092;七月七日.17(牛飼七月/須磨静山)

「どうしたの? それで終わり?」

「はぁっ、はぁ――っ」


 苦心の末倒した単眼の巨人サイクロプスに続いて現れたのは、全身を強固な甲殻で覆った巨大な直立する甲虫たち――巨大甲虫兵ギガントビートルソルジャー、それが三体。

 そして、体節の隙間から刀身を差し入れてバラバラに分断して倒したと思ったら、今度は亡者レブナントの群れが二十体ほど。


 途中、レベルアップの光に包まれ消耗した生命力ヒットポイントは回復しましたが、蓄積する疲弊はどうにもなりません。

 しかし楽に動こうとする分、余計な力は抜けて動きは戦い始めよりも洗練されている気がします。

 まさか、これを教えるために、というわけじゃ無いですよね?


「レベル50まであと一つ……さぁ、次はどんな敵が出るかな?」

「ぐ――っ」


 またもミカさんが紫水晶の板を割ります。

 新たに現れた魔術円は一際大きく、そこから出でた魔物モンスターもまた、巨大な――ドラゴンでした。


「シギィャァァァアアアアア!」

赤竜レッドドラゴンか――」


 竜種ドラゴン――飛竜ワイバーンなどの亜竜種を除く純粋な竜種は、このゲームの中でもトップクラスに強く、それでいて厄介な敵として認識されています。

 巨大に見合った力強さと、鱗の堅牢さと、吐くブレスの凶悪さと、そして、意思こそ疎通できませんが、人間と同程度、或いは超える狡猾な知能を持つ、種の頂点とも言われる魔物モンスターです。


 そんな魔物モンスターをも手名付けているとは、ミカさんは一体……


「ジュライ! 解放フォームを使え! 使わずに勝てる相手じゃ無いぞ!」

「勝手なことを……」


 悔しいですが、恐らく彼女の言葉の通りです。

 しかしここにはアリデッドさんはいません。彼がいなければ、闇に飲まれた僕はこの魔物モンスターを倒した後、ミカさんや宿の方にも刃を向けるかもしれません。

 きっと、きっとそうです。ならば、ここで倒され、ギルドに戻った方が……


「一応言っておくが、お前の仲間もここにいることは分かっている。なら、お前が逃げた後はどうするか、言わなくても判るな?」

「――っ!」

「何、私の見立てではこの一体を倒し切ればレベル50だ。もう少しだぞ?」

「レベル50になって、何があると言うんですか……?」

「レベル50になれば解る」

「……っ」


 ギリ、と奥歯が軋みます。

 もう、いいでしょう――どうなっても知るものか。


 セヴンに手を出すなんて仄めかしたこと、後悔して反省して下さいよ――


「――《原型解放レネゲイドフォーム》!」


 真っ赤な真っ赤な、闇が僕をいっぱいにします。

 ダメだ、足りない。もっと、もっと――痛烈に、辛辣に、劇的に赤く、紅く、緋く、赫くなきゃ――


「そうだ、君の全てを曝け出せ! 君の、を!」

「そりゃどういう意味だ?」



   ◆



「そりゃどういう意味だ?」


 槍の穂先を突き付けられても、その金髪の女の人は微動だにしなかった。

 それどころか、アリデッドの呼吸を読んだのか一瞬の隙を突いて槍を蹴り上げ、そして腰の鞘のような直方体から抜き放った得物で俺たちをする始末。


「……ノアの弟、来ていたのか」

「お前には色々と訊かなきゃなんねぇことが山積みだな」

「ダルクは? まさか」

「倒したからここにいんだろうが」

「そうか……何人がかりで?」


 仲間が倒されたって言うのに、そいつの顔はとても涼しいもんだった。

 何でだろうか――頭にた。



 言うや否や跳び出したオレは、未だ燃え盛る火の粉を散らしながら肉薄し、振り上げた両の短剣を投げ放つ。

 回転する剣が緩い弧を描きながら金髪女へと襲来し、それを追って火線が伸びる。

 オレ自身も肉薄し、そいつの間近で短剣を取って追撃をする


 しかし――オレの個人技は、思惑は、そいつの足元にすら届いちゃいなかった。


「《全弾解放フルショット》!」


 それは、オレが知っているのとはちょっと違う近未来的なごちゃっとした。その銃口に魔術円が展開されたかと思うと、連続した爆発音とともに射出された魔術弾が、オレが投げた短剣を撃ち落し、そしてオレ自身をも撃ち付ける。

 極めつけはその直後――瞬時にがちゃがちゃとそれを振り上げながら跳躍して突出した金髪女は、躱そうだなんていう気すら起きない見事な斬閃をオレに繰り出した。


「スーマン!」


 アリデッドが叫ぶ。だが、問題は無い。問題があるとすれば、ヘマこいたオレのせいで、ってことの方だ。


「くっそ……」


 咄嗟に張ってくれた《物理障壁ウォール》のおかげで斬撃はオレに届かず、直前で阻まれている。

 しかしよほど高位のレベルでなきゃ、スキルを使えば隠密ステルス状態は露見する。アイナリィはこの金髪女を確実に仕留めるために、魔術で周囲の背景に溶け込んでいたってのに……


「ほぅ――小賢しいな。ダルクを倒すのに四人も必要だったのか、お前たちは」

「いや、三人がかりは当たってんだぜ」


 次いで放たれた薙ぎ払いも未だ健在の《物理障壁ウォール》が弾いてくれた。しかしそれで効果持続時間は終了。


「戦闘に参加しなかった奴が一人いると言うのか? おかしな話だな」

「おかしなのはお前らの頭の中だろうが!」

「スーマン、熱くなりすぎるな」


 はぁ? おいおいアリデッドよぉ――オレの身体見ろってんだ。

 こんなに燃え盛ってんだ、熱くなるなって方が無理だろうが。

 いや、解る。解るよ。さっきもこのせいでアイナリィの隠密ステルスって言う利を潰しちまってんだもんな。

 でもよ……腹が立つんだ。

 仲間が倒されても涼しい顔して、オレたちを掻き回しやがって……


「邪魔なんだよ金髪ぅ! お前の向こうにジュライがいんだろ!? さっさと退け、通せよ!」

「……断る、と言ったら?」

「力づくで押し通る」

「ふぅん……よし、やって見せろ」


 にやり、じゃ無ぇんだよ!


「後悔しやがれ――――アリデッド、アイナリィ、援護サポート頼む!」

「だから……ああもう、馬鹿野郎Idiot! 足引っ張るなよ!」

「あんたに頼まれなくてもやったるわ。ええか? あんたのためやないで? セヴンちゃんとアリデッドお兄様のためやで?」


 おいおい――なんて素敵な仲間だこって。

 だからよ、金髪女。お前に負けるなんてことは一切無いんだよ。


「セヴン! 別に見届けなくていい! 隙があったら走れよ、走ってジュライに会いに行け! いいな!」


 振り向く余裕なんて無いから、彼女が今どんな顔をしているのか、承諾してくれたのかは分からない。

 もしかしたら駆け出して行かないかもしれない。オレたちがこの金髪女をボコれたとしても、ずっとそこで立ち尽くしているのかもしれない。

 ああ、そしたらまた手を引いて連れてってやるよ。オレは他人の感情とか気にしない、悪人だからな。


「さて。で? もう斬りかかってもいいのか?」

「ああ、待たせたな。でもそう簡単に斬らせてやるとは限らないぜ?」

「いや――簡単だよ。君も、君の隣にいる蜥蜴男リザードマンも、露出狂はしたない女も。驚くほど簡単に、よく斬れる」

「はぁ? ほざいてろよ――《バーサーク》!」


 顔に、腕に、足に――全身に、力が漲る。

 オレが選択した二次職セグンダは《狂戦士バーサーカー》。その名の通り、狂気を身に宿すことによって敵の殲滅を誓う頭のイカレたアルマだ。

 理知的な行動が取れなくなる代わりに、俊敏と強靭がヤバいくらい上昇し、そして敵の攻撃なんかで怯まなくなる《バーサーク》はこのアルマの真骨頂。


「狂気の沙汰が通じるとでも思ったか? いいだろう、その身に叩き込んでやる。身の程を思い知れ!」

「煩エエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!」


 そして《蛮士バーバリアン》のスキル《シャウト》の上位互換である絶叫系スキル《ウォークライ》。

 味方全員に[勇敢]を付与するのは変わらないが、相手に及ぶ[恐怖]の付与確率がかなり上がっている。

 それでも流石に、怖がってくれるかって言ったらそうじゃない。金髪女は悠々とオレに肉薄し、そして剣の形状のままの変形銃剣による斬撃をオレに浴びせる。


「ガァッ!」


 けど何も怖くないし、痛くも無い。

 寧ろ斬撃にこっちから突っ込んでいくことで命中タイミングをずらし致命傷を避ける。


「ほう!」

「ギュオッ!」


 力任せに振り払った刃は見事な体捌きで避けられた。しかしオレは一人で戦ってるんじゃない。


「スーマン、突出し過ぎだ!」


 アリデッドの横撃。


「あんたばっかしかっこつけんと、こっちにも見せ場寄越しぃや!」


 アイナリィの魔術。


 オレの頼み通り――いや、そんなつもりはさらさら無いんだろう。でもあの日あの洞窟の中、初めて共闘したあの時よりも鋭い連携でオレたちは金髪女と渡り合う。


 でも。


「――付け焼刃だな。一人一人を相手にしているのと変わらない」


 

 その一挙手一投足が次の攻撃への布石になり、立ち位置は常にオレたちの誰か一人がしか攻撃できない場所になっている。

 善戦しているように見えてその実これは苦戦でしかない。

 クソっ、そんなにレベル差があるって言うのかよ!? でもまだ三次職テルティアに達した冒険者はいない筈だ、ならこの金髪女のレベルも80までは行ってない筈。


「《ルナティックエッジ》!」

「見え見えだ」


 渾身の力で振るった一撃も、あっさりと躱され入れ違いに刃を胸元に突き入れられた。

 それはアイナリィの《物理障壁ウォール》が防いでくれたものの、先程からアイナリィは防衛に専念する形を取られている。

 アリデッドの縦横無尽な襲撃でさえこの金髪女は対処している。何だよ、予知能力でもあるのか、ってくらいの精度だ。


 そして――――


「倒したか」


 余裕で後ろを振り返る金髪女。その視線の向こうには――レベルアップを示す仄かな光。


「予定調和だな。これでレベル50――」


 金髪女の目の色が変わる。レベル50……ってことは、そこにジュライ、いや、牛飼七月が――――

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