083;七月七日.08(シーン・クロード)

「《クロスグレイヴCrossGlaive》!」


 そして斬り上げた斬撃の白い軌跡に横薙ぎを重ね、以て十字の軌跡から光の砲撃を射出する。

 十分に掻き回した上での背面からの一撃だ、防げてもまさか避けられないだろう――俺の目論見は成功し、躱せないと判断した髭野郎ダルクは両手を十字に交差させて防御の姿勢を取る。


 ――ここだ。


「《エレメンタルスピアElementalSpear》!」


 《ラテラルスラストLateralThrust》で前方へと跳び出しながら、武器に任意の属性を付与した上で攻撃するスキルを行使した。

 そう、ここで選択するのは《クロスグレイヴCrossGlaive》で与えるのと同じ、日属性だ――スキルにより加速する俺の身体は自らが射出した光の砲撃に追いつき、繰り出した槍の穂先は訓練通りに、《クロスグレイヴCrossGlaive》と《エレメンタルスピアElementalSpear》の両方を同時に着弾させる。


「ほぅ――っ!」


 絶命の一撃FatalDamage――着弾タイミングと与えるダメージの属性が合致することで発生する、通常の何倍も強力な一撃だ。これを一人Soloで狙って出せるのは俺くらいのものじゃないか? 流石にニコたち【夜明けの戦士VoiniRassvet】もここまでの練度は持っていない。


 普通、これ、二人以上でやる前提のシステムだからな。


 そしてけたたましい金属音を響かせて、俺の怒涛の連撃を叩き込まれた髭野郎ダルクは本来俺が入ろうとしていた両開きのドアをぶち破ってその奥へと転がっていった。

 途端に立ち込める、咽せ返るほどの血の匂い――頭を振って、込み上げてくる気持ち悪さを拭い去る。


「――スーマン、いるんだろ?」


 薄暗いそこに踏み入ると、途端にねっとりとした感触に足を捕らわれた。

 見遣れば、ゴロゴロと転がる――盗賊たちの横たわる身体。穿たれ、切り裂かれ、血に塗れている。

 同様に魔動機兵の残骸も散らばっている。


「何だこりゃ……」

「全く、同意見だわん♪」


 気が付けば隣に髭野郎ダルクが立っていた。いつの間にって話だ。しかも野郎、ピンピンしてんじゃ無ぇか……どういう能力値Statusしてんだよ、クソが……


「――アリデッドか」

「スーマン?」


 だだっ広い部屋の奥から聞こえてきたのは確かにスーマンの声だった。だがその抑揚や息遣い、そして言葉に含まれた感情は、本当に彼なのかという疑念を俺に抱かせる。

 一度やり合い、そして二度共闘した。その程度の間柄だが、俺は人の顔と名前と特徴を覚えるのは得意な方だ。あれだけ顔を合わせて言葉を交わした相手を間違えることなんて無い。


「スーマンなのか?」


 そして薄っすらと聞こえていた、ぴちゃり、ぴちゃりという水音。仄かに粘性を持った液体を掻いたような、不快な調べ。それが止まった。


「……お前、ここで何してたんだ?」

「何って……レベリングだよ。お前がしつこく追ってくるだろうから、迎え撃つためには強くならなきゃいけないだろう?」


 そして奥の暗がりから部屋の中央へと歩み出たスーマンは、明らかに異様だった。

 憔悴し切り血走った目、蒼褪めた肌――何より、ぬらりと照り返す赤色で施した歌舞伎KABUKIのような隈取MakeUp

 それ――血じゃ無いか?


「くふふ、ふくくふふくふくくふふふく、くは、くははは……」

「お前――どうした?」

「無駄よん、アリデッドちゃん」

「ちゃん!?」

「スーマンちゃんはもう、のねん♪」


 歩み出で、そして構えを取る髭野郎ダルク――こいつは、俺の知らない何かを知っている。

 しかしそれを確かめるのは今じゃない。今は、目の前に対峙する狂気に取り憑かれた男をどうにかする方が先だ。


「オタク、まさか俺と一緒に戦ってくれようってのか?」

「あら忘れたのん? アタシの狙いも彼なのよ? つ・ま・りぃ、早い者勝ちってことぉん♪」

「クソが……三竦さんすくみじゃねぇか」


 部屋の広さは10メートル四方くらいはあるか? 高さも廊下よりは全然――目測だが7、8メートルくらいだろうか。

 その中央に立つ奇怪な笑みを浮かべるスーマンは、腰に下げた両の鞘からそれぞれ紫色に濡れた短剣を抜き放ち構えると、声高に叫び上げる。


「――《原型変異レネゲイドシフト》ォォォオオオオオ!」


 その瞬間、スーマンの足元から立ち昇る赤い気流はその身体を包み込み、激しく燃え上がった!

 赤熱する空気が焦げ臭い匂いを放ち出し、そして炎の化身となったスーマンがかはぁと嗤う。


 “火臣WarSpirit”――レベル50に到達することで《原型解放RenegadeForm》を《原型変異RenegadeShift》へと転換させた《戦火Flogaのアニマ》が肉体を変異させ現れるそれはもはや魔物モンスターと言える。

 《原型解放RenegadeForm》の時は能力値Statusの上昇に加え、火属性の自動追尾攻撃AutoTrackingAttackという特性を獲得する《戦火Flogaのアニマ》だが、《原型変異RenegadeShift》となると更にヤバくなる。


 全身が炎になった“火臣WarSpirit”の状態では物理攻撃が通りづらく、また火属性のダメージは無効化されるどころか相手の生命力HitPointsを回復させてしまう結果となる。

 さらに、自動追尾攻撃AutoTrackingAttackに加えて自動反撃AutoCounterという厄介な能力も付随し、近寄るだけで熱による継続ダメージが及ぶ、非常に戦いたくない相手と化す。


 反面、魔術ダメージへの耐性が弱まり通常時のおよそ二倍に膨れ上がってしまうという不利益デメリットも発生する。

 俺は構築魔術SortMagiaを使えるが、髭野郎ダルクはどうだろうな……何にせよ、魔術を軸に戦闘を組み立てる必要があるかもしれない。

 Fxxk――俺、このゲームの魔術――特に構築魔術SortMagiaは得意じゃないんだ。まだまだ練習量が足りない。


 幸いなのは《竜鱗Savraのアニマ》を持つ俺の属性が水であり、その点においてはスーマンの火属性に対して優位を得ていること。

 だから初めから出し惜しみなんかしない。自らの奥底から魂を引き上げるように俺は自らのアニマを解き放ち、《原型解放RenegadeForm》の恩恵を全身で受ける。


「じゃあアタシも――イっちゃうわよぉ!」


 そのまま逝去でもしてろ――と思ったら、この髭野郎ダルク、本当に空に浮かび上がりやがった!

 大きく広げた両手とは対照的に、真っ直ぐぴたりと閉じた両足。十字架を象る身体が浮かび上がり、その背には白く輝く光そのもので編まれた双翼が――


 ニコと同じ、《天遣Iliosのアニマ》だと!?


 そして光の両翼を広げ未だ空中に浮かび上がっている髭野郎ダルクは、両手を下方から大きく回して左胸の前に置き、そうしつつ左足の膝を右足の向こう側へと曲げ遣りながら、両手の指で綺麗なハートマークを象りポーズを決めた。


「ダルクちゃん、“愛天使の闘装エンジェリック・スタンス”! ――さぁ、始めるわよぉん♪」


 髭野郎こいつ――――マジで何なんだ!?

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