088;七月七日.13(姫七夕)
ゆったりと湯船に浸かって身体から疲れとこわばりが抜けていくのを感じるこの瞬間は至福のひと時です。
今日はユーリカさんやアイナリィちゃんとも一緒に行動していたので、あまりジュライとの二人きりの時間というのは取れませんでしたが……あんな風にわいわいするのも勿論楽しいです。
あ、そう言えば――せっかく《
ぼくが
エンツィオさんからもギルドに戻ってきたら大事なお話があるっていうメッセージをもらっていますし、明日はジュライと一緒に一度ギルドに戻ってお話を聞いた後で新たにクエストを受注することにしましょう。そこで、ぼくのそのリアルチートをお披露目して、度肝を抜いてやろうと思います。
ああ、楽しみだなぁ――そんな風に期待に胸をさらに膨らませながら、宿のお部屋で眠る準備を整えていた時。
ぴろん
◆]アリデッド から
スクリーンチャットの申請があります[◆
「アリデッドさんから? 何でしょう……」
軽装や魔装を着用する冒険者は装備のまま眠る人が殆どです――流石に鎧などの重装は無理ですけどね――ぼくの新しい
夜、襲われてもすぐに対応できるように、です。
ですから眠る直前のぼくですが格好は冒険中とさほど変わりません。すっぴんではありますが、スクチャの小さい画面越しにはそこまで気にならない筈です。
申請を許可してスクリーンチャット画面を開くと、アリデッドさんと――ニコさん? リアナさんやターシャさん、アイザックさんまで! 【
『夜遅くに悪いな』
「いえ……」
『ジュライは一緒か?』
「あ、一緒にいますけど、今は宿の別の部屋にいると思います」
『そうか……ああ、ちなみに――レベルは? 今いくつだ?』
「えっと……ぼくが44、ジュライは48です」
『48……』
吐いた溜息には、どことなく安堵の色が見えました。
「あ、そう言えば――聞いてください、ついにジュライと、フレンドになれたんです!」
『
「えっ……? いえ、出て来なかった……んです、けど……」
やっぱり何かあったんだと思います。ぼくの言葉でアリデッドさんの表情がさらに硬くなったからです。
何かを思案するように右斜め下に視線を向けて、そして再びその視線を持ち上げて真っ直ぐにぼくを見詰めてきます。
『フレンドリストは見たのか?』
「リスト、ですか? いえ……その、ジュライとフレンドになったのが今日の昼過ぎのことで、それからずっと一緒にいたので……」
『今リスト開けるか?』
「……はい」
何だかよく解りませんが、とにかくぼくは求められている通りにフレンド一覧の画面を開きました。
◆]フレンド一覧(ソート:レベル)
☆ジュライ 48
アリデッド 49
ユーリカ 41
アイナリィ 38[◆
よく連絡を取る相手や特別な存在、それからパーティメンバーは一覧の一番上の方に表示されます。
とは言っても、ぼくもフレンドが多いってことは無く……現実同様、人見知りなんですよね……
「開きましたけど……」
『ソートは?』
「え、ソートは……初期の、レベ」
『いや、取り敢えず今はいい。とにかく、俺たちもすぐにそっちに行くからちょっとの間だけ待っててもらっていいか? ちなみに今どこにいるんだ?』
「ウルバンスの温泉宿にいます」
『ウルバンス……連邦か』
『連邦なら近いね』
すぐ隣にいたニコさんがうんうんと頷きながら言いました。
『いや、時間が惜しい。アイザック、〈転送陣〉の数は?』
『さっき使ったからな……二人分、ってところだ』
『材料は?』
『いくつか調達が必要だ。ただ、幸い店で買えるものだけ』
『分かった。セヴン、先ずは俺とスーマンとでそっちに行く。ニコたちは〈転送陣〉が用意出来次第、俺を追いかけてきてくれるか?』
『待って。僕が行った方がいいんじゃないの?』
『ニコ、スーマンと行かせてくれ。ジュライにはたぶんスーマンが必要だ』
画面の向こうで全員が、一番後ろにいたぼくの知らない方――スーマンさんという方を向きます。そのスーマンさんはアリデッドさんと視線を交わしながらこくりと頷きました。
『すぐにそっちに行く。出来ればジュライを捕まえていてくれ』
「はい……あの、何があったんですか?」
『そっちに着いてから話す。割と、緊急事態だ』
「あ、は、はい……」
そうしてチャットの画面が切れました。
緊急事態って何でしょう……ジュライに関係すること、としか解りません。でも、何だかとても、嫌な予感がします。
「ジュライ……?」
ぼくは部屋を飛び出して隣の部屋の前に駆け込みました。
「ジュライっ」
ノックをしても返事はありません。ドアは開いていて、そして部屋の中にジュライはいませんでした。
「セヴンちゃんどないしたん?」
「アイナリィちゃん……」
お風呂から上がってきたばかりのアイナリィちゃんも、露出度の高い水着みたいな魔装を着けた状態です。
アイナリィちゃんに訊ねてもやっぱりジュライの居所は知っていませんでした。ジュライの隣の部屋のユーリカさんは既にログアウトした様子で、話しかけることが出来ません。
「フレンドやろ? メッセージかスクチャ送ってみたらどうや?」
「そう、そうですよね!」
慌ててぼくはシステムメニューからフレンドリストを表示させます。
しかし脳裏にアリデッドさんの言葉が引っ掛かり――増していく不安が渦を巻き始めます。
これ以上、先に進んではいけない闇を目の前に立ち竦んでいる――そんな感覚です。
◆]フレンド一覧(ソート:レベル)
☆ジュライ 48
アリデッド 49
ユーリカ 41
アイナリィ 38[◆
フレンド一覧の
確か他には、“フレンド歴順”と、“
ひとつひとつを試すように
変えていくごとに、試していくごとに、進んではいけない闇の中に足を踏み入れていってしまうように――
心がどんどん苦しくなって、息が詰まって来て、そして――
それを見た時――それに気付いてしまった時。
その不安は、まるで実体を持ったようにぼくの内側で膨れ上がり、爆発しました。
堰を切ったように流れ出る涙と嗚咽。
呼吸困難になりながら、それでも悲しみは、嘆きは、止めどなく溢れ続けて胸を圧迫します。
まるで全身が絶望感そのものになったようにへたり込んで倒れ込んだぼくは泣く以外の行動を選択できずに。
アイナリィちゃんが切実な顔でぼくを呼び、身体に触れても尚、この心はどうしようもありません。
見てしまった。
気付いてしまった。
そうと知れば、あんなに頑なにシステムがぼくとジュライのフレンド登録を拒んでいたことにも頷けます。
それはそうですよ。だって――
◆]フレンド一覧(ソート:最終ログイン)
☆ジュライ 14日前
アリデッド 1時間前
アイナリィ 2時間前
ユーリカ 2時間前[◆
何ですか、最終ログインが二週間前って。
だって昨日、あんなに一緒にいたじゃないですか!
二週間前って、このゲームが発売された時じゃ無いですか。それからご飯は、お手洗いは、お風呂はどうしてたんですか? どうやって生活してたんですか?
ジュライ――ううん、ナツキ君。
あなたは、どこにいるんですか? もしかしてもう、いないんじゃ無いですか?
もう――――
――――死んでいるんじゃ、無いですか?
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