093;七月七日.18(姫七夕)
「予定調和だな。これでレベル50――」
びくりと身体が震えました。
居ても立っても居られなくて、ぼくは遂に駆け出してしまいました。
アリデッドさんとアイナリィちゃん、そしてスーマンさんとが対峙していた金髪の女性はそんなぼくの前に立ち塞がり、銃の形状に変化させた得物を乱雑に真横に薙ぎます。
「――っ!」
咄嗟に庇った両腕に痛みが走ります。尻餅を着いたぼくは涙の涸れた双眸で仰ぎ見ました。
ガチャリと、銃口がこちらを向いています。
「今更駆け寄ろうなんて、虫が良いと思わないか?」
「セヴンちゃん!」
アイナリィちゃんが巨大な氷塊を放ちます。しかし射出された魔術へと向けた銃口に、魔術円が灯ります。
「《
ドウ、と撃たれた弾は氷塊の尖鋭な先端に命中し、そして氷塊は一瞬で融解して無くなりました。
がちゃりと音がして、銃は剣へと変わっていました。その切っ先は、相変わらずぼくに突き付けられています。
「動くな。動くと、首を断ってしまう」
「やってみぃや。それより早く障壁出したるわ」
そう言いながらも、アイナリィちゃんは睨むばかりで動きません。この人の言動が、ハッタリじゃないことを見抜いているからです。
暗く、冷たく――命を奪うことに対する覚悟を決めている目の力強さ。ぼくは見たことがありませんが、きっとそういう目です。本物の戦場に生きる人の目です。
「……何が目的なんだ?」
未だ槍を構えるアリデッドさんが問いを投げかけました。
「目的? ジュライを、いや牛飼七月を殺すことだ」
背筋がぞわりと縮こまりました。奥歯だけじゃなく、身体の全部が激しく微振動を帯び、込み上げる熱が逆に寒さを連れてきます。
「何でジュライを殺す必要がある」
「質問の意味が解らないな。そもそも牛飼七月は死人だ。死人がゲームに興じている方に疑問を感じないのか?」
「本当に……それは、本当なのか?」
女の人が溜息を吐きました。そして唇を開こうとした時――靴音が、中庭の砂利を踏み付けてこちらへと近付いてくるのをぼくたちは聞きます。
「……なら、本人に訊けばいい」
そうして振り向くと――月明りに照らされて影を俯く顔に落としたジュライが、赤く濡れた〈七七式軍刀〉を握ったまま現れました。
「……ジュライ?」
「ジュライ。いや、……七月。真実を知ったか?」
とても静かな、張り詰めた空気が辺りに満ちていました。その中で、誰も動けず口を開けずただ固唾を飲んで見守る中で、ジュライはひとつだけ確かに頷きました。
「――――僕は、死んでいたんですね」
憔悴しきった声でした。
涸れた喉から絞り出したような――悲しい、哀しい声でした。
「……ああ。お前は、一昨年の九月に死刑が執行された。享年19歳だった」
「では、どうして僕は……ここにいるのでしょうか?」
表情はまだ影って覗けません。けれどその顔を上げさせたのは――
「知るかよそんなこと。でもなぁ、オレも、お前も、まだ生きている」
「スーマン……」
「あなたは……?」
「スーマン・サーセン……いや、須磨静山。五日前、このゲームをやってる最中に脳死したいちプレイヤーだよ。ジュライ、いや、敢えて牛飼七月って言わせてもらうぜ。オレたちがとっくに死んじまってることなんざ絶望でも何でも無い、だってそうだろ、オレたちはこうして生きてる。どうしてなんか知ったこっちゃ無ぇ――生きようぜ、七月! オレは生きたい! お前は違うのか!? 七――」
「煩い」
どうやってその距離を詰めたのか――ぼくには追えませんでした。
女の人の握る変形銃剣の切っ先はスーマンさんの胸の内側に刺し込まれていました。
ぱちくりと目を瞬かせたスーマンさんは、信じられないと言った表情で。
そして伏せた目を持ち上げて、見開いた双眸で強い視線を女の人へと投じます。
「死人は死人であるべきだ」
言い捨てながら軍靴で包まれた足を持ち上げ、強かな横蹴りで以てスーマンさんを吹き飛ばしました。
「しかしこのゲームは厄介だ。いくらゲームの中で死のうが、
「だが、何だ?」
アリデッドさんが機を伺っています。でも、アイナリィちゃんとスーマンさんと三人がかりでさえ倒せなかった相手です。
ジュライは、どうするのでしょうか。何となく、この女の人を知っている風な……
「だが、……プレイヤーロストなら話は別だ」
「プレイヤーロスト?」
「ああ、そう……いくつか条件が重なると、キャラクターの死
「条件?」
「君は質問してばかりだな。言っておくが、私はそう簡単に隙を見せたりしないぞ?」
「――っ」
「だが答えておこう。君たちも、知っておいて損は無い。条件とは二つ――まず、プレイヤーが既に死亡していること。つまり現存するプレイヤーが動かすキャラクターはいくら死んでもプレイヤーロストの
「……もう一つは?」
「せっかちだな。もう一つ、それは――――当該キャラクターが《
「っ!! スーマン!!」
アリデッドさんが大きく後ろを振り向きました。
確かにスーマンさんは、《
「敵に背中を見せるとはいい度胸だよ」
がちゃりと音がしました。その手に握られていた変形銃剣が、小銃の形に変わった音でした。
銃口には魔術円が灯り、そして女の方の頭上には《
「《
それを阻むように、アリデッドさんの前にアイナリィちゃんが障壁を展開させます。
「そう来ると思っていたよ」
でもその瞬間には、その銃口はアイナリィちゃんを向いていました。
引鉄にかかる指に力が入ったのを、ぼくは緩慢になった世界で見詰めました。
そして、指は引鉄を――――
「やめて下さい」
ガキィ、と金属同士がぶつかる音とともに、放たれた六発の魔術弾が地面を穿ちます。
小銃を押さえる、赤く濡れた刀身――ジュライが放った〈七七式軍刀〉の一撃が、女の人の銃撃を阻んだのです。
「彼女は僕の仲間です。僕に死んだままでいてほしいのだとしても、あなたが彼女を撃つ理由があるとは思えません」
「……邪魔さえして来なければ、確かに討つ理由は無いよ」
そして女の人は変形銃剣を鞘へと納めました。ジュライはそれを見届けると、身構えていた身体を直立へと変じます。
「牛飼七月……駄目だ……」
よろよろと、立ち上がったスーマンさんがこちらへと歩いて来ます。
「七月」
「はい……分かっています」
そしてジュライは、〈七七式軍刀〉の刃を自身へと向けました。
刀身を首に沿わせ、柄を握る両手にぎゅっと力を込めました。
「死人は死人であるべき……僕も、そう思います」
「牛飼七月ぃ! 違うだろ! オレたちは生きてる!」
スーマンさんが叫びます。でもきっと、その声は――
「……《
ジュライが小さく呟きました。途端に足元から湧き上がる黒い気流がその肌に吸い込まれ――
その肌は黒く。
その髪は白く。
額からは二つの角が生え、猛り狂ったように吼える口からは、伸びた犬歯が牙のように。
「――っ!?」
そして、彼が自らを絶つために構えていた赤く濡れた刀身は――女の人の身体を、強く斬り付けていました。
「ジュライ?」
「ぐ、――ぅ」
どくどくと流れる、赤い血潮。無防備な所に斬り付けられたことで深く刻まれた切創から、とめどなく溢れる真っ赤な――
「……斬ル、Kill、斬ルKill斬ルKill斬ルKill斬ルKill斬ルKillキルきるキるきルキルルルルルルルルルル――――」
振り向いた彼の表情、いえ、形相は。
ぼくの知らない、誰かでした。
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