に、急いで迎えを寄越すと伝えたそうだ。それまではこのギルドで丁重に保護しなくてはならない」
「お迎えはいつですか?」
「早くても明日の早朝だそうだ。辺境伯領は遠いし、魔動鉄道も通っていないからね。間には砂漠もあるし」
「本当に辺境なんだな……」
王国の主要な都市群は岩盤の上の土壌に建っているのですが、郊外の荒野を抜けるとそこから先は砂漠です。
ヴィルサリオ領はその先のオアシスにあります。一応、砂漠を迂回する湿地帯の
「アレクサンドリア様は近い婚儀のために王都に前乗りする最中だったらしい」
「ってーと……?」
「考えられる可能性としては二つです。偶々賊が金品狙いで襲ったか、それともその婚儀を潰そうとしたか」
「何となく後者っぽい気がするな。金目当てならわざわざ逃げた奴を探しには行かないだろ」
「ぼくも、そう思います」
「それで、
「うーん、それは何とも言えないな……貴族同士の結婚なんて、式で初めて顔合わせ、なんてこともよくある話だし……それにまだ婚儀の前だ、場合によっては破談になることもある。貴族にとっては出しゃばり時じゃないよ」
「うっわー、訊かなきゃ良かった……」
がくりと項垂れるスーマンさん。ですが直ぐに顔を上げ、お嬢様の護衛を申し出ました。
「それは先方次第だ。恐らくヴィルサリオ伯の方で用意していると思う」
向かいがてら襲われたのですから、寄越すお迎えも襲われないとは言い切れません。ですのでエンツィオさんの言う通り、辺境伯自体で護衛は手配するのでしょう。
それに、向こうとしても見ず知らずの何処の馬の骨とも判らない冒険者より、見知った顔の頼れて安心できる護衛の方がいい筈です。
「一応、衛視局を通じて僕からも護衛を出したい旨を伝えてはいるんだけどね。でも……」
悔しそうに奥歯を噛むエンツィオさんはぐっと拳を握り締めています。
「……それも、もしかしたら大手ギルドに取られてしまうかもしれなくて……」
「何でだよ、見つけて保護したのはオレだろ? ならオレが所属するこのギルドに依頼が来るのが筋じゃないのか?」
「スーマン君……君とは、深い付き合いになりそうだね」
「マスターこそ……あんた、アツい男だぜ」
「ふふっ」
「へへっ」
それでも迎えが来るまで保護する、というだけでも莫大な報酬が支払われるらしく。
辺境伯からの依頼はあったとしても衛視局を通じてなされるとのことで、ぼくたちは待つことしか出来ません。
エンツィオさんもスーマンさんも納得した様子は一切なく――取り敢えず話の終わった私室からぼくだけが退散しました。お二人はこの後少しだけ飲むようです。
廊下を渡り、アレクサンドリアちゃんに宛がわれた部屋へと赴くと、ジーナちゃんと一緒にモモやゴーメンと遊んでいました。表情も、少しずつ笑顔が見えています。
「アレクサンドリア様」
「……はい」
「辺境伯のお迎えが、早ければ明日の朝には到着するみたいです」
「……はい」
何処となく残念そうな陰りが見えました。なのでぼくは、モモに明日の朝までは一緒にいてあげるように伝え、スーマンさんの
「ぷひっ!」
「きゃんっ!」
二匹の言葉を意訳すれば「了解っ!」ってところでしょうか――スーマンさんには許可を取っていませんけど、きっとスーマンさんならぼくと同じことを伝えたと思いますし、多分大丈夫ですよね?
「あの」
「何ですか?」
「……わたしは、アレクサンドリア・ヴィルサリオです」
「はい、存じ上げております、アレクサンドリア様」
「えっと……その……」
ぐい、と肘で小突かれました。ジーナちゃんに向くと、嘆息して耳打ちして来ます。
「名乗ったら名乗り返すのが礼儀でしょ」
は! そうでした!
あわあわと向き直り、ぼくは自己紹介をします。
「申し遅れました、すみません! ぼくはセヴン。この国で冒険者をやらせてもらっています」
はわり、と表情が少し明るくなりました。
そうですよね……貴族社会ではと言うか、貴族社会じゃ無いにせよ、相手が名乗ったら名乗り返すのが礼儀ですよね……うっかりしていました。
「それと……様、は嫌……」
「え? でも……」
「親しい人は皆、アレクサンドリアじゃなくて、“レクシィ”って呼ぶから……」
「じゃあ、……レクシィ、様?」
ごつ、と肘で小突かれました。
「レクシィちゃん、でいいよね?」
アレクサンドリア様は深く頷きます。確かにジーナちゃんは歳も近いでしょうから……でもぼくには立場と言うものが……
「セヴンちゃんも、ほら!」
うう、不敬罪で死刑とか、無いですよね? 無いですよね?
「……じゃあ、お言葉に甘えますね。レクシィちゃん」
ぱぁ、と表情が明るくなりました。何とKawaiiのでしょう。
それから一通りモモとゴーメンちゃんと室内で遊び倒したぼくたち。モモは持ち前のドジっ子な愛嬌を、そしてゴーメンちゃんはきっとスーマンさんに仕込まれた芸達者な賢さを炸裂させておりました!
ジーナちゃんがギルドの業務に戻り、遊び疲れたモモとゴーメンが眠ってしまった後で、ぼくはレクシィちゃんにせがまれてこれまでの冒険の話をしました。
最初に、このギルドがとても好きだと言うことを伝えました。レクシィちゃんも、エンツィオさんの人の良さそうなところや人の気持ちを
そしてこのギルドで冒険を始め、ナツキ君――ジュライに出逢ったこと。
それからジュライと二人で遺跡調査のお仕事を引き受けたこと、遺跡の奥でアリデッドさんとともに戦ったこと。
ユーリカさんたちと三人で
目覚めた
その後で、ジュライが離れて行ってしまったこと――流石にナツキ君の部分については話しませんでしたが。
でも、短い期間の中にこんなにも沢山の冒険が、思い出があったなんて。ぼくもうっかりと涙ぐんでしまいそうです。
「お姉さんは……ジュライさんのこと、好きなの?」
「はい。とてもとても、好きです」
「結婚するの?」
「うーん……出来ればいいなとは思います」
「……わたしも、そんな風に好きな人と結婚したかったな」
何と返せば良かったのか――貴族の社会や連綿と続くしきたりを知らないぼくは、何も言えませんでした。
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