091;七月七日.16(シーン・クロード/須磨静山)

 クソがぁっFxxxxxxxxk


「あらぁん? 威勢よく飛び出してきた割に、アタシの前じゃやっぱりタジタジなのねぇん♪」


 何でこいつがここにいる――髭野郎ダルク


「アタシ、まだ“愛天使の闘装エンジェリック・スタンス”じゃないわよぉ? もしかして、お疲れなんじゃないのぉん?」

「……っ」


 疲れてないわけが無い。スーマンを捕まえるために要塞遺跡に踏み込んでからずっと戦闘しっぱなしだ。

 生命力HitPointsは回復できても蓄積した疲労は休息を取ることでしか除けない。疲れを一時的に忘れる増強剤ならあるが、それは忘れているだけで無くなったわけじゃない。

 何せスーマンを着け狙う黒尽くしの連中Men-in-Blackのせいでスーマンなんか一度諦めかけたからな。微妙な差だが、あいつ、俺よりレベル高いんだぜ?


「アリデッド!」

「お兄様!」


 どたどたと雪崩れ込んでくる――スーマンにアイナリィにセヴンか、助かるぜ。だがセヴンは戦えないだろうな、あの状態だったんだ。寧ろ下手に動かれると足手纏いになりかねない。


「スーマン!お前はセヴンを死守しろ。攻撃には参加しなくていい」

「何やこのきっしょいおっさん……」

「確かにきしょいけど無茶苦茶強い。アリデッド、行けるのか?」

「アイナリィ、共闘だ」

「えっ!? ほ、本当?」

「お前の力が要る」


 こいつはこう言っておけば燃えるタイプだろ。女性の扱いとしては雑だが、四の五の言ってる場合じゃない。

 こっちの最高戦力を最大限発揮してもらわないと――って、おいっ!


「ざぁんねぇん――この子は危険、知ってるわよぉ♪」

「はぁっ!?」


 あの――一瞬で肉薄した髭野郎ダルクの太い腕が、拳を固めてアイナリィの顔面を強襲する。


「《物理障壁ウォール》!」


 それでも、間一髪アイナリィが早かった。バグったせいでふんだんを通り越して過剰に託された魔力をこれでもかと注ぎ込んだ透明な障壁が髭野郎ダルクの正拳をがちりと受け止め、そして


「へぇ――――やるじゃなぁい♪」

「きっしょいわ、おっさんとっととねや」


 そして彼女の唇から矢継ぎ早に零れ出る魔術構文スクリプトが中庭への通り道に巨大な氷柱を降らせた。

 《墜落す氷錘アイシクルフォール》という魔術だが、それはもう氷塊どころか氷山の一角だ。


 跳び退いた髭野郎ダルクと睨み合うアイナリィ。発破を仕掛けた分、異常にやる気に満ちている。

 おそらく敏捷性では流石に髭野郎ダルクに分があるかもしれない。しかし反射性はアイナリィの方が上な気がする。だから攻防が拮抗するのだろう。

 これは、一瞬の判断の差が勝負に直結する。そうなると負けるのはアイナリィだ、何せ相手はトリックスター、場数慣れしている筈だ。

 だから俺が上手く掻き回す――よし、漸く固まったな。


「アイナリィ、全力で行くぞ。じゃないとやられる」

「お兄様、勝ったらデートしてな?」

「……分かった」

「言うたでぇ! よっしゃ、気合入れて行くでぇ! 《原型解放レネゲイドフォーム》!」

「背に腹は変えられないってな! 《原型解放RenegadeForm》!」

「あなたたちだけいちゃいちゃしてずるいわ! 《原型解放レネゲイドフォーム》!」


 三者三様の形でアニマを解放した俺たちは入り乱れながら技を繰り出し合う。

 水飛沫を上げながら縦横無尽に飛び回る俺を上回る機動性で髭野郎ダルクは空を飛翔し、しかし負けじとアイナリィも獣のそれとなった四肢で宿の壁や木を跳び回る。


 相変わらず髭野郎ダルクは俺に肉薄しようとし、そうされては打つ手のない俺は推進系のスキルを駆使しながら距離を取る。

 その間に割って魔術を差し込むのがアイナリィだ。要所要所で攻撃魔術が空を切り、俺と髭野郎ダルクとの間に隔たりを設ける。

 時折髭野郎ダルクの猛襲が向いても、彼女の作る障壁が破られることは無い。いい援護アシストといい防御ガードだ。魔術盾役マジタンクってのは侮れないな。


構築完了ソート・オフ――《飛沫の散弾スプラッシュショット》!」

「《クロスグレイヴCrossGlaive》!」

「ぐぅ――っ!」


 距離の開けたところに水弾の放射攻撃で逃げ場を限定し、そこに十字砲撃――即席の連携Alignmentだがなかなか様になっている。

 髭野郎ダルクは器用に中空でたたらを踏んで仰け反る――そこに連続して行使した俺の《スクリューレイドScrewRaid》が突き刺さった。よしっ、行けるぞっ!


「本当、厄介ねぇん――」


 まぁそう簡単には行かないか――この野郎、空中でもあのトリック使いやがるのかよ!?


「破ァ――ッ!!」

「ぐぶ――っ!!」

「お兄様ぁっ!?」


 渾身の前蹴りを鳩尾にもらった俺は後方へと吹き飛ぶ。

 それに動揺した一瞬の隙を衝き、アイナリィの元へと髭野郎ダルクが強襲する。


「っ! 《物理障――ウォー――》」

「遅いわよっ!!」

「っが!?」


 蹴り上げられたアイナリィが宙を舞う。何て脚力だ、あの野郎……アイナリィは確かに小柄で軽そうだが、それでも人体って蹴られただけで二階の高さくらいまで飛び上がるものなのか?


 っくそDamn it、こつこつ積み重ねてきたってのに、こうも一撃でひっくり返されると腹が立つを通り越しちまうな……だが、負けるわけにはいかない。


 この先にはジュライがいる。

 ジュライを、セヴンに会わせてやらなきゃいけない。

 真実を、暴き出して引き摺り出さなきゃいけない。

 そうじゃないと、俺も前に進めない!


 俺は兄を、ノアを見つけるんだ!



   ◆



「……悪い、あんたを守るのはやめる」

「――えっ?」

「あんたをジュライのところまで連れて行くのにあの髭野郎が邪魔だ。あいつは半端じゃ無く強い、あのアリデッドが、あのアイナリィが共闘までしてああも苦戦する相手……力になれるか判らないけど、加勢しなきゃ状況は変わらない」

「……でも、」

「いや、あんたがジュライに会いたく無いって言うんだったら、前言は撤回するけど?」

「あ……っ」


 今これ以上無いってほど打ちのめされてるこの子を責められる人間は、もう人間じゃない。

 そしてオレは、人間じゃない。じゃなくていい。だって死んでるんだから。


 徹しろ。オレは悪人なんだろ? そんでもって死人。なら、自分がどう思われたって関係ないじゃないか。

 笑え。嗤え。嘲って煽れ。


「無理やり連れ出して来てはみたけど、そもそも会いたく無いようなに無理に会わせる道理も無いしな」

「嫌いじゃないっ!」


 そうだ、それでいい。


「……自分のことは自分で守れ。命も、……心も」


 じゃあなと告げて、オレは自分の内側にある焦燥と熱情とを呼び起こす。

 途端に足元から湧き立つ炎が肌を焼き、髪を焼き、オレそのものが火の化身となる。


 笑え、嗤え。炙り出して燃え盛れ。


「っは、ははは、あはははははははははは――――!」


 《原型変異レネゲイドシフト


「髭ぇぇぇえええええ!」


 抜き放つ刃の毒は熱で気化して誘爆性を持つ白い蒸気となる。交差して振り被った両の短剣を投げ放つ《バタフライエッジ》が、回転する刃を弧を描いて髭野郎へと導く。

 次いで伸びる火線が、撒き散らされた蒸気を貫いて連続する爆発を巻き起こす!


「邪魔だああああああああああああああああ!!」


 《シャウト》――髭野郎には効かないだろうけど、オレ自身に、アリデッドに、アイナリィに、そしてセヴンに。心に無理やり勇気を引き起こす、考えようによっちゃ凶悪なスキル。


「スーマンちゃぁん――」

馬鹿野郎Idiot、セヴンはどうした!?」

「煩ぇよっ! セヴンは冒険者だ、要保護者じゃ無い。そしてオレは彼女のお守りでも無い!」


 睨み付ける眼前遠く、髭野郎が薄ら笑いを浮かべている。


「安心して任せてほしかったらそれ相応の動きをしろよ、アリデッドにアイナリィ。無様な戦い見せやがって……飛び出て来ちまったじゃねぇか」

「言うじゃねぇか……飛び出て来た以上、足手纏いになんなよ?」

「どっちがだよ。オレの方がレベル上だぞ?」

「イグアナともっさりイケメンのイチャイチャ……唆るわぁん。でも本音を言えば混ぜて欲しくってよぉ!」


 気持ち悪い台詞とともに突出した髭野郎。

 しかしそれを止めたのは――アイナリィの《牙剥く凍土フローズンホールド》だ。突如として舞い上がる冷気に慄いた髭野郎の足元を、氷で包んでしっかりとロックしている。


「スーマン……後でしばく」

「何でだよ!?」

「よくやったアイナリィ! スーマン、合わせろ!」


 流石の髭野郎も、ほぼ下半身全ての自由を奪う馬鹿でかい氷は直ぐには抜け出せない。

 アリデッドが先行し、槍の間合いから連続で突きを放つ。

 オレはそこに横から割り込み、《クリティカルエッジ》を叩き込んだ。


「くっ、やるわねぇん!」

「まだだぜ?」


 そう。火臣ウォースピリットとなったオレの攻撃には自動的に追撃がつく。それは解放フォームの時の約二倍。

 そして当たればとにかく致命の一撃クリティカルになるスキルの特性を引き継ぎ、火属性の自動追撃もまた、当たりどころに関わらず致命の一撃クリティカルになる!


「くっ、やるわねぇ……ん……」

「悪いがだ」


 防御した腕が焼け焦げ、もはや持ち上げることすら儘ならない髭野郎を仕留めるのは、一度苦汁を飲まされたアリデッド。

 《ペネトレイト》で突き刺し同時に《スピアヴォールト》で飛び上がり、《ダブルジャンプ》で更に舞い上がり。

 そして、《ヴァーティカルスラスト》で加速してからの、《スティングファング》。

 左の肩口に深々と突き刺さった槍の穂先が、それがどれだけの重い一撃だったかを表している。


 そして生命力ヒットポイントを削られ切ったんだろう髭野郎は、光の粒子へと変換されて消え去った。

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