109;辺境を覆う暗雲.04(姫七夕)

 結局、アイナリィちゃんやアリデッドさんの続投も控えていることもありますし、それにスーマンさんもとにかく眠りたいということなので、ギルド登録者増加のお祝いはまた今度にすることになりました。

 あの子もいることですし、今は静かで穏やかで温かなのが一番だと思います。


 それにしても……ジーナちゃんがほぼつきっきりで面倒を見てくれていますが、やっぱり何も話さないそうです。

 話そうとはするみたいですが、話すためにはどうしても思い出す必要があります。それが心の傷を呼び覚まし、泣き出してしまうんだそうです。

 ぼくも何度も立ち合いましたが、何度やっても結果は同じです。でも彼女は、自分から話そうとしているのです。

 戦って、いるのです。


 そんな中、日も落ち始めそろそろ夕暮れが訪れるか、という午後四時半――スーマンさんが起きて来ました。


「腹減り過ぎて起きちった。何か飯、ある?」

「よし。なら少し早いが特製のディナーを用意しよう。そこのテーブルで待っていなさい」


 料理人の顔付きになったエンツィオさんがるんるんと厨房へと向かいます。


「マスターのお料理、とっても美味しいんですよ?」

「マジで? そりゃ楽しみだわ」


 そして十五分後、エンツィオさんが腕によりをかけて作った料理がテーブルの上に並びました。


 仔駱駝ラクダのステーキは絶妙に配合されたスパイスにより鼻腔と舌を刺激する芳醇な香りと旨味がどんどん溢れ出てきますし、添えられた香草がお肉を引き立てながらも口をさっぱりとさせてくれます。


 代々伝わると言うスープカレーは、辛味こそ強いものの、その奥にある旨味が押し寄せて辛いのに食べたくなる不思議な感覚です。ごろっとしたお野菜も食指をそそります。


 駱駝ラクダミルクから作られたヨーグルトを配合した特製ナンもまた、香ばしさと小麦の甘味が、ついついおかわりを所望してしまいます。


 パプリカやキュウリ、人参、トマトのピクルスもまた、瑞々しい酸味の中に野菜の旨味が閉じ込められていて、これはもう好吃ハオチーと言わざるを得ません!


「……セヴンさぁ、オレよか食べてない?」


 はっ!! うう、しょうがないんです。美味しい食べ物はいつだって元気をくれるのです。誰もその誘惑には抗えないのです……。


「ん?」


 コト、と小さな靴音に振り向くと――客室から出てきたあの子がロビーに来ていました。


「食うかー?」


 スーマンさんは何も躊躇わずに遠く声を投げかけ、女の子が気付くと同時に手をぶんぶんと振ります。

 女の子は恐る恐る、と言った様子でぼくたちの座るテーブルに近寄ると、遠慮がちに樽で出来た椅子にちょこんと腰かけました。


「いや、実を言うとオレ達で食い切れるか心配だったんだ。晩飯には早いけど、君も相当腹減ってるんじゃないか?」


 そう言えば、ジーナちゃんが用意してくれたお昼ご飯もそんなに手をつけていませんでした。ジーナちゃんはエンツィオさんの娘ですし、エンツィオさんが不在にする時はこのギルドを一人で切り盛りするため料理の腕も抜群だと言うのに、です。


 そして誘われた女の子は大皿に重なったナンを一枚取り上げると、小さく千切ってお口の中に入れます。

 もぐ、もぐ、もぐ――弱い咀嚼が続き、ぼくたちはその様子をつい伺ってしまいます。


「……美味しい」

「本当ですか!?」


 つい、ぼくも嬉しくなって大きな声を出してしまいました。


「肉も食っていいぞ?」

「スープカレーも美味しいですよ?」

「……美味しい。全部美味しい」


 そうです。美味しいご飯は、元気をくれるのです。誰もそれには抗えないのです。


 そしてたらふく、なご馳走を三人で平らげたぼくたち。

 女の子はこれからエンツィオさんと打ち合わせをするぼくたちの代わりに、ぼくのモモとスーマンさんのゴーメンの餌やりをジーナちゃんと一緒にしてもらうことにしました。餌やりが終われば、客室の中で二匹と遊んでいられます。女の子も嬉しい様子で、特にゴーメンがお気に入りなのか掬うように抱き上げるとその白いもふもふとした毛並みに顔を埋めたり……いいなぁ。でもでもぼくのモモだって非常にKawaiiのです。全然負けていないのです。


「さて――色々と話さなければいけないことはあるんだが、先ずは二つ」

「はい」


 通されたギルドマスターの私室。この部屋でする話と言うのは、ぼくたち以外の誰も聞いてはいけない大事なものです。

 ぼくは勿論のこと、先程ぱぱっと登録処理を終えたスーマンさんも佇まいを直してきりっとした顔で聴きます。


「一つは、先日メッセージを送付した“託宣”について」

「星天教団から発表のあった、というものですね?」

「え、何それ?」



 ――九つの封印が解き放たれ

   ツァーリ・シュバルにエンデがたる

   天と地、光と闇とはついに結ばれよう

   未だシュメラグの姿まみえぬのなら

   一なるシュバルはとざされたまま――



「――という託宣を、教皇が得た、というものです」

「すげぇ……何一つとして解らねぇ……」


 予言や託宣なんてそんなものだよ、とエンツィオさん。しかし続きます。


「だけど“九つの封印”というところだけははっきりとしている。君たちも参加した、あの邪竜人グルンヴルドだ――確か、歳星サイセイ封印、だったかな」

「七曜、いえ九つだから……九曜ですか」

「すげぇ……何一つとして解らねぇ……」


 スーマンさんを無視してエンツィオさんはぼくにこくりと頷きます。


「おそらく、残る八つの封印も直に解かれるだろう、って意味だと思う」

「解かれるとやってくるのが、エンデ? でもツァーリ・シュバルって何ですか?」

「こう見えても僕は若い頃考古学もやっていてね。古代の言葉で、エンデは“終焉”、ツァーリは“偽り”、確かシュバルは“王国”、そしてシュメラグが“王”だったかな」

「つまり……」



 ――九つの封印が解き放たれ

   偽りの王国ツァーリ・シュバル終焉エンデたる

   天と地、光と闇とはついに結ばれよう

   未だシュメラグの姿まみえぬのなら

   一なる王国シュバルとざされたまま――



「何となく解って来たけど、それにしても三行目だな」

「そうですね……天と地、光と闇……これらの言葉で表現できる範囲が広すぎて今は限定出来ないです」

「そこで教団は各地の冒険者ギルドとクランに通達を出したんだ。解かれようとする封印の在処を特定し、それを保護するための協力要請。勿論僕たち【砂海の人魚亭】も喜んでそれに参加する旨を返したよ」

「つまりぼくたちにもそれに協力してほしい、てことですよね?」

「ああ、それなら解り易くて助かるな」


 エンツィオさんは真面目な顔で一つ頷きました。しかし神妙な面持ちでスーマンさんの顔をじろりとめつけます。


「ただ……スーマン君」

「はい?」

「登録時に君の経歴をざっくりと確認させてもらったけれど……歳星サイセイ封印を解いたのは君なんだってね? その辺りのことは詳しく説明して貰えるのかな?」


 〈冒険者登録証〉――キャッシュカードやクレジットカードなどと同じ規格サイズで作られた薄い金属板には、ぼくたちがキャラクターメイキング時に決定されたこれまでの経歴と、そして冒険者になってからの行動履歴が記録されています。

 それはぼくたちもシステムメニューから確認することが出来ますし、そしてギルドマスターも〈冒険者登録証〉に触れることで確認できるのです。


「……つまりオレがこれまで何をしてきたかってのは、全部筒抜けだってことっすよね?」


 エンツィオさんは深く頷きます。

 でもスーマンさんは表情一つ変えず、改めて自分の口で彼がやってきたことをつまびらかにし、そして最後に、アリデッドさんとアイナリィちゃんに救われたことを告げました。


「これから合流するオレたちの仲間、アリデッドって奴とアイナリィって奴には借りがある。ここにいるセヴンもそうだ。それを返し切れるとは思っちゃいないけど……だからオレはジュライを取り戻したいし、アリデッドの兄も探したい。アイナリィがヤバいって時には駆け付けて助けてやりたいと思っている」

「つまり、罪滅ぼしがしたい、と?」

「罪滅ぼしだなんて思っちゃいねぇ。オレは悪人だ、その根っこは多分変わらないと思う。ルールになんて縛られたくないし、思うがままに生きたい。この世界はそれが叶う世界だ、だから――」

「それ、悪人じゃないですよ」

「「えっ?」」

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