107;辺境を覆う暗雲.02(須磨静山)
「悪ぃけどこっから先には行かせねぇ――オレの八つ当たりに付き合ってもらうぜ?」
「いい度胸だ
マジレスするとこっちはPCだから負けても生きて帰れるんだけどな。
「そっちこそ覚悟しておけよ? ただじゃ殺さねぇからよ」
にやりと口の端を持ち上げ双剣を構える。同時にリーダー格の男の後ろから、左右に割れて五人の賊――もう見た目からして真っ当に悪党、って感じの――がそれぞれの手に短剣や長剣、斧などを構えて跳び出して来た。
でも、その威勢は直ぐに
「ウヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!!」
狂化したオレの咆哮は苔生す岩肌を伝って洞窟全体をびりびりと震わせ、もはや目に見えそうな程の衝撃波が賊たちの心を撃ち抜いた。
「あ、ぁあ、」
「ぅ、うう……」
慄き跳び退いて、その場に尻餅を着き、剰え一人は漏らしやがった。え、傍から見てそんなに怖いか?
「くっ……」
掌を返したような戦況の変化にあからさまな苦い表情をするリーダー格の男。しかしそいつは形勢不利と見るや、部下の賊達を見捨ててぐるりとUターンした。
戦闘に参加していた敵が全て戦闘不能となった――五人は意気消沈し、一人は逃げた――ことで、使ったばかりのオレの《バーサーク》は自動的に
「ひ、ひぎっ、」
「く、来るな……」
「おいおい何だよ拍子抜けにも程があんだろ……ただじゃ殺さねぇって言った手前、命は取らないでいてやるよ。まぁ、あんたらが勝手にくたばる分には知らないけどな」
言いながら怯えて腰を抜かした五人に近寄ったオレは、両の双剣を振り翳しながら《バタフライエッジ》を発動させた。
ひゅんひゅんと回転しながら弧を描く双剣は一人一人の肌を掠めてやがてオレの手の内に戻る――こういった狭い空間でも狙い澄ませばちゃんと描いた軌道通りに飛んでくれるのがこのスキルのいいところだ。
そして弛緩毒で動けなくなった賊たちをうつ伏せに引っ繰り返し、両肘の関節を繋ぐ腱と両足首の腱の四本を断ち切る。
弛緩しているせいで痛みもそんなに感じないだろう、耳障りな悲鳴が聞こえないってのはいいことだ。
傷自体は〈ライフポーション〉をかければ即座に塞がるが、行動を阻害するような傷――骨折とか脱臼とか、こういった腱の切断とか――はポーションでは直ぐには治らない。
だから腱を斬っておけばこいつらに施した[恐怖]が時間経過で消えたとしても、オレ達をもう一度襲おうなんてことにはならない筈だ。まぁ、アリデッドみたく
「きゃんっ!」
ん? 何でゴーメンの声が――振り向くと、通路の岩陰にあの少女が顔を覗かせてこちらを伺っていた。
その足元には尻尾を振るゴーメンの姿。戦闘が終了したことを確認した
「ゴーメン、サンキュ――傷は治ったか?」
ポーションを賊達に振りかけながら、なるべくあまり見ないようにして少女に問い掛ける。しかし少女は答えず、ただ手に握られていたポーションの瓶は空だった。
「ああ、もしかして足りなかったか?」
〈ライフポーション〉は対象の
「……必要ならもっとあげるけど?」
ふるふると小さく首を横に振る少女。その視線は、オレの腰に吊るされた鞘に投じられている。
何となく察して、オレは双剣の片方を抜いてその柄を少女の方に差し向けた。少女は一度だけ黒く濁った双眸でオレを見上げると、再び短剣を睨むような目付きで見て恐る恐る手を出した。
「一体何する気だ?」
訊かなくても判るけれど。何となく察しているけれど。でも、訊かなければいけないと思った。
「……殺す」
「なら毒が消えてからがいい。今殺しても、大した痛みにはならないからな」
少女が驚いたような顔でオレを見た。まぁそうだろな、普通は止めると思うよな。
「それに、殺すんなら
「きゃんっ!」
ふるふると再び身体を震わせた真っ白のもふもふ。短剣を腰の鞘に戻して無手となったオレの右手に光が飛来すると、それはギザギザの刃を持った剣となった。
〈フランベルジュ〉――燃え上がる炎をイメージして創られた、うねうねと剣身の波打つ騎士剣だ。両手でも片手でも扱える大きさのそれは、敢えて研がずに刃毀れをそのままにしてある。つまり波打つ剣身の刃部分はがたがたに崩れていて――斬り付けられた際の痛みは倍増するし、傷の断面もぐちゃぐちゃになる。
「毒はあと一時間もすれば勝手に消える。四肢の腱は五人とも斬ってあるからこいつらが反撃することは無い。どうせなら最大限痛みを与えてからの方が気が晴れると思うけど……どうする?」
少女が〈フランベルジュ〉を手に取ると、その重さに落としかけた。改めてぎゅっと両手で柄を握り締めて、持ち上げた剣身をまじまじと見詰める顔はぼんやりとしている。
「まぁ今殺したいってんならどうぞ? オレは止める気は無いし、多分そいつら大した情報持って無いだろうし」
「……情報?」
「君は襲われたんだろ? なら襲った相手がいる。実はさっきの交戦で一人取り逃がしたんだ。もしかしたら体勢を整えて今夜中にもう一度襲撃があるかも知れない」
言いながらオレは、うつ伏せになった五人の賊の一人を無理矢理に引っ繰り返して仰向けにしては、だらりと虚ろな表情を見せるそいつの腰のベルトをガチャガチャと外しにかかる。
「……何?」
「こいつらは情報を持っていないと思うけど、でもこいつらの持ち物は有用な情報源になる場合もあるし、それに――戦利品を頂かなきゃ勝った意味が無いだろ?」
「追い剥ぎ?」
「んまー、そういうこと」
ベルトを外し、ズボンを剥ぎ取り、上体を起こして上着も――それこそ
馴染みのあるデザインじゃ無いがパンツ一丁となった賊に顔を背けるかと思ったが、少女は濁った目で汚らしいものを睨む目付きで賊を見詰めていた。ただ別にそれは気にせず、再びその身体を岩肌の地面に横たえる。
それを繰り返して五人全員をパンツ一丁にした。少女は五人を見遣りながら、時折自らの手に握られた〈フランベルジュ〉に視線を落としていた。
「きゅぅん」
その足元でゴーメンが小さく鳴いた。すると少女はしゃがみ込んで〈フランベルジュ〉を地面に置くと、オレの愛らしい
心なしか、濁った目に澄んだ光が戻りつつあるような気がした。
「ゴーメン。お嬢さんを奥の広場までご案内して差し上げろ」
「あなたは?」
「オレ? オレは次の襲撃に備えてここで待ち伏せるさ。この括れた道なら退かない限りは賊を通すことも無さそうだし」
そうしてゴーメンが少女を連れて行く。オレはパンツ一丁になった五人の賊の身柄を通路の少し先に運んで自分の視界に映らないようにして、再び括れた通路に陣取って胡坐を掻いた。
だが結局、朝が来ても再度の襲撃は無く――――ログインした起き抜けのセヴンに連絡が取れたのは午前11時のことだった。
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