087;七月七日.12(須磨静山)

 オレ――須磨すま静山せいざんがこの世に生を受けたのは、かれこれもう十八年も前のことだ。

 つまりオレの年齢も十八歳だと言うことになる――ははっ。こんなこと、言うまでも無いか。


 比較的裕福な家庭に育ったってわけじゃない。何せ電脳遊戯没頭筐体ハンプティ・ダンプティなんて買う余裕は無かったし、高校も手近な公立高校が経済的な限界だった。

 本当は、小中と続けていたバスケットボールで私立の名門校に行きたいって気持ちはあったんだ。でもオレたち姉弟三人をちゃんとした学校に通わせ、ちゃんとした教育を受けさせてくれるだけでありがたいんだって――今になってみれば思うかな。


 そして中学校三年の、受験も終わった頃。オレの病気は発症した。

 本当はずっと前から、不自然な頭の痛みや身体の変調には気付いていたんだ。でも貧乏人は病院にかかるべきじゃない、そう教わって育ってきた弊害もある。

 あとは――症状が一時的だったことも。そうじゃなかったら、オレだってさっさと受診してたよ。


 病名は脳腫瘍の何だっけかな……正式なやつは忘れた。取り敢えず脳に悪性の腫瘍があって、オレの身体は自由には動いてくれないらしい。喋ることも満足に出来なくなった。

 ただ、病状は不思議と日によって全然変わって、上手く歩ける時もあれば全く寝たきりになることもあった。


 放射線と薬剤投与による治療が進められ、快復するかもしれないなんていう希望もあった。

 また幸いだったのが――フルコネクト型のVRゲームの中なら、オレは自由になれたことだった。


 脳機能の快復が見込める、ってこともあって、今じゃ一般的な病院施設にもVR筐体は置いてあることが多いらしい。

 オレが入院していた大学病院にはVR筐体としては最先端の電脳遊戯没頭筐体ハンプティ・ダンプティがあった。大学教授が研究のために導入したんだとさ。

 そしてオレも、三年前くらいだったかな? フルコネクト型のVRゲームを試してみることになった。

 その教授の研究じゃ、まだ母数は少ないけれどVRゲームは術後・快復後のリハビリに適しているってことになっていた。


 発売から一日遅れでヴァーサスリアルも導入された。何でもこのアジア生まれのゲームは、高い水準で現実感リアリティを再現していることからリハビリにも適しているってことだった。

 人間の目には視覚出来ない紫外線なんかも投影されたり、聴覚できない周波数の音も奏でられたりしているらしい。それが、ゲーム内の存在感や質感に現実以上の現実感リアリティを演出しているんだってさ。

 だから重力や勿論、慣性もちゃんと働いているし、同時にその世界ならではの物理演算も組み込まれている――魔術やスキルを使った時の挙動とか。

 まさに願ったり叶ったりで、オレは満足に動かない身体を推して電脳遊戯没頭筐体ハンプティ・ダンプティの中に寝そべり、稼働させて現実じゃない現実の中に夢を見る日々を送っていた。


 自分が冒険者になれたことは嬉しかった。でも、どうせなら現実じゃ普通は出来ないようなこと――それこそ悪行――がしてみたかった。

 色んなサイトで調べた結果、どうやらヴァーサスリアルというゲームは、現実では法的に裁かれるような悪は非推奨じゃなかった。別にやってもいい、という認識だ。

 勿論、その世界の法で裁かれることはある。当然だ、ヴァーサスリアルの世界は暗黒時代じゃなく、規律の定められた法治国家があり、そこに人々が生活しており、そのルールの中で安寧が享受されている。


 理不尽だってある。魔物モンスターはいるし、忌避される邪教徒や盗賊団だっている。でも、冒険者はそれになったって構わない、というのがプレイヤーに対するゲームの在り方だった。

 だからオレは、ゲームを始めて三日目にはギルドを抜け出して悪行を始めた。

 いけすかない嫌味な奴がたむろってるところに行って喧嘩を売り、見事制圧してボスになり替わった。

 ただ、衛視の影に怯えながらしょうもないことをやっている連中だったから見捨てて違う何かに乗り換えようとした。その矢先に出逢ったのがあの邪教徒だった。


 アリデッドとアイナリィに邪魔されたものの、召喚自体は邪教徒を生贄に成功した。すると起こったのがレイドクエストだ。一応、成り行き上参加はしたものの、《シャウト》を放ったくらいですぐに離脱リタイアした。


 肉体の再構築を待つ間、オレは逃げることだけを考えた。

 きっと衛視、もしくはアリデッドが追い掛けてくるだろうと思い至ったのは至極当然で真っ当だと思う。なら、捕まったならばきっと牢獄に入れられ、不自由を課せられてしまうって連想も真っ当な筈だ。


 この時は何もおかしいとは思わなかったよ。いや、気付けなかった、って言った方が正しいかな。

 ただどうするかを必死で考えていた、時間を忘れて没頭しきってたんだ。だから。


 再構築を果たしたのは邪竜人グルンヴルドが出てきて崩落した洞窟の傍だった。邪教徒に与することになってから、オレの所属はそこだったらしい。

 どうにか皇国の目を盗み、帝国領まで無事逃げ果せた時は小躍りしそうだった。何せあのレイドクエストには友軍として周辺の森を根城にするエルフたちも参加していたからな。

 あいつら、あの一件以来見かける度にその見返りを寄越せとか言ってきやがった。相手にするのも馬鹿らしいレベルだったけど、徒党を組んで連携している相手は厄介だ。特に皇国に連絡が行って追手がつくのがヤバい。おかげでレイドクエストの参加報酬の半分を費やす羽目になった。


 帝国領で要塞跡に居座った盗賊団の話を聞いた時にピンと来た。これはいいレベリングになりそうだ、ってな。

 実際行ってみたら案の定で、盗賊団自体は大した事が無かった。帝国の前時代の産物たる魔動機兵は多少厄介だったが、盗賊団が自由に出来る認証キーを持っていやがったからな。それをボスの座に就任したオレが受け継ぎ、後はそう――あんたが来るまで、魔動機兵相手にレベリングさ。

 あの施設のいいところは、魔動機兵を自動で修復してくれる専用の魔動機兵がいる、ってことだな。おかげで相手に事欠くことは無かった。


 そうしてレベル50を迎えて――《原型解放レネゲイドフォーム》を《原型変異レネゲイドシフト》にした。


 どうしてだか、そうしなければいけないと強く思ったんだ。

 自分の内側にいるもう一人の自分が、何度も何度も叫んでいた。変異シフトを選べってさ。


 その時だった。オレが、


 ちなみにアリデッド――――こいつら、片付けられそうか?


「ああ、どうにかやってやるさ」

「そうか……オレはちょっと、もうそろそろギブアップしそうだ……」


 荒野で見つけた天然の洞窟の入り口を背に、オレとアリデッドが対峙するのは十数人の

 何だよ、だったら最初から来いってんだよ。【リンヴルームの街】じゃ一人だったろうが……戦力偵察ってか? 腹立つな……


「スーマン、諦めんな」

「……これ以上、何を諦めないでいられるってんだよ」

「言ったろ。ここはゲームの世界で、ゲームってのは楽しむためにある。どういう経緯かは知らないが、お前は今ここにいて、こうして命を謳歌してんだろ。なら笑えよ、どんな状況でも未来を見据えて楽しめ」


 一時膠着していたオレたちだったが、黒尽くめの三人が跳び出し、それぞれ手に持った異なる武器を思い思いに振り被る。

 十分に引き付け、そして素早く槍の石突と穂先を使い十字の斬痕を描くアリデッド。その頭上には、《クロスグレイヴ》の文字列。


 光が放たれ、モーゼが海をそうしたように黒尽くめの一団が左右に割れた。


「走るぞっ!」

「――しゃぁねぇなぁっ!」


 正直言って

 抗った。頑張ったんだよ、オレ。生命力HPは削られに削られ、回復用のアイテムはもう消費しきった。それでもどうにか――三体かな、倒したんだ。

 アリデッドだってそうだ。あいつの使い魔ファミリアであるキグナスとか言うカメレオンの腹の中に、〈ライフポーション〉はもう無い。引き換えに六体を屠り切ったのは、果たして多いのやら少ないのやら。

 オレは呪印魔術シンボルマギアは使えるし、アリデッドは構築魔術ソートマギアを使えるが、オレたちが修得している魔術の中に回復用のものは無い。


 でも、アリデッドはオレを受け入れてくれた。

 オレが彼の兄に繋がっているってだけで、オレに自由を取り戻してくれた。

 それに関しては、感謝しなければならない。その恩を、返さなければいけない。

 疲れて、辛くて、しんどくても――それを違えたら、悪を通り越してクズだ。


「増援なら呼んだ。ログアウト中だったから何時になるかは分からんが……ただ、相当のゲーム狂だ、きっと駆け付けてくれる筈だ……おいおい、“噂をすれば”ってお前の国の言葉、本当だったんだな」

「……ああ、オレも今思い知ったよ」


 濃い紫紺に塗り潰された夜空を斬り裂く光の流線。

 それは流れ星のように俺たちを取り囲む一団の中心目掛けて墜落すると、土煙とともに激しい光の奔流を巻き上げる。

 夜天を劈く、白いの光条。


「――《イサリッククロス》!!」


 傾げた十字に裂かれた空間が、アリデッドの放つ《クロスグレイヴ》に似た光の激流を解き放ち――


 そして何かのマジックアイテムの効果だろう、その周囲の足元に浮かび上がった魔術円の上に、三人の人影が現れた。


「よう、早かったじゃねぇか」

「あなたからヘルプ要請なんて珍しいからですよ」


 ニコ。アイザック。リアム。ターシャ――このゲーム内のトップランクのパーティ、【夜明けの戦士ヴォイニ・ラスベート】。


「さて――僕たちが来たからには、この程度の集団、秒で片付けてやりますよ」

「スーマン――な? ゲームってのは楽しいだろ?」


 何なんだろうな――真実を知ってしまったって言うのに、どうしてこんなに――こんなに、心が昂揚してしまうんだろうか。

 これじゃあ“”って思っちまうじゃないか。


「ははははは!」

「わお。楽しそうで何よりね」

「そう言わないのターシャ。私たちだって、存分に楽しんでるでしょう?」

「言えてる!」

「ふっ」

「アイザックさん、かっこつけてる場合じゃ無いですよ。マジックアイテム用意してくださいね」

「Okay.それじゃあ、行くとするかぁっ!」

「「「「「おう!」」」」」

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