095;七月七日.20(シーン・クロード/小狐塚朱雁)

 目を疑った。

 俺たちの前に立ち塞がったあの金髪女を斬り付けたジュライは、狂ったように叫び上げながら倒れ伏したその金髪女を無惨に何度も斬り払うと、その身体が生命力HitPointsを失ったことで死に戻るために光の粒子に分解されていったのを見届けた後で、今度は踵を返した。

 その視線の先にいるのは――セヴンだ。


止めろStop!」

「斬る、キルKillきる……」


 槍の穂先を突き入れるとそれを後退で躱し、身を翻して俺に軍刀を振るうジュライ。

 太刀筋が段違いだ、あの金髪女同様、目で追える速さじゃないっ!


「アイナリィ! セヴンを頼むっ!」

「お兄様!?」

「こいつ……あの金髪女より強いぞ」


 狂気の沙汰よろしく、馬鹿みたいに真正面から突っ込み、斬撃を重ねるジュライ。しかし動きは愚直でも、その一太刀一太刀が洗練され過ぎてて始末に負えない。

 セヴンがああなっている以上、アイナリィには加勢を頼めない。スーマンも瀕死だ……


 《戦型Style月華MoonBloom


 戦型Style

 咄嗟に身を捩り、放たれた《月》を躱す。しかし既に刃はこちらを向いている――くそ、図り違えたか!?


 《初太刀FirstSlash円閃Circle


 ぎゅるりと回転する斬撃が俺の左腕を薙ぐ。咄嗟に立てた槍の柄で辛うじて防ぐが、ジュライの身体はもう次の挙動モーションに移っている。


「《ラテラルスラストLateralThrust》!」


 再度放たれた刺突をスキルで避けた俺。しかし再度《戦型Style月華MoonBloom》を見せるジュライは繊月のような笑みで肉薄する。


「キル、Killきる斬るキルきるるるるるる」

「Damn it!!」


 あいつらと一緒だ――中途半端な距離なら一投足で詰める歩法。成程、武術か。流石トリックスターだ。


 ガキィッ――唐竹に振り下ろされた刃を柄の中央で受け、その鳩尾に蹴りを叩き込む。

 が、離れたと思った矢先にその切っ先が目に飛び込んで来やがった。瞬時に屈もうとしたお陰で、斬られたのは上瞼。だが突出は阻まれ、逆に中途半端な距離を空けられる。


「お兄様……」

「手を出すなアイナリィ! こうなったこいつを止めんのは俺の役目だ!」


 そうだ。これは管理者権限を持つ俺にしか出来ないこと。

 これまで二度、こうなったジュライを止めて来た。

 一度目はダーラカの古代遺跡群。

 二度目はレイドクエスト。

 なら三度目も俺だろ? ただし、解放Formはいけても変異Shiftはどうなんだろうな……だが問題はそこじゃ無い。管理者権限を使う暇が無い、ってことだ。


「ウヲヲヲヲヲ!」


 そこに瀕死の筈のスーマンが横からタックルを繰り出した。

 ジュライは咄嗟の剣閃を薙ぐも、再び《バーサークBerserk》によるにより痛みも恐怖も感じないスーマンは構わずにその小柄な身体を押し倒した。


 Now


「――“Apply for Using of Authority.”」


 しかしどういうわけか、管理者権限が発動しない。


「ガァ――ッ!」


 そうこうしているうちにジュライがスーマンを横から蹴り付けて身を反転し、その刃を喉元に――


「《物理障壁ウォール》!」


 それをアイナリィの障壁が阻む。驚愕に目を見開くジュライの隙を衝き、スーマンが再度押し返し、膠着は解かれた。


 かと思ったら、そのスーマンへと接敵し、至近距離からの連続攻撃が命を削っていく。

 スーマンの変異Shiftは解かれちゃいる。だからジュライに斬られたところでプレイヤーロストにはならないんだろうが……


 くそ、もう一度!


「――“Apply for Using of Authority.”」


 駄目だ、反応が無いっ!


 ――俺の敗因は、管理者権限に固執し過ぎたことだろう。

 気が付くと目の前に赤く濡れた流線が迫っていて、スキルを使う間もなくそれは俺の身体を深く斬り裂いた。


 激しい痛みと共に飛び散った赤色が、俺の生命力HitPointsを持って行く。

 クソ……ここまで、かよ……。



   ◆



「お兄様!?」


 あかん、遅かった。

 防御の要になっとる言うても、《物理障壁ウォール》も《魔術障壁バリア》も所詮はスキル。

 一度使うたらちょっとやけど再使用までの冷却時間クールタイムが発生する。


 黒うなって狂ったジュライの斬撃がお兄様の身体を強く斬りつけ、お兄様は糸が切れた人形みたいに地面に倒れた。

 スーマンもその直前の連続攻撃ですでに倒れ伏しとる。

 二人とも、光に分解されとらへんからまだ息はあるんやろうけど……


 くっ、うちがやるしか無いやんか!


「――っ!?」


 そん時やった。張り切ったうちの手を引く力に驚いてうちが振り返ったその時。

 うちの目には、さっきまで座り込んでいた筈のセヴンが立ち上がったのが映っとった。

 そしてその手の力強さがうちの身体を引っ張って、うちがいた場所を赤色が擦り抜けた。


「セヴンちゃん!?」


 うちを庇ったセヴンちゃんが、ふるふると首を横に振った。

 そして前に一歩出たと思うたら、うちを制するように手を出した。


「セヴン、ちゃん?」

「……不可以ブゥクァイー!」


 何てぇ!?


不要那様做ブゥヤォナーヤンズゥオ! 不要殺死你的朋友ブゥヤォシャァシィニィデペンヨゥ!」


 解らへん!!


「うぅ……斬る……Kill……ぅ、――」


 でも何か効いとる!!


 軍刀を握っていた左手を解いて、顔を覆って何か苦しんどる!


「ジュライ! 我在這里ウォーザイズェーリィ這里已経没有敵人了ズェーリィイージンメイヨゥディーレンレェ!」

「セ、ヴン……斬る、Kill、ちぃ、ちゃん……」

譲我們再次一起冒険ランウォーメンザイチーイーチィマオシャン!」


 セヴンちゃんもセヴンちゃんでめっちゃ泣き腫らしとるけど……せやけどこのままジュライ元に戻せるんちゃうか?


 そんな風に考えたうちは、甘々やった。


 気が付くとジュライは大きく大きく軍刀を振り被っとって。

 その刃が、セヴンちゃんの身体を激しく斬り裂いた。


 うちは阿保か!

 こないな時こそ《物理障壁ウォール》ちゃうんか!?

 どちゃくそ阿保や! バグっとるんは頭の中もかいな! ハゲタコ!


「ジュライ……」

「セヴンちゃん! セヴンちゃん!」


 どたりと地面に両膝を着き、両手を着き、ぼたぼたと赤い血がぎょうさん流れ落ちる。


「ジュライ! あんたなぁ――」

「ぅあ、え、あ、ぅ、――っ、が――ぁ、」


 やけど斬った当の本人も無茶苦茶動揺しとる。

 しゅう、と気の抜けた音がしてジュライの身体が元の色に戻って行く。


 そや。

 あんた、大事な人、斬ったんやで。

 せやからやろ? そんなんなるよなぁ、吃驚して、我に帰るよなぁ?


「かい、ふく、斬る、斬らない、Killぁない、かいふ、く、ふく、しない、と……」


 子供みたいにおろおろしよって。

 大丈夫や、セヴン、まだ生命力ヒットポイントは残っとる。

 レイドクエストでランキング入りしたあんたやもんなぁ、そら全力でぶった斬ってたらスーマンもお兄様もセヴンちゃんも一発で死んどるわ。知らんけど。


「……ジュライ。うちは見てたよ? あんたが本当は斬りたく無い言うてブレーキかけてたん、うちは見たからな?」


 大丈夫や、せやったら大丈夫。

 あんたがどんな人間かうちはよう分からん。せやけどセヴンちゃんが心底惚れて、思わず国の言葉で怒鳴り立てるくらいの間柄なんやろ? 何やねんその間柄。

 せやけど、それくらいセヴンちゃんは本気言うことや。

 そしてあんたも多分、せやんな。同じやんな。


 なら謝って、赦してもらったらええねん。

 ここはゲームや、PC同士の切った貼ったも許されるんねんで?

 やから大丈夫やろ? 大丈夫や。うちは見とった、ちゃぁんと見とったよ。やから、大事な時に何ぽかぁーん立っとったねんて、叱らんといてぇな? それはうちも、ものごっそ反省中やねんから。



 ぴろん



 何や、ごっさええところに。何の通知や?



◆]ヴァスリ運営より[◆

◆]これより大規模の、緊急メンテナンスを行います。

  すでにログインされている方には申し訳ありませんが、作業の都合上、強制的にログアウトしていただきます。

  メンテナンスへのご理解とご協力のほど、どうぞ宜しくお願いいたします[◆



 はぁ!? 何でこないなタイミングでメンテナンス!?

 普通、事前に通達あるやろ!?


「ジュライ! セヴンちゃん! スーマン! お兄様!」


 叫ぶ身体が光を帯び始め、うちは段々と分解されて行く。

 色が剥がれ、テクスチャが剥がれ、輪郭だけのフレームワークも虫に喰われたように光の粒子に……ってこれ、まるで死んだ時やんか!?


「お兄様――」


 叫び虚しく、うちの意識はブラックアウトした。

 セヴンちゃんは大丈夫やろか?

 ジュライは?

 スーマンのことは知ったことや無いけどもやな。

 お兄様は、大丈夫やろか?

 何も、なぁんも判らへん――せやけどしゃぁないやん。やからうちはハンプティ・ダンプティから出て、憂鬱な現実に舞い戻ったんや。

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